第20話 護衛任務

現在の時刻は午後の5時。太陽が半ば沈んでおり、夕焼けは眩しいくらいに秋の空を照らしている。

場所は東京のとある高級ホテル。このホテルでは今日、色々な会社のお偉いさんが集まるパーティーが行われる。

俺と和佐さんもそのパーティーに参加する、当然だが客人として呼ばれたわけではなく任務の為だ。




***


「護衛任務ですか?」

「そう、丁度今夜その任務があるの。だから宜しく」

「いや俺、学生ですよ?護衛任務なんてして大丈夫なんですか?」


俺の様な未熟な学生を連れて行って任務に失敗し、護衛対象が殺されたりしたら洒落にならないだろう。大丈夫なのか?


「大丈夫だよ。護衛対象が殺されたりはしないだろうから最悪失敗しても拉致された対象を保護すればいいし。それに和佐1人でも出来る様な任務だし」

「なるほど。でも護衛対象が殺されないってのは何故ですか?」

「・・・・・・それはね。これを見てくれ」


そう言って舞さんは手に持っていたタブレット端末をこちら側に向けて見せてくれる。俺は言われた通りそのタブレットの画面を覗き込む。


「これって・・・・・・?」

「裏サイト所謂ダークウェブってやつだね。そのネット掲示板に今回の護衛対象が載ってるんだけど・・・・・・ここ見て」


舞さんが画面をスクロールしてある箇所を指差す。そこに書いてあったのはとある依頼。そしてその依頼をこなすのに必要な情報、報酬金額、そしてーー

「生け捕りのみ」


ONLY ALIVEの文字。


「そう言う事。だから殺される可能性はほぼ無し!と言うのも今回の護衛対象は某グループの重工企業の社長令嬢なんだけど、その会社が次世代型戦闘機の開発の一翼を担っているのは知ってる?」

「ええ、確か第6世代型のステルス戦闘機を日本だけで作ろうととしてるんですよね?」

「そう。だけどそれを良く思わない連中もいてね。この依頼をしたのも十中八九その連中。社長令嬢の身柄と引き換えに戦闘機開発を止めさせるのが奴らの狙い。だからこの依頼を見て護衛対象を狙う傭兵やら殺し屋やらも殺したりはしないって事」

「なるほど・・・・・・」


***




「どう、緊張してる?」

「実戦なんてほとんど経験ないので・・・・・・」

「まぁ、これでも飲んで落ち着きな」

「ありがとうございます」


和佐さんから缶コーヒー渡される。さっき近くのコンビニに行っていてがどうやらこれを買っていたようだ。


「そろそろ今回の護衛対象クライアントが来る時間だから挨拶に行くよ」

「了解です」




和佐さんと共にホテルのパーティー会場に入る。まだシェフの人達が料理の用意をしており、パーティーに参加する金持ちと思わしき人は1人を除いていない。


「どうも、赤城和佐です。今回は茅野 風夏かやの ふうかさんの護衛をいたします。こっちが僕のバディのーー」

「黒木相真です」

「宜しくお願いいたします。我々も最大限バックアップさせて頂きます」

「ありがたいです。僕らは職業柄あまり派手に動けないのでプロの皆様に協力して貰えると助かります」


護衛対象の社長令嬢を囲む様にして守っているボディーガードの1人と和佐さんが握手を交わす。あの人達は民間企業のボディーガード、恐らく社長さんが用意したのだろう。


「どう見ても子供なんだけど、何の冗談かしら?」


そう言って囲む様に立つボディーガードの後ろから前に出るのは1人の女性ーー否、少女である。

140センチくらいの身長とその年齢に見合った高い声音を持ち、肩まで伸びた日本人らしい黒髪を持つ可憐な少女。彼女こそが護衛対象である茅野風夏その人だ。


(お前が言うのか?)


