第16話 女流作家の推理は秘密!


 リビングでは都竹と安藤達を前に、作家たちが複雑な表情で意見を交わしていた。


「事件とは限らないって……じゃあどうして西方さんは連絡してこないんですか」


 色をなして二人に詰め寄っているのは草野だった。


「それは、なにがしかの個人的事情だと思います。もちろん、事件の可能性を否定しているわけではありません。通報は時期尚早だと申し上げているのです」


 緊張をはらんだ問いにも、安藤は感情を交えず澱みなく答えた。


「万が一、敷地の近くで動けなくなっていたらどうするんです?それこそ取り返しのつかない事態になるかもしれませんよ」


 弓彦が珍しく感情を露わにして質すと、安藤は押し黙って都竹と顔を見あわせた。


「その可能性は低いと思います。このあたりに危険な場所はないですし、無事でいらっしゃるものと確信しています」


「西方さんがいなくなったのは夜中で、しかも不審者を追っていった結果の失踪です。事故にあったと考える方が自然じゃないですか。無事でいると断言する根拠は何ですか?」


「それは……」


 二人が再び顔を見あわせた、その時だった。


「先ほど、西方様から連絡がありました。急な事情で一足早く帰ることになったと」


 奥のドアから姿を現したのはマーサとミス・ビリジアンの二人だった。


「それはまた、とってつけたような報告だな。不審者を追って行ってそのままチェックアウトとは、真面目な西方さんらしくない」


「私どもとしてはそのように承った以上、仰せの通りキャンセルの手続きをするだけです」


 マーサが機械のように抑揚のない口調で、ぴしゃりと言った。


「……仕方がないな。正直、すっきりしないが五人で合宿を続けるとしよう」


 思わぬ壁に行く手を阻まれた草野と弓彦は肩をすくめると、黙って引き下がった。


「以上で西方先生に関する報告は終わりです。皆さん、有意義な一日をお過ごしください」


 低い位置からそう言い放ったのはミス・ビリジアンだった。見た目と口調のギャップにほぼ全員があっけにとられる中、僕だけは妙に懐かしい感覚を味わっていた。


 ――相変わらずだな、ミドリ。


 僕が思わず笑いをかみ殺していると、みづきがそっと僕のわき腹を小突いた。


「ねえ、どうするの?みんなに「あの事」を言うべきじゃないの?」


 僕はうなった。「あの事」とは『離れ』の中から聞こえてきた物音のことに違いない。


「ひょっとして君は、屋敷の誰かが『不審者』を捕えてあの小屋に閉じ込めた、そう思っているのかい?」


 僕の問いにみづきは一瞬、黙った後「不審者とは限らないわ」と意外な言葉を口にした。


「どういう意味だい」


「閉じ込められているのは、西方先生の方かもしれないってことよ」


 僕は開いた口が塞がらなかった。一体、どこからそんな発想が出てくるのだろう。


「考えてみて。『不審者』が元々、何らかの理由でお屋敷に閉じ込められていた『秘密の住人』だとしたら、西方先生に追いかけられては困るってことにならない?」


「つまり世間に知られてはいけない人物だって事?」


「ええ。元々、屋敷のどこかにいてたまたま昨日、戒めから抜け出して私の部屋に逃げ込んだとするわね。お屋敷側としてはできるだけ人目につかないうちに捕まえたい、ところが私と顔を合わせて騒ぎになってしまった。都竹さんと安藤さんが外に飛びだしたのは、二人を見つけて捕え「消えた」ことにするためだった……どう?」


「どうもこうも、話が突飛すぎるよ。その『秘密の住人』はともかく、西方さんを閉じ込めたって仕方ないだろう」


「もし騒ぎのどさくさで『秘密の住人』が始末されてしまい、西方さんがそれを目撃していたとしたら?人を一人「闇に葬った」ことを消し去るためにも、目撃者である西方先生を閉じ込めざるを得なかった……」


「馬鹿馬鹿しい。それって西方先生が『次の秘密の住人』になるってことだろ?三流スリラーじゃあるまいし」


「そうかなあ。一応、筋は通ってると思うんだけど」


「とにかく、もう少し様子を見てみようよ。『物音』だって案外、隙間から入った動物が立てた音かもしれないし」


 僕がやんわり諭すとみづきはうーんと唸った後「でも」と言った。


「もし私の推理が当たっていたら、このまま黙ってるのは「共犯」にならないかしら。恐ろしい企みに気づいていながら、真相解明に消極的だったって思われるんじゃないかな」


 あくまでも独自の空想に拘るみづきに、僕は「だったらこうすればいいよ」と言った。


「最終日に皆の前で自白するんだ。「私の犯罪は作品の中にすべて書いてあります」ってね」

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