エピローグ

和佐さんの言葉を聞いたのを最後に俺の意識は途切れた。

俺が目覚めたのは3日後のことだった。

目が覚めたら病院のベッドの上だった。勿論だが普通の病院ではなく、こちら側の人間が運営している病院であり、治癒魔術などでの治療をして貰った。

意識が戻った後は公安による連日に及ぶ事情聴取を、退院の許可が出なかった為、ベッドの上で受けた。

事情聴取の時に事件について聞いたが。何も分からないと言われた。本当に分からないのか、部外者には伝えられないのかは分からないがあの事件については何も知らされていない。

退院出来たのは事件から実に1週間が経過した日だった。入院していたので軍校にも行けていなかったが、1週間授業を受けないくらい特に問題無いだろう。




漸く退院した俺は今日は軍校が休みであったので、東京郊外のとある寺に来ている。

この寺は普通の寺ではなく、殉職した公安ゼロの人間の墓が多くある寺だ。

こちら側の軍人には、家族がいないか縁を切っている人が多く、殉職する人も少なくないので、家族の墓ではなく個人の墓に入る場合が多い。同様の理由で葬式を上げることも少なく、仲の良かった仲間などによって火葬だけして後は個人的に墓参りしたい人だけするってことがほとんどらしい。

俺は石の階段を登り、無数の墓が並ぶ道を歩いて行く。

沢山ある墓の中でも一段と新しい墓石の前で俺は立ち止まる。

その墓石には「赤城和佐之墓」と刻まれており、飾られている花もまだ枯れていない。

俺は和佐さんの眠る墓の前で両手の掌を合わせて目を瞑る。


(俺が弱かったから和佐さんは殺された。俺に力があれば和佐さんは死なせずに済んだ筈だ。俺の弱さがあの人を殺したんだ)


目を瞑るとあの時の光景が脳裏に焼き付いている。目の前で和佐さんに刀が振り下ろされるその瞬間がフィードバックして来る。


(俺には誰かを守る力なんて無いってことか)


自分の弱さがどうしやもなく悔しい。力の無い自分が許せない。

そんな風に考えて自分の弱さを呪う、その時だった。

後ろからハイヒールの足音が聞こえてくる。


「やっほー相真君。来てたんだね」

「・・・・・・舞さん」


黒髪のショートカットで炎の様な瞳を持つ女性。キャリアウーマンという言葉がピッタリな灰色のスーツを着ている彼女は公安ゼロの指揮官である双葉 舞さんだ。

舞さんが墓石の前に立つので、俺はその場を離れようとするがーー


「あっ相真君、ちょっと待って。話したいことあるんだよね」

「は、はい」


舞さんに引き止められて、その場で足を止める。


「それはそうと、遅くなって悪かったわね、和佐。アンタがいなくなったせいで仕事が爆増したのよ」


舞さんは語り掛ける様にそう話しながら合掌をする。


「ねぇ相真君。アイツ、死ぬ直前に煙草吸ってたんだって?」

「・・・・・・ええ。吸ってましたよ」


合掌をやめた舞さんが後ろを振り向かずにそう聞いて来る。

その言葉の真意は分からなかったが、俺は首を縦に振る。


「私が前に煙草渡した時は苦いからって吸わなかったのに、最後の最後で吸うとか・・・・・・。律儀に私があげた煙草持ち歩いてたのね」


何処か儚げな表情でそう口にする舞さんは、ポケットから煙草の箱を取り出して煙草を1本だけ抜いて残りをお供する様に墓の上に置く。


「今手持ちがこれしかないから退職金はこれで勘弁してね。私がそっちに行くまで暇だろうし適当に吸いながら待っててよ」


そう言っていつの間にか火の付いていた煙草を咥えながら笑みを浮かべる。

すると舞さんが急にこちらを振り向く。


「ねぇ相真君。公安に来てくれるって約束覚えてる?」

「勿論覚えてますよ」


この約束は光瑠の件を揉み消して貰った時に、その条件として公安ゼロにスカウトするからそのスカウトを受けて公安ゼロに入ることを約束した。


「そっか、覚えててくれて嬉しいよ。改めて聞くけど、公安ゼロに来てくれる?」


そう言って舞さんは俺に向けて手を差し出す。


「・・・・・・俺なんかで、良いんですか?俺は弱いですよ。あの時も、俺は何も出来なかった」


俺はその手が握れない。

誰かを守る組織である公安ゼロには、弱い俺には入ることは出来ない。


「君の力が必要なの。だから君に公安ゼロに来て欲しい。今はまだ弱くても構わない、満足出来る強さになるまで訓練すれば良い、君が強くなりたいって願うなら私は全力で君をサポートするよ」


そんな俺の考えを否定するかの様に舞さんは優しく笑い掛けてくれる。

その言葉に俺は目を見開いて驚く。


「分かりました。改めてもう1度言います、公安に入ります。そして強くなります。和佐さんより強くなります。この国を守れるくらい強くなります」

「うん、頑張ってくれたまえ」


俺が差し出された手を握ると、舞さんはニコッと笑ってそう言う。


「あっ、それともう軍校にはスカウトの名簿出したから明日にでも教師から話をされると思うよ」


舞さんはそう言い残すと煙草を吸いながらその場を後にする。




翌日ーー

1週間ぶりの登校だったが、俺が怪我して学校を休むのは初めてではなかったので、クラスメイトからは「またか」みたいなリアクションをされた。

授業は置いてかれたりはしなかった。英語や魔力学などの座学はそもそも毎日寝ていたので特に問題無く、格闘術などの訓練形式の授業は多少の欠席では置いてかれはしないから問題無い。