喉元まで出かけたツッコミを何とか心の中で留める。

彼女の情報は待機の時間に資料に目を通したのでそれなりに分かっている。

年齢は14歳で中学2年生。都内のお嬢様中学に通っている。他にも生年月日やら血液型、好きな食べ物まで色々と頭に入っている。

まぁ今日限りの護衛なのでほとんどの情報が必要ないだろうが、それなりに覚えてはいるし、覚えていない箇所もルナも一緒に見ていたので大丈夫だろ。


「彼は確かにまだ子供ですが僕の相棒です。実力は確かなのでご安心を」

「ふぅん。まぁ私を守れるなら別に構わないわ」


そう言い残して彼女はこの場を後にする。


「実力は確か、って和佐さん俺の戦闘見た事あるんですか?」

「ないよー。でもああ言った方が良かったでしょ?」

「まぁそうですけど」


(この人やっぱり適当だな・・・・・・)




時刻は20時を回ろうとしているところ。パーティーが始まってから1時間が経過している。

今のところ特に何も起こっておらず、不審な人物も見当たらない。まぁ何も起こらないに越した事はないのだが。

美味しそうな料理が横に長い机の上に並び、その料理を皿に取ったスーツを着た男性やらドレス姿の女性やらが笑いながら話し合っている。


『この服動きづら過ぎだろ・・・・・・』

『しょうがないですよ。流石にこの会場で私服はダメですし、軍校の制服を着る訳にもいきませんし』

『だよなぁ。はぁ、とっとと終わらせたい』


俺が着ているのはタキシード。これはパーティーを主催している護衛対象である茅野風夏の親の会社が貸してくれた物で、着付けまでやって貰ったので、ビシッと決まっており、このパーティー会場の中でも目立ってはいない。


『相真君。そっちは大丈夫かい?』

『はい。特に不審な人物はいません』

『分かった。30分後にまた連絡する』


耳に付けた無線通信機から和佐さんから連絡が入る。

和佐さんは会場の入り口で門番的な感じで待機しているらしい。

何も連絡事項がなくても30分ごとに連絡を取り合う手筈になっている。

俺がどうやって不審人物かどうか見分けているかというと、基本的には歩き方で判断している。ある程度の戦闘技術を持つ人間はいつ攻撃されても対応出来る様な歩き方をしている。俺も先生から叩き込まれたので数歩歩いているところを見るだけでも分かる。

氣をマスターすれば誰がどの程度の実力か、一瞬見るだけで分かるらしいが俺にはまだ無理だ。


「どうも。ボディーガードさん」

「おいおい、パーティー主催者の娘さんがこんな所にいていいのか?」

「別にいいのよ。どうせ私がいてもいなくても大して変わらないんだし」


会場の端の方で全体を監視していると、護衛対象である茅野風夏が歩いて来て俺の隣に立つ。

左手には装飾された皿を持っており、その上には豪華な料理が置かれている。


「て言うか私に対して敬語使わなくていいのかしら?」

「俺はあんたの父親に雇われたボディーガードじゃなくて、国の人間だ。年下のあんたに敬語を使わないといけない道理はないぞ」

「そう・・・・・・」

「気に入らないか?」

「いや、私みたいな子供にペコペコ頭を下げて思ってもいない事を言う連中よりよっぽど好感が持てるわ」

「なるほどねぇ」


随分とストレートな物言いだな。しかしこれが本音なのだろう。

まだ中学生の少女があんな沢山の大人に囲まれている、俺とは別の意味で違う世界を生きている。いくら彼女が大企業の社長令嬢でも、いやだからこそ想像を出来ない様な思いをしているのだろう。


「ねぇ。相真」

「いきなり呼び捨てかよ。一応俺は年上だそ」

「なら私の事を風夏って呼べばいわ」

「いや、そういう問題じゃないんだが・・・・・・もういいや」

「それで相真、貴方も何か食べないの?」


風夏は皿の上の料理を口に運びながらそう言う。


「護衛任務中は飯食っちゃダメなんだよ」

「へぇ。大変ね」

「任務の前にカロリーメイト食べたしそこまで苦じゃないよ」

「ふぅん。でもカロリーメイトって美味しくないじゃん」

「別に美味いから食ってる訳じゃねぇよッ!」


俺はそう話すと同時にその場でしゃがみ込む。

すると背後かろさっきまで俺の首があった位置にサバイバルナイフが振るわれる。


「・・・・・・なっ!?」


回避された事に驚いたのかそんな声を上げるのはボーイの格好をした男。しかしその手にはサバイバルナイフが握られており、一目で風夏を狙った刺客だと判断出来る。


「ほいっ!」


俺はしゃがんだまま身体を横回転させる様にして、男に足払いの蹴りを放つ。


「うおっ?」


俺はバランスを崩して横に倒れていく。倒れる途中に俺は立ち上がり、ボディーブローを叩き込む。

能力を使っていない魔力強化のみの打撃だが、相手は魔力での身体強化をしていない半分一般人で、尚且つ拳撃は鳩尾に入っている。その為、男は一撃で沈む。


「相真?な、何が起こって・・・・・・」

「こいつは風夏を狙ってる刺客だよ」


因みに俺が背後から接近して来ている時点でこいつが刺客だと分かっていた。氣を読めば殺気を漏らしながら近づいてくる男が刺客だという事も、俺を狙って来る事も簡単に分かる。

