第22話 3つの魔術

警察総合庁舎の地下4階。公安ゼロの基地、その1番奥の一室。公安ゼロの指揮を行なっている双葉舞の部屋。この部屋で彼女は先日の護衛任務の現場となったホテルの監視カメラの映像を見ている。


「うん、予想以上だね。ここまでの活躍をしてくれるとは思わなかったよ」

「護衛対象を狙った刺客5名の撃破。しかもその内2人はこっち側の人間だしな」


この部屋唯一の椅子に座る舞の隣で赤城和佐は笑いながらそう話す。

彼女が見ている映像は相真が戦闘している時のものだ。

本来なら公安ゼロの人間が戦っている映像などは全て削除するのだが、今回は軍校の職務体験も兼ねていたので、その結果を確認する為に監視カメラの映像を消さずに残していた。


「本来ならその2人は和佐が戦うべき相手だったんだけど?」

「情報に無い敵がいたから事前に立てた作戦が狂ってさ、それに僕が助けなくても1人でなんとかなりそうだったからな」


舞は和佐に厳しい視線を向けるが、和佐は飄々とした態度でそう話す。


「まったく、それで彼に何かあったらどうするつもりだったのよ」

「彼の事かなり気に入ってるんだな」

「当然でしょ。だってスピリットよ。スピリットなんて2、30年に1人生まれるかとどうかよ。取りたいに決まってるじゃない」

「へぇ。じゃあ今年は彼を指名するつもりなのか?」


和佐は一瞬驚いた様な表紙を浮かべてからニヤッと笑って質問をする。


「そうよ!あーでも、任務終わった後彼と話せなかったのよねぇ。勧誘しときたかったのに」

「しょうがないだろ。火傷がかなり酷かったんだ、寧ろあの怪我でよく戦えたと思うよ」


先日の護衛任務で相真は火傷を治して貰う為にホテルに来ていた治癒魔術師から治療を受けたのだが、その途中で意識を失ってしまった。そして寝たまま軍校へと送り返されたのだ。


「まぁ取り敢えず彼の話は置いてといて、和佐が戦った武装集団について何か分かった?」

「いーや、全然。分かってるのは奴らが全員中国人だったって事だけ」


和佐が戦った武装集団は全然が中国人だった。東アジアの他の国の人間の可能性もあり一応DNA検査したのだが、やはり中国人であった。


「尋問しても何も分からないの?」

「ああ。色々試してみたけど何も分からなかった。奴らこちら側の人間でもないみたいだし恐らく何も知らないんだろ」

「何も知らずに誰かの指示に従ってやっただけって事か。実働部隊を中国人にしたって事は指示した人間は国内にはいそうにないわね」

「だろうな。あっ、そういやアイツら戦闘中も日本語で話してたな。それなりに日本に住んでる人間かもな」


戦闘中の声、特に悲鳴などは慣れ親しんだ声が出るものだ。隠そうとしても隠せるものではない。故に集団は日常的に日本語を使っている可能性が高い。


「日本に住んでる人間、日本を拠点にしてるチャイナマフィアとか?」

「かもな。取り敢えず諜報部に調べさせる」

「はぁ、それにしても最近の奴らはちょっとキナ臭いのよねぇ」


和佐が部屋を後にすると舞は胸ポケットに入っていた煙草の箱から一本の煙草を取り出し、ライターを使わずに火をつけて口に加える。




「火傷って結構簡単に治るもんだな」


護衛任務が終わってから1週間が経過した。今は自分の部屋のベッドの上で、完治した両腕を見ながらそう呟く。


『まぁ魔術ならあのくらい簡単に治るでしょう。普通なら結構な傷跡が残るでしょうけど治癒魔術なら完璧に治せます』


俺の呟きを聞いたルナが饒舌に語る。

ルナが話す通り右腕はあんな火傷を負ったとは思えないほど綺麗に治っている。それこそ怪我する前と変わらない様に思える。


『そろそろ学校行くか』

『そうですね』


俺はバッグを持って部屋を後にする。




「今日は魔術の種類について教えます」


時刻は午前9時、1時限目の授業である魔力学の授業を北条先生がしてくれている。


「魔術は大きく3つの種類に分けられます。まず1つ目は私達魔術を用いて戦闘をする人間にとっては1番馴染みのある科学魔術です。別名属性魔術とも言い、これは軍校でも教えている魔術ですね。特徴としてはその名の通り、科学と魔術を合成する事でより効率的に魔力現象を引き起こせる事です」


北条先生は黒板にチョークで文字を書きながら説明をする。


「例えば火を出す時、科学的には酸素が必要ですよね?ですが魔力学的には術式に火を起こす効果を刻み込めば酸素が無くても火は出せます。しかしその火を酸素が少ないと維持するには大きな魔力が必要です。故に術式に火を起こすだけでなく、周辺の酸素集める効果を刻み込みます。そうすると火を出すのも維持するのも少ない魔力で可能です。この様に魔術で引き起こす奇跡を科学的に引き起こせる条件を加える事で効率良く魔術を使う事が出来ます」


