第29話 ラグナロク

「これからどうするの?」

「電話で公安の治癒魔術師を派遣してくれるって言われたからここで待機」


瓦礫の上に座りながら質問してくる結梨に俺は寝ながらそう返す。

アドレナリンが完全に切れたことで俺は肩の傷の痛みが立っても座ってもキツいのでしょうがなく仰向けに寝ている。


「今更だけどこんな派手に暴れて良かったのかね?」

「爆破で人はもう避難してる筈だから大丈夫でしょ。それに魔術は一般人には見えないし」

「えっ?魔術って一般人には見えないの?」

「そうよ。まぁ"創造魔術クリエイトマジック"で出現させた本物の炎や水は見えるらしいけどね」


俺の疑問を聞いて結梨が説明してくれる。


「ふーん」

「ふーん、って授業で教わった筈よ?」

「俺が魔力学の授業起きてるわけないだろ?」

「誇らしげに言うんじゃないわよ」


結梨に呆れた様にツッコミを入れられる。

魔力学の授業が難しすぎるのでこればっかりはしょうがない。


『それはしょうがないんですかね。それと能力者や魔力量の多い人は魔力に触れてなくても見えますけどね』

『だから考えてる事を読むなよ』


ルナによる念話でのツッコミと補足。勝手に考えてる事を読んでのツッコミはやめてほしい。


「なぁ光瑠。まだ意識あるよな?」

「ああ、まだ起きてるよ。どうかしたかい?」


俺は寝ながら光瑠に話し掛ける。

因みに光瑠も俺と同じように仰向けの体勢で倒れている。


「お前に聞きたい事がまだ残ってたのを思い出したから」

「聞きたい事?」

「ああ。お前のいた組織とやらはどんな組織なんだ?」


俺が重い身体を起こしてその質問をすると、光瑠も起き上がり数秒考え込む様な表情をした後に口を開く。


「僕も詳しくは分からない。物心付いた時には組織の被検体だった僕にはどの様な人間がどの様な目的で組織に入るのかも分からない。ただあの組織は普通の犯罪組織ではないらしい。世界各国のテロ組織、犯罪者集団、反社会的勢力を束ねる裏社会を支配している組織と聞いた事がある」

「「ーーッ!」」


その言葉に俺達は声も出ない程の驚きを受ける。

能力や魔力を認知されており、俺では手も足も出ない化け物や猛者が蔓延はびこる裏社会を支配するなんてにわかに信じられない話だ。だが光瑠は嘘をついていない、故に驚きはとても大きい。


「『ラグナロク』それが組織の名だ」




時を同じくして軍校生の集合場所である札幌空港。


「チッ!βの野郎しくじりやがって」


関係者専用の階段を降りながら男は悪態をつく。


「あークソ!この後どうするか・・・・・・」


男が階段の1番下まで降り終える。この空港の関係者ではない男が関係者以外は立ち入ることの出来ないこの場所で自分の知り合いに会う事はまずない。男はそう考えていた、だがーー


