第33話 赤城和佐

「和佐さん!」


死の権化である斬撃が直撃して和佐さんの身体は斬り裂かれるーー

ことはなかった。

斬撃が当たった箇所からは血ではなく漆黒の影が吹き出しており、和佐さんはピンピンしている。


陰影シャドウ大蛇オロチ】」


吹き出した影が蛇の形となり男の四肢を縛り拘束する。

そしてSIG SAUER P226の銃口を身動きのとれない男へと向ける。その瞬間ーー


「チッ!」


空から降って来た斬撃によってP226が斬り裂かれる。それと同時に和佐さんにも斬撃が降りそそぐ。

和佐さんは影の拘束を解き、後方へと跳んで斬撃を回避する。

男は四肢を拘束されており刀剣を振ることは出来ない。予測でしかないが拘束される前に斬撃を空に飛ばしておき、斬撃を空中で曲げて降ってくる様にしたのだろう。

必殺の斬撃を放った後でもカウンターを読んでいる辺り、単純な身体能力の高さと圧倒的な剣術だけでなく、頭もキレるらしい。


「ハッ!」


拘束が解かれた男は瞬時に地面を蹴って刀剣の間合いへと詰める。そして下段からの逆袈裟斬りを叩き込む。

斜め下からの斬り上げの剣速は圧倒的であり、白兵が本職ではない和佐さんにそれを防ぐのは難しいだろう。


陰影シャドウ竜巻ストーム】」


距離を詰めた男が刀剣を振るう寸前、和佐さんを中心として闇色の竜巻が吹き荒れる。

その竜巻が斬撃を弾き、男は数メートル吹っ飛ばされる。


陰影シャドウランス】」


吹き飛ばされで宙を舞う男へと影の槍が地面から伸びる。

どれだけ脚力があっても空中では回避行動はとれない、そう思っていたがーー


「この程度ッ!」


あろうことか男は地面に斬撃を飛ばして、その斬撃の勢いを利用してさらに上へと逃げる。

影色の槍を回避した男はその槍の刃でない場所にと着地する。そしてそのままその槍の上を駆け抜ける。


「読めてるよ。陰影シャドウニードル】」


大きな槍から生える無数の小さな円錐。その円錐1つ1つが当たれば致命傷となり得る刃である。

しかし男はその刃が生える寸前で高くジャンプして串刺しとなることを回避する。それと同時に空中で居合の様な構えをしてーー

ーー 空絶くうぜつ ーー

音を置き去りにし、空気を斬り裂く刃を放つ。

それは斬撃と言うにはあまりにかけ離れたものでおり、鉄もコンクリートも軽々と両断出来る刃であった。

飛来した音速を超える斬撃が和佐さんの肉体を一刀両断するーー

ことはなく、斬撃は深々と道路へと突き刺さる。どれだけ深く斬られたのかは分からないが、道路の横の端から端までか細い切れ目が入っている。

しかしさっきまでそこにいた和佐さんの姿はなく、男も困惑した表情で地面へと着地する、その瞬間ーー


「影渡り」

「ーーッ!?」


突如として和佐さんが男の背後から現れて、渾身の回し蹴りを放つ。

バキッ、という骨の折れる鈍い音と共に男は吹っ飛ばされ、ガードレールにぶつかる。


「クックック、やるねぇ。ここまでの深傷は初めてだねぇ」

「そうか。腕が痛いなら帰って貰って構わなけど?」

「釣れないこと言うなよ。殺し合いってのはるかられるまで終わらないもんだろッ!」


男はそう言って地面を蹴り、刀剣の間合いまで詰める。

しかしーー


「またか。流石に同じ技は通じないよ」


和佐さんの再び姿が消える。その瞬間、男は足を止めて後ろを振り返る。

さっきの様に背後から奇襲することを読んでの行動だろう。

だが一向に和佐さんが男の背後に現れることはない。その代わりにーー

パパンーー


「クッ、どういう手品だい?」


突如銃声が鳴り響き、何も無い場所から弾丸が現れる。そしてその銃弾が男へと襲いかかる。

男は口角を上げながら刀剣のみで銃弾を捌いていく。


「マジックってのはタネを教えないのが鉄則だろ?」


当然、男の眼前に和佐さんが現れて左手で拳撃を放つ。

男はなんとか反応して剣身を盾にして迫り来る拳をガードする。

刀剣は壊れていないが衝撃はあった様で男は数メートル後ろへ吹っ飛ぶ。


「チャカに打撃か。どうやら消えたままじゃ能力は使えない様だねぇ」

「良い洞察力してるな。そういう能力だったりする?」

「俺は無能力者のただの剣客よぉ」


男はそう言うと共に上空へと無数に斬撃を飛ばす。

