第32話 剣客

「俺の拉致と和佐さんの殺害、ですか」

「そう。まぁ君の拉致はついでって感じで本命は僕を殺すことだろうけどね」


俺が動揺しながらそう言うと和佐さんがあっけらかんとそう返す。


(この人、自分の命が狙われてるのになんでこんな飄々としてるんだ?)


流石は公安のスパイなんてやってる人だ。胆力が違うな。


「まぁそういうことだから一緒に逃げるよ」

「わ、分かりました」


和佐さんがニヤッと笑ってそう言う。

俺は言われるがままに付いて行こうとする。


「あのー俺はどうすればいいですか?」

「ん?あー普通に安全な所にいればいいよ。奴らの狙いはあくまで僕と相真君だから。多分僕らがここから離れれば奴らも離れると思うよ」

「了解っす」


圭一の質問に和佐さんはそう答える。

その話を聞いた圭一は来た道を戻りマンションへと向かう。


「さてとっとと逃げようか。付いて来な」

「ういっす」



 

和佐さんの後を付いて行き、1分程走ると前に和佐さんが乗っていた黒いスポーツカーを見つける。スポーツカーは森の中に隠す様に停められている。


「それでどこに逃げるんですか?」

「警察庁。あそこがゴールだ。奴らも流石にSATや公安の拠点である警察庁までは攻めて来ないだろうからね」

「まぁそうでしょうね」

「でも警察庁までの道のりが問題なんだよね〜」

「と言うと?」


スポーツカーの助手席に座り、シートベルトをする。


「ここから警察庁までの道のりは出来る限りは封鎖してる。だけどSATの出動は間に合ってない。SATが出動するまでは襲われ放題ってこと」

「なるほど」

「ってことだから飛ばすよ」


そう言うと同時にアクセルを強く踏む。

すると目に見えてスポーツカーが加速する。チラッと見ると時速120キロも出ている。さっきまで時速100キロくらいだったのにとんでもない加速だ。流石にスポーツカーでもこのまでの加速は出来ないだろうから、車を魔改造したんだろうな。




「・・・・・・飛ばし過ぎですよ」

「今更車如きで酔わないでしょ」

「そりゃそうですけど。」


今まで時速160キロくらいで走り続けた。いくら高速道路が緩やかな道だとしても、常人ならもうとっくに酔っているだろう。

まぁこちら側の人間である俺の動体視力からしてみればこの程度の速度で酔うわけがないのだが。

そんな調子で警察総合本庁舎まで後30分程度の所まで走って来た、その時だったーー。


「ーーッ!相真君!」

「分かってますッ!」


道路のど真ん中に人影が唐突に現れる。

その人影を認識した瞬間、俺と和佐さん窓を破って車内から飛び出る。

次の瞬間、運転手がいなくなっても前に進むスポーツカーが人影に当たる筈だった。

しかしその直前にスポーツカーが縦に一刀両断されて、人影にスポーツカーが当たることはなかった。


「たかが組織を嗅ぎ回ってるスパイを始末する任務って言われてたけど、存外楽しめそうだね」


真っ二つにされたスポーツカーが爆発して路上に炎が燃え広がる。

その爆炎を背後に1人の男性が楽しげにそう話す。

その男は現代日本には似つかわしくない赤色の和服を纏い、その右手には刃渡り約70センチくらいの太刀が握られている。


「下がってな相真君。コイツはヤバそうだ」

「は、はい」


これまての飄々とした態度からは考えられない様な和佐さんの緊張の篭った声に、俺は首を縦に振り後ろへ下がる。


「クックック。逃げずにってくれるのかい?」

「帰り道がそっちだからね。適当に障害物取っ払って帰らせて貰うよ」

「そう上手くいくかなッ」


その言葉を発すると共に男は地面を蹴り一瞬で和佐さんとの距離を詰める。


「ーーッ!」

「どうした?そんなもんかい?」


間一髪で斬撃を半身で躱した和佐さんに、男は流れる様に横一閃を叩き込む。

しかしその斬撃は突如として地面から生える様に現れた影の壁に拒まれて和佐さんに当たることはなかった。


「速えし強え。とんだ化け物だな」


男は魔術も能力も使っていない。使っている剣術だってこれといって特別性もない。ただ機動力と剣速が異次元に速い。

それは小細工無しの単純な剣士としての強さに他ならない。


「ハッ!」

陰影シャドウ細剣レイピア】」


圧倒的な脚力で男は地を駆ける。

だが男が走る進路に細い影の刃が地面から無数に生えて男へと串刺しにせんと襲いかかる。

しかしーー


「ヒャッハァ!」

「マジか?」


全方向から生える影の刃を刀剣で斬り裂きながら一直線に和佐さんへと向かって行く。

草原に生える草の様に無数に生える漆黒の細剣を刹那の間に突破する。

刀剣の間合いまで詰めた男は、1歩強く踏み込み上段から袈裟斬りを放つ。


「クッ・・・・・・」

「へぇ」


和佐さんはその斬撃をいつの間にか手に握られていた刃渡り50センチ程度の影の剣で受け流す。

和佐さんは1度は必殺の斬撃を防いで見せた。だがその刃はそう何度も防げるものではない。


陰影シャドウチェーン】」


それを理解している和佐さんは地面から影の鎖を出現させて相手に回避動作を取らせる。

男は地面を蹴り上へと跳んでその鎖を回避する。

パパパンーー

すかさず和佐さんは腰のホルスターからSIG SAUER P226を抜き、上へと逃げた男へと3発発砲する。しかしーー


「ハッ!」


キンカンキンーー

男は右手に握るその刀剣1本で弾丸を防ぐ。


(マジか!?)


俺はその光景に思わず目を疑う。

今の俺では仮に能力を使ったとしてもその動体視力では銃弾を目で捉えることは不可能だ。故にあの男がどつやって銃弾を防いだかは分からない。

だがそれが人間離れした神業であることは言うまでもない。


「うおっと!」


男は空中で刃を振るい、和佐さんへと斬撃を直線上に飛ばす。

これまた小細工の無い速く鋭いだけの刃。だがその刃は確かなる死の権化である。

その斬撃が和佐さんの上半身に当たり、和佐さんの身体は斬り裂かれるーー


「和佐さんッ!」

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