『分かる様な分からない様な。要するに魔術の非科学的な要素減らして魔力消費を抑えるって事か?』

『そういう事です。魔術に限らず魔力を用いた奇跡を起こすのに必要か魔力量は非科学的であればあるほど多くなるものなんです』


「私達の様な戦闘が仕事の魔術師は出来るだけ魔力消費を抑えて強力な魔術を使いたいですよね?科学魔術はその思いから作られた魔術なんです。そしてこの魔術が属性魔術と呼ばれるのは理由があります。魔力には属性があるというのは教えましたね?この属性が使われているのは科学魔術だけなんです。元々魔力に属性なんてものほありません。属性とは昔の魔力学者が分かりやすくする、そして効率的に魔術を使う為に作られた考え方で実際は存在しません。でも属性に沿って魔獣を使ってますよね?それはとある契約術式をオドに刻み込んでいるからなんです。契約術式は知ってますね?」


『契約術式ってなんだってけ?』

『契約術式というのは自己、他者と交わす言動を強制する術式です。簡単に言うと約束ですね。普通は他者間で契約を守らせる為に交わものですが、違う使い方も出来ます』

『違う使い方?』

『自己に契約術式を使う事で自分の言動を制限する事が出来ます。自分の言動を縛るというデメリットがある分"恩恵"というメリットもあります』

『なるほど』


「その契約術式とは魔力を11種類に分けてその中から1種類の魔力以外はオドに溜め込む事が出来ないという契約です。この11種類の魔力というのが属性なんです。なので1人1つの属性の魔術しか使えません。この契約に対する恩恵は使えるあらゆる魔術の魔力効率が1.5倍になります」


『誰も1つの属性の魔術しか使わないのはそういう事だったのか』

『そうですよ。中にはこの契約をしていない魔術師もいますけど、そういうのは研究者気質な連中がほとんどなので戦場に出る相真君にはあんまり関係無いでしょうけどね』


「次は儀式魔術です。儀式魔術は科学魔術ては違い科学的な要素がほぼありません。そして術式を物理的に書く必要があります。術式を書く方法は特に決まってないので炭でもインクでも大丈夫ですが、魔力を込める必要があります。科学的要素がほぼ無い儀式魔術では術式を実際に書く、大量の魔力を使う、代償となる物質を用意するなどして魔術効率を上げています。これはヨーロッパの魔術師協会などの魔導学者がよく研究しています」


『ルナ、全く分からない』

『少しは理解しようとして下さいよ。簡単に説明すると魔法陣を書いたり、代償を用意したしりて非科学的な魔術を行使するって事です。それとこの魔術は科学魔術では不可能な事が出来ますが、魔力消費も行使までの時間も科学魔術とは段違いに多いので戦闘には不向きです』

『なるほど。創作とかで魔女とかがよくやってる奴だな』

『創作みたいに陰湿なものが多いわけではないですが、イメージ的にはそんな感じです』


(呆れながらも教えてくれるルナ優しい!あれ?この考え方ダメ男と同じじゃね?)


俺は口を手で覆いながら自らの思想に悔いていると、北条先生が説明を再開する。


「最後に神聖魔術です。神聖魔術とは神などの神話、伝説上の高次元存在から力を得る事で科学に反いた奇跡を起こす魔術です。神聖魔術という名前ですが別に神からしか力が借りられない訳ではおりません。必要なのは多くの人間が夢想し、信じる事です。その人々の思いに魔力が重なり高次元存在を作り出すのです。その高次元存在の多くが神で、色々な宗教の信者がこの魔術を使っていた為、神聖魔術という名が付けられました。この魔術は科学魔術の様に魔力効率が良い訳でなく、儀式魔術の様に特殊な魔力現象が起こせる訳でもない。それは神聖魔術が奇跡を起こすという事にベクトルが集中した魔術だからです。故に戦闘にも研究にも無頓着な宗教家の魔術師にしか使われていません」


『名前は強そうだけど説明を聞くと弱そうだな』

『名前は他の2つがダサすぎるんですよ。弱い件に関しては、まぁ確かに戦闘向きではないですね。ですが神聖魔術師の中にも強い者もいますよ。大量の魔力と信仰を得た高次元存在は感情を持ちます。そしてその高次元存在から寵愛を受けた者、つまり神に気に入られた者は強力な神聖魔術を使う事が出来ます』

『つまり神からの好感度で強さが変わるって事?』

『そういう事です。他人任せの強さなので魔力学者からは勿論、戦闘を主とする軍人の魔術師からも嫌われています』

『嫌われてるのか。もしかして魔術師の組織同士ってとは仲悪い?』

『そりゃあもうバッチバチですよ』


ルナが苦笑しながらそう言う。

どうやら魔術業界にも色々事情がある様だ。

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