第15話 隠し小屋の住人は秘密!


『ミドリ』。


 それは今から数か月前、ひょんなことで知り合った、世にも奇妙な女の子の通称だ。


 僕が前作『ひゃくえんせんそう』の執筆に悩んでいたある日、緑色のジャージを着た少女が目の前に現れ、話しかけてきた。


 とても子供とは思えないませた口を利くその女の子は、周りの人たちから『ミドリ』と呼ばれていた。それからとある事件をきっかけに『ミドリ』は、僕の日常をその強烈なカラーに染めていったのだった。


 