先に俺を狙ったのは近くにいる俺が邪魔だったからだろうな。


(和佐さんに連絡入れるか)


そう考えた俺はイヤホンのスイッチを押して連絡をしようとしたその時ーー


小銃で武装する30人程の集団が出入り口の扉を破壊して中に入ってきた。


「おいおい。マジか?」


『相真君、見ての通り非常事態だ。僕がこいつらを潰すから君は茅野さんを連れてホテル内部から地下の駐車場を目指してくれ』

『あの人数と正面からやり合うんですか?』

『武装しててもただの雑魚だ。問題無いよ。地下で落ち合おう』

『了解です』


「おい風夏。とっとと逃げるぞ」

「逃げるって何処に?」

「地下駐車場だよ、っと」


俺はそう言いながら風夏を身体に手を回して、傍に抱える様にして持ち上げる。


「ちょっと!?何してるの!?」

「逃げるんだから抱きかかえた方が良いだろ」

「いや、私だって走るくらい出来るわよ」

「じゃあ聞くが、お前50メートル何秒だ?」

「・・・・・・8秒くらい」

「論外だな。6秒代で走るなら考えたが」


風夏も別に遅いわけではないのだが、流石にその速さでは何処から刺客が来るか分からないこの状況では走らせるわけにはいかない。


「6秒なんて無理に決まってるでしょ!私は普通の中学生よ」

「だったら大人しくしてろ。それと黙ってないと舌噛むぞ」


そう言って俺はホテルの廊下を駆け出す。この階は2階であり、ロビーやらレストランやらがあるのでホテルの中でも最も広いというのが少し面倒だな。

道は狭いが他に通行人もいないのでそれなりのスピードを出す事が出来る。


「・・・・・・チッ」


目の前にいるのは2人の男。片方の男は右手にサバイバルナイフを握っており、もう片方の男はハンドガンを携えている。


(待ち伏せされてたのか)


「直ぐに片付けるから少し待ってろ」


俺はそう言って脇に抱えていた風夏を床に下し、男2人に向き直る。

腰のベルトから伸縮性のある特殊警棒を抜き、その場で上から下に振り下ろして特殊警棒を伸ばす。

何故ナイフやハンドガンではなく特殊警棒を持っているかというと、護衛任務である以上一般人に見られる機会も想定して出来るだけ武装は銃刀法に違反しない物にしているからだ。


(それに見た感じあいつらは魔力の使えない半分一般人みたいなもんだしな。警棒でも何とかなるだろ)


サバイバルナイフを持った男が地面を蹴り距離を詰め、サバイバルナイフでの刺突を放ってくる。

俺はそれを半身で躱すが、男の攻撃はそれだけでは止まらず刺突後のサバイバルナイフを大振りの横一閃に切り替えるがその斬撃は特殊警棒で迎撃されて弾かれる。

流石は公安支給の特殊警棒、魔力の身体強化のお陰で身体能力に差があったとはいえ、サバイバルナイフと打ち合っても傷一つ付いていない。


(ふぅん。もう1人は手を出さない感じか。まぁ銃じゃ味方に当たるかもしれないしな)


サバイバルナイフの斬撃と特殊警棒の打撃がぶつかり合う。

何度か打ち合っていると横振りの斬撃を放ってくる。その瞬間俺はガードせず1歩後ろに下がる。

最低限の動きで大振りの攻撃を回避した俺は特殊警棒をサバイバルナイフを持つ右手首に振るう。


「ぐぁっ!」


苦痛の声を漏らしながら顔を歪める男の顎に下から振り上げる様に特殊警棒をぶつける。

魔力で強化された膂力から放たれる打撃を急所に貰った男はその場で膝を付いて倒れる。


「チッ。そこの女を殺されたくなかったら動くな!」


もう1人の男がそう叫び両手でハンドガンを握りを構える。

その銃口の先にいるのは廊下の端で座っている風夏だ。


「はぁ・・・・・・どうせ撃てないだろっ!」


俺はため息を吐きながら両手を上げると見せ掛けて特殊警棒を男の手元目掛けて投擲する。

投げられた特殊警棒は狙い通り男の手首に直撃する。特殊警棒が当たった衝撃と痛みでハンドガンを手放した男に俺は瞬時に距離を詰め、男の顳顬こめかみを掴みそのまま壁に思いっきり打ち付ける。