「どうかしましたか柳原先生?まぁこの名前も偽名でしょうけど」

「北条・・・・・・」


階段の下で待っていた1人の女性、北条聡美を同じ軍校教師柳原響也は睨みつけた。


「お前、どこまで知ってる?」

「貴方が軍校の情報を流して体育祭の日に不審者を軍校に招き入れたことくらいまでは」


彼女は殺気を出しながら柳原にそう告げる。それを聞いた柳原は彼女の殺気に反撃する様に殺気を出してーー


「だったらお前を殺す」


その言葉を溢すと同時にコンクリート製の地面を蹴り距離を詰め、いつの間にか右手に握られていたサバイバルナイフを逆手で持ち斬撃を振るう。


「《蒼水防護衛アクア・ガーディアン》」


斬撃が振るわれるよりも早く発される鍵言、瞬時に展開された蒼き魔法陣の刻まれた障壁に斬撃は防がれる。


「ハッ!」


しかし瞬時に2度目の斬撃が振るわれ、障壁を真っ二つに切断せれる。

障壁が破壊されて後方に跳ぶ北条へ接近する為に柳原は地を駆ける。だがーー


「《沈水蒼湖レイジードロップ》」


柳原の脚が地面に沈む。否地面に展開されていた蒼い魔法陣の中に沈む。

魔法陣に沈んだ脚は水の中の様に身動きが取りづらく、もがけばもがく程に身体が沈む。

柳原は腰まで魔法陣の中に沈んだところでサバイバルナイフを魔法陣に突き刺し、斬り裂く様に術式を破壊する。


「《蒼水青星アクア・マグナム》」


術式が破壊されたことで魔術が無効化され、自由を得た柳原に向けて飛来する複数の圧縮された水の弾丸。

超高圧な水の弾丸が高速で飛来する、しかし柳原はサバイバルナイフ1本で全て術式破壊によって無効化する。


「くっ・・・・・・」


柳原の圧倒的な戦闘技術に北条は顔をしかめる。

柳原は壁を地面を歩く様に蹴りながら北条へ接近する。

その行動は《沈水蒼湖レイジードロップ》を警戒してだろう。


「《大海滅槍アクアマリン》」


北条の手元に現れた半径30センチ程の青色の魔法陣から、魔法陣と比べて1回り小さい水の砲撃は放たれる。

さっきの《蒼水青星アクア・マグナム》がゴルフボール程度の大きさだったのに対して、この魔術はその数十倍の大きさでありながら、魔弾に比べて水圧も遥かに高い。


「オッラァ!」


放出される超圧縮された水の砲撃に対して、柳原のとった行動は回避ではなく突撃。

バランスの取りづらい空中で身体捌きだけで術式破壊を行い砲撃を無効化する。

魔術が強くなれば強くなる程に術式破壊の難易度は上がる。その上、空中にいながら術式破壊を行った。

それを容易く行った柳原がかなりの手練れである事は言わずもがなである。


「うっ・・・・・・」


壁を蹴った勢いのまま彼女の眼前に着地。

彼女は後方へ跳んで回避動作をとるが、それより遥かに速くサバイバルナイフを振るい首を刎ねる、筈だった。


「ーーッ!?」


サバイバルナイフが北条に当たる寸前に柳原の身体がピクリとも動かなくなる。

その理由は蛇の様に細長い漆黒の影が地面から這い上がり柳原の身体に絡みついているからだ。


「アンタが裏切り者だと分かっているのに1人で来るわけないでしょ」


背後から現れるサングラスを掛けて黒いスーツを着崩した飄々とした態度の男。


「赤城和佐ッ!」

「どうも柳原さん。つっても僕はアンタの事ほとんど知りませんけどね〜」

「このっ!」

「無駄っすよ。どんな馬鹿力でも関節を固定されたら動けない」


全身に力を込める柳原だが和佐の言う通り全く動かない。

和佐は飄々とした態度で歩きながら柳原に近づいて行く。


「話は署で聞かせて貰いますよ〜」


そう言って和佐が柳原との距離を半分程度まで詰めたその時ーー


「そういう訳にはいきませんね」


何もない空間から突如として黒縁の眼鏡を掛けたスーツ姿の男が現れる。

その男の紳士的な雰囲気には似つかわしくないコンバットナイフが彼の手には握られておりーー


「ーーッ!?」


ドシュ、という音と共に柳原の心臓が貫かれた。

飛び出た返り血でコンバットナイフを突き刺した男の手は赤黒く染まる。


「お、おまえは、シーー」

「おっとそれ以上は」


柳原が言葉を遮る様に、上唇と下唇を斬り離す様に斬撃か振るわれ、斬られた箇所から上の顔が宙を舞う。


「てめっ」


柳原が殺された瞬間に和佐は影の拘束を解除する。すると柳原の遺体は重力に従ってばったりとその場で倒れる。それと同時に謎の男と和佐との間に射線がうまれる。

パパパンーー

和佐は腰のホルスターからSIG SAUER P226を抜き男に向けて発砲する。

しかしーー


「チッ」


さっきまで倒れていた柳原の遺体が和佐と男の間に出現し、文字通りの肉壁となり術式銃弾を防ぐ。


「ククク、流石にこの程度は防ぎますよ」


北条にとっては背を向けている状態だが、男が手練れであることは明らかなので彼女も攻められずにいる。


「私はこれでお暇させて頂きます。それでは軍校教師殿と公安の犬さん会う機会ががあればまたお会いしましょう」


男がそう言った瞬間、彼は文字通りその場から消える。


「さっきのは・・・・・・」

「恐らく先日軍校に侵入した空間系能力者ですね」


男が消えた数秒後、北条は和佐の元は駆け寄る。


「ったくやっこさんは相当やべぇ連中らしいな」


和佐は舞からのメールに目を通しながらそう呟いた。

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