昼食を終えて現在の時刻は午後1時。

本来なら兵科訓練が始まる時間だが、今日は体育館でもグラウンドでもなく、校長室の前で待たされている。

昨日舞さんに言われた通り、これからスカウトについての話をされるらしい。

ここに集められているのはスカウトが届いている生徒であり、1年は俺を含めると6人だ。その全員が見知った、というか見慣れた面子だ。


「怪我はもう大丈夫なのかい、相真」

「問題ねーよ。そもそも2、3日前にはも治ってたしな。まぁ光瑠がスカウトされてるのは驚かないな」


隣に立っている光瑠が話し掛けて来る。光瑠は学年主席であり、俺と同じ生徒ランクSの生徒だ。

光瑠よりも成績の低い俺がスカウトされているのだから光瑠がスカウトされるのは当然だろう。


「あら相真。私らがスカウトされてるのは意外って言いたいの?」

「次席様は言うことが違うな〜」

「別にそういう訳じゃねぇよ」


結梨と朱音が軽口を挟む。

ここにいるということは2人もスカウトされたらしい。まぁ2人共学年トップクラスの実力の持ち主なのでスカウトされても不思議じゃない。


「それにしてもお前ら全然緊張してないな」

「アンタもじゃない。そもそも面談するだけなんだから緊張なんてしないでしょ。まぁ沙月は別っぽいけど」


結梨の言葉を聞いて、逆方向にいる沙月の方をチラッと見ると、なんとも苦い表情をしている。


「おいおい沙月。どうかしたか?」

「皆んなみたいに凄くない私がいても良いのかなって思って」

「沙月だって魔術の才能もあって頭も良いんだから充分凄いだろ。自分に自信を持てよ」

「そうかなぁ」


沙月はあまり自分に自信を持てていない。理由は属性上自身のあまり戦闘能力が高くない為だろう。

だが強さとは純粋な戦闘能力だけではないのでそこまで自分を卑下する必要は無いと思うが。

そんなことを考えているとーー


「準備が整ったから好きな順番で入って来ていいですよ」


校長室の扉が開き、中から出て来た北条先生がそう口にする。


「誰から面談するんですか?」

「じゃあ相真で」

「何で俺!?」


北条先生の質問に圭一がサラッと俺の名前を答える。


「相真が行きたそうな顔してたから」

「どんな顔だよ!そもそも普通の表情してたわ!」


意味の分からない理由で俺を推薦する圭一に俺はツッコミを入れる。

だがこの場は何故か俺が行く雰囲気になってしまい、1番最初に面談することになった。


「どうも黒木君。久しぶりですね」

「お久しぶりです」


校長室に入ると横長の机を挟んで2つのソファの様な椅子が置かれており、俺から見て奥側に風間校長が座っている。


「君には3つの組織がスカウトが来ています。警察庁の公安ゼロ、それと陸上自衛隊の特殊作戦群とレンジャー部隊です。単刀直入に聞きます、どれに行きたいですか?」


風間校長が机の上に3枚の書類を置く。


「焦らなくて大丈夫ですよ。今日の訓練は無しにしてあるので、ゆっくり考えて決めて下さい」


風間校長の隣に座る北条先生が微笑みながらそう言う。


「いえ、大丈夫です。もう決めてますから」


俺はそう言うと机に広がる書類の中から公安ゼロと書かれたものを手に取る。


「公安ゼロに行きます」

「なるほど、分かりました。ではその書類を持ち帰って記入して1週間以内に提出して下さい」

「えっ、もう終わりです?」


これなら別にわざわざ三者面談しなくてもいい気がする。


「それは相真君が決めるのが早すぎるからですよ。普通は色々相談してから決めるんですよ」

「なるほど」


俺は書類をカバンに入れて校長室の扉を開ける。


「随分も早かったな」

「最初から行くとこ決めてたからな」


廊下に出ると圭一が意外そうに話し掛けて来る。


「それでどこに行くことになったんだい?」

「公安ゼロだよ」


光瑠にそう聞かれたので特に隠したりせずに答える。

一瞬言って大丈夫かと考えたが、特に問題も無いだろうと思い普通に答えた。

その後は光瑠が校長室に入って行き、俺は今日が兵科訓練は無しということなのでマンションに戻って貰った書類を書くことにした。




『公安ゼロにしたんですね』


マンションへと歩いていると急にルナが念話を送って来る。


『約束してたからな。それに・・・・・・』

『それに?』

『和佐さんに舞さんを頼むって言われてるしな』


正直、今の俺に何が出来るかは分からないし、和佐さんの望み通りのことが出来るとも思っていない。

だが少しでも舞さんの役に立ちたい。そしていつか和佐さんの望み通りのことを出来る様になりたい。

だから俺は公安ゼロを選んだ。


『なるほど。なら一層努力しないとですね!』

『ああ!俺は強くなるよ、絶対に!』


春風の吹く道を歩きながら、俺はそう決意した。




同年4月3日。

場所、警察総合庁舎地下4階公安ゼロ本部。

ここに今年度から公安ゼロに入った新しい公安ゼロのエージェントのうちの4名が集められた。

彼らは現役の軍校生でありながら、新しく公安ゼロに配属された立派な公安のエージェントである。

そんな彼らの前に立つ公安ゼロの指揮官である『ZERO』の名を持つ女性、双葉 舞は微笑を浮かべて口を開く。


「国立東京軍事高等学校2年生、黒木 相真、白夜 光瑠、星那 結梨、雪宮 沙月、以上4名を『ZERO』双葉 舞の名の下、公安ゼロのエージェントとして任命する」

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