後頭部に強い衝撃を受けた男は壁にめり込んだまま気絶する。

風夏を殺してしまっては依頼人からの報酬はゼロになるので撃てないと分かっていた。それに裏社会の人間であってもこちら側の人間ではない男では俺の投擲を躱せないと予想出来たのでさっきは迷わず特殊警棒を投げた。

仮に男が俺にハンドガンを向けたとしても体育祭の時の様に足元に倒れていた男を盾にすれば良かったので問題なかったがな。


「ほら、とっとと逃げるぞ」

「え、ええ。・・・・・・武器を持った男2人に勝つなんて貴方強いのね」

「まぁ鍛えてるからな」


俺は落ちている特殊警棒を拾い、座っている風夏の元に行く。

そして再度風夏を小脇に抱きかかえて地下駐車場を目指す。




地下駐車場に繋がるエレベーター、そのエレベーターを待つ為の少し広めの空間。花瓶が1つ飾られているだけの殺風景な場所だ。

そこに居たのはエレベーターを待つこのホテルの客、ではなく腰に刀剣を携えた1人の男。


「はぁ。また待ち伏せかよ」


流石と言うべきか、俺達が逃げる先を予測して先回りしてくる、裏世界で生き続けているだけの事はあるって事か。


(しかもこいつ、さっきまでの半分一般人とは違うな)