その斬撃はある高さで方向を変え、360度あらゆる方向へと降り注ぐ。

和佐さんはこの斬撃を能力を使わずに防ぐのは不可能だと読んでの攻撃だろう。

実際、和佐さんは姿を消さず影で防御壁を作って斬撃を防ぐ。その時ーー

ーー 蓮牙れんが ーー

男は刀剣を重力に沿って、地面に垂直に振り下ろす。

縦に振り下ろされた刃から斬撃が飛ばされる。その斬撃は道路を斬り裂きながら先程の"空絶"と同等程度の速度であり、威力はそれ以上である。

その斬撃は和佐さんの影の防御壁を簡単に両断し、中にいる和佐さんへと迫る。


陰影シャドウ鎧衣アームド】」


鍵言をした次の瞬間、高速で影が地面から吹き出して和佐さんの身体を覆う。

だがーー


「痛ッ!」

「その程度の防御じゃ防げんさ」

「このくらい、大したことないっつの」


音速の斬撃が纏っている影の鎧ごと和佐さんの身体を斬り裂く。

だが和佐さんはニヤッと笑いながら頬に付いた血を掌で拭う。


「そうかい?でもこれで終わりじゃないよっ」

「ーーッ!?」


男がそう言って不適に笑う。その瞬間ーー

和佐さんの周囲を斬撃が取り囲み、中心にいる和佐さんに引き寄せられる様に迫る。


「くはっ!」


和佐さんは何とか体捌きだけで回避しようとする。

だがあらゆる方向から迫り来る斬撃を完全には躱しきることが出来ず、その身体には沢山の切り傷が出来ており傷口からは赤黒い血が流れる。


「何だ?今のーー」

「手品の答え合わせはしないんだろ」


ダメージで動きが鈍った和佐さんに非常な刃が振るわれる。

一瞬で距離を詰めた男によって振るわれた斬撃を和佐さんは影の盾を生やして防御するがーー

スバッーー

その盾を叩き斬り斬撃は勢いそのままに和佐さんの腹部へと刃を叩き込む。

だが和佐さんは何とか後ろへ跳んで斬撃の直撃を避ける。


「くぅ・・・・・・」

「オラァ!」


和佐さんが後方へと跳んでいる最中にそれ以上の速度で男が距離を詰めて刺突を放つ。

刀剣の剣先が和佐さんの胸部を突き刺してその心臓を抉る、寸前でーー


「影渡りっ」


和佐さんが再び姿を消して、男の背後から現れる。

男の後ろを取った和佐さんは掌打を背後へと放とうとするがーー


「気を付けな。そこには斬撃を置いてある」

「ーーッ!?」


和佐さんの脇腹が斬り裂かれて、赤黒い血が吹き出す。

斬撃のダメージによる一瞬の身体の硬直、そのタイミングで腹部に蹴りが叩き込まれる。


「カハッ!」


血反吐を吐き、苦痛の声を漏らして、和佐さんは数メートル吹っ飛ばされる。


「和佐さん!」


魔王継承ファントムフォース


能力を30%サーティーまで発動し、スイッチブレードをポケットから取り出してすぐさま展開する。

ーー 白鷺流剣術 斑鳩 ーー

能力と魔力の集中によって上昇した脚力で刹那に距離を詰めて、高速の斬撃を叩き込む。だがーー


「へぇ。良い速さだ」

「くっ!」


男は斑鳩に合わせて横一閃を振るって斬撃を弾く様にして防ぐ。


「はぁぁ!」


気合の篭った声を漏らして下段から斬り上げ男へと振るう。さらに首を刎ねる様に横一閃、上段からの袈裟斬りと連続で放っていく。

だが何度攻撃してもいとも容易く防がれてしまう。


「その若さでよくやるねぇ。でもーー」


洗練された刃の様な殺気、その刹那に振るわれる中段からの横一閃。

咄嗟にスイッチブレードでガードするがーー

パキンーー

甲高い音と共にスイッチブレードが根本から真っ二つとなる。それと同時に胸板の辺りを刃が緩やかに撫でる。

傷口から鮮血が吹き出していはいるが、傷はそこまで深くはない。


「ーーまだ食い頃じゃあないねぇ」


刃の部分を斬り落とされたスイッチブレードから手を離し、拳を握り振るうよりも早くーー


「あがっ!」


ドシュッーー

刺突。刀剣が俺の右肩を貫き、さっきの切り傷以上の血が傷口から吹き出る。

激痛が走り、腕から力が抜けるそうになる。だがーー


「まだだぁ!」


肩に突き刺さった刀剣の剣身を両手で握りしめる。

能力によって上昇した握力で刀剣を肩から抜かさない様にする。刃を握るその掌からは朱色の血が流れる。


「・・・・・・?」

「和佐さんッ!」

「ーーッ!?」


俺が叫ぶと同時に地面から影が這い寄り、一瞬で男の身体に絡み付き拘束する。


「無茶するねぇ。ハァハァ、でも助かったよ相真君」

「アンタぁ、生きてたのかい?」

陰影シャドウ拘束ロック】。かふっ、関節を封じた、ハァ、どんなに身体能力が高くても動けないよ・・・・・・」


男の背後からボロボロの和佐さんが身を起こして動けない男へとP226の銃口を向ける。

今は空中に斬撃は無く、男の攻撃手段はもう残っていない。


「・・・・・・チェックメイト、だな」

「クックック!やるねぇ旦那ぁ・・・・・・。でも1本取ったのはこっちだよ」


スバッーー

男が不適に笑ってそう言った瞬間、下から飛んで来た斬撃がP226を持つ和佐さんの右腕を斬り落とす。


「なっ!?」


その光景に俺は思わず目を疑う。さっきまで男は腕どころか首から下を動かすことは不可能だった筈だ。それなのに和佐さんの腕は斬り落とされており、大量の血が溢れ出している。

和佐さんの足元には斬撃を受けた跡がある。どうやら斬撃を地面の中を通して和佐さんの元まで届かせたらしい。コンクリートの中で空中と同じ様に斬撃を飛ばして曲がる、その芸当の難しさは想像を絶するなんて言葉が生優しいレベルの難易度だろう。

この状況を読んでいた、と言うよりは不足の事態に備えていたのだろう。

大量出血により和佐さんの意識が一瞬だけ切れた様で影の拘束が解ける。

だがその一瞬は命のやり取りの前ではあまりに長すぎる。


「和佐さーー」

「あばよ。強かったぜアンタ」


刹那未満の時間で俺の肩から刀剣を抜き和佐さんとの距離を詰める。そしてーー

ズシャーー

袈裟斬り。和佐さんの肩から脇腹まで斜めに刃を振るう。肉が斬れ、骨を断たれ、赤黒い血がこれでもかと吹き出す。

俺がその光景を理解した瞬間、和佐さんは膝から崩れ落ちる様に倒れる。

驚愕、そして同時に湧き上がって来る怒り。


「てめぇッ!」


怒声。全身の血液が煮えたぎる様な怒りと今すぐに目の前の男を滅茶苦茶にしてやりたいという殺意に思考を支配され、痛みも冷静さも忘れて地面を蹴る、寸前ーー


「時間です。退場しますよ」


男の隣に黒縁眼鏡を掛けたスーツ姿の男性が唐突に現れる。

見たことがない顔だったが、その声には聞き覚えがあった。

その声は体育祭の日の夜、沙月の能力を暴走させた瞬間移動の能力者のものと同じだった。


「公安のスパイは殺したが、『鍵』はいいのかい?」

「私としても回収しておきたいのですが、それは無理そうです」


その時、数台の真っ黒なバンがこの場を挟む様に前と後ろから走って来て止まる。

そしてそのバンの中から胸に「SAT」の文字の入った武装集団が現れる。


「SATかぁ。こりゃ無理そうだねぇ」

「ええ。ですから撤退します」

「まっ、待て!」

「それでは現代の魔王よ。また何処かで」


俺が男達の元まで走り、その澄まし顔に拳撃をぶち込むよりも先に、男達は目の前から消える。


「くっ!・・・・・・いや、今はーー」


俺は倒れている和佐さんの元まで駆け寄る。


「無事、かい?相真君」

「俺のことはどうだっていいです!和佐さんの方こそ・・・・・・」


和佐さんは血に染まった上半身を起こして、口から血を流しながら、弱々しく言葉を発する。


「僕は、もういいんだよ。君を守る、それが僕の役目だった、から」

「何で、何で俺を?」

「君を、守れなかったらヤバかった。だから、これでいいんだ」

「だからって・・・・・・」


乾いた笑いを浮かべる和佐さんに俺は悔しさに打ちひしがれながら反論しようとする。


「うーん、そうだな。・・・・・・なら、僕より強くなってよ。僕を超えて、この国を守ってくれよ。そしたら、君を守って死ねたことに、誇りを持てる、からさ」

「和佐さん・・・・・・」


そう言って残った左手で懐から煙草を取り出して咥える。そしてライターでその煙草に火をつける。


「なぁ、相真君。舞とこの国のこと、頼んだよ」


そう言い残すと和佐さんは目を瞑りピクリとも動かなくなる。

紅色染まった空に灰色の煙が上っていった。

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