刃の様に鋭い殺気、恐らくこちら側の人間だろう。

そう思考していると殺気を出しながら立ち尽くしていた男が口を開く。


「その女を渡せばお前に危害を加えるつもりはないが、どうする?」

「そら無理だ。先生に怒られる」

「ならしょうがないな。斬らせてもらうぞ」


そう言うと男は刃渡り60センチほどの刀剣を抜刀し、中段で構える。


「おい、風夏。俺がお前を離したら壁まで下がれ」

「わ、分かったわ」


俺は小声で風夏にそう伝えると、言葉通り抱えていた手を離す。


魔王継承ファントムフォース


そして風夏が壁まで走るよりも先に能力と魔力で身体能力を強化し、地を蹴り男に急接近する。そんな俺に一瞬遅れて男も地を駆ける。

互いが自らの間合いに入った瞬間得物を振るう。

今日2度目の斬撃と打撃のぶつかり合い。先ほどの戦闘と違う点といえば相手が魔力による身体強化が出来る事と技量の高さだろうか。


『流石に警棒だとしんどいな』

『身体能力は相真君に分がありますが、刀剣相手ではキツいですか?』

『まぁなッ!』


真上から垂直に振り下ろされる銀色の刃。俺は刃の横から特殊警棒の打撃をぶつける事で斬撃の方向を晒す。

斬撃を晒した事で地面に向かって刀剣を振るおうとしている相手の顔面目掛けて蹴りを放つがーー


「クッ!」


刃が地面にぶつかる前に斬撃の方向と180度反対の向きに返しの斬撃を放つ事で隙を無くすと同時に俺の蹴りを刀剣の峰で迎撃する。

蹴りを防がれた俺は思いっきり後方に下がる。上昇した身体能力でどうにか男と距離を離す。

しかし男もすぐさま距離を詰めてくるので俺は廊下とは反対側の壁まで追い詰められる。

これ以上後ろに下がれない俺に対して男はすかさず顔目掛けて突きを放つ。

俺は特殊警棒で防げないと分かったので敢えて回避動作を取らない。

攻撃の直前まで避けない事で突きのコースを絞り、首を少し横に動かすだけで突きを回避する。能力によって上昇した動体視力と反射神経があるからこそ出来る芸当だ。


「中々やるな。だがっ!」

「ッ!」


壁に突き刺さった刀剣をそのまま横に振り、壁を斬り裂きながら俺の首を撥ねんばかりに斬撃を放つ。

俺はそれを大きく横に跳んで回避する。しかし強引な回避動作を止める為に回転受け身をした事で生まれた隙を、男は逃がさず捉えにくる。その瞬間ーー


「・・・・・・ッ!?」


俺は飾られていた花瓶を投擲する。その花瓶は男の刀剣によって簡単に破壊されるが俺の狙いはそこじゃない。

破壊された花瓶から飛び散った水と花瓶の破片。俺はそれを目眩しにして、奇襲の蹴りを鳩尾へと叩き込む。


「くぅ・・・・・・」


(チッ!硬えな)


男は小さな苦痛の声を漏らしながら後方へ下がる。いくら相手の身体の耐久力が魔力で上昇しているといえ、俺の蹴りを鳩尾に喰らえば流石に意識を保たないだろう。

蹴った時の感触もかなり硬かったので恐らく防弾チョッキでも着ているのだろう。


「武装してるってのになんつう威力だよ。結構やるみたいだな」


男は地面を蹴り再度接近してくる。そのまま近接戦闘に持ち込むつもりーーだと思っていたのだが。


「チッ!」


唯一の得物と思われた刀剣を投擲。意表を突かれたが強化された反射神経のお陰で迫る刀剣を特殊警棒で迎撃する問題は無い。


「ーーッ」


男は刀剣を投げると同時に腰からサバイバルナイフを抜き、距離を詰める。

俺が刀剣を弾いた次の瞬間、男は斜め上からサバイバルナイフを振るう。

刀剣を弾いた直後であり、サバイバルナイフの斬撃を捌く事も、いなす事も出来ない。この距離では回避も不可能なので俺は仕方なく特殊警棒を横にして斬撃をガードする。


「クッ・・・・・・」


男のサバイバルナイフは盾にした特殊警棒を真っ二つに切断し、俺の皮膚を斬り裂く。傷口から吹き出した数滴の鮮血が床を濡らす。


『大丈夫ですか?相真君』

『だいじょーぶ。掠っただけだ』


俺は真っ二つになった特殊警棒を投げ捨てながら後方へ下がる。

傷の方は皮を斬られただけなので痛くも痒くも無い。寧ろ動きづらかったタキシードを斬ってくれて助かった。


「ちゃんとした武器を使いなよ。お前もこっち側の人間ならナイフなりチャカなり持ってるだろ?」


男は余裕の笑みを浮かべながらそう言う。悠長に落ちている刀剣を拾ってからこちらを向く。


「まぁ別にいいが・・・・・・」


俺は懐から伸縮性のあるスイッチブレードを取り出し、持ち手のトリガーを引きスイッチブレードを展開する。

一般人である風夏の前だからあまり使いたくはなかったが、得物無しで戦うのはキツいのでしょうがない。それにこれ以上時間を掛けて他の刺客が来ても面倒だ。


(この服もいい加減邪魔だな)


俺はタキシードの上着を脱ぎ捨て、中のシャツも斬られた箇所から手を入れて破き捨てる。

こちらの戦闘をずっと見ていた風夏が「ひやっ」という驚きの声を上げたが今は気にしている暇は無い。


「一瞬で終わるから覚悟しろよ」


30%サーティー


俺は男に殺気をぶつけると同時に能力のギアを上げる。

そしてスイッチブレードを居合の様な構えで持ちーー


ーー白鷺流剣術 斑鳩ーー


脚部に魔力を集中させる事で刹那にの間に間合いまで接近し、必殺の斬撃によって斬り伏せる。


「かはっ!?」


斑鳩に反応出来ず腹部に斬撃を受けた男は力なく倒れる。

まぁスピードこそ速いものの内臓までは斬っていないので恐らく死ぬ事はないだろう。


『それにしても30%サーティーでの斑鳩はやっぱり強いな』

『ただ固有魔力も体力も消費するので早く目的地目指した方が良いと思いますよ』

『そうだな』


俺はその場でスイッチブレードを上から下に向けて振り下ろして刃に付いていた血を全て落とすと、風夏の元に駆け寄り手を差し出す。


「ほら行くぞ」

「・・・・・・え、ええ。分かってるわ」


風夏一瞬は呆気にとられた表情を浮かべたが、すぐに差し出された俺の手を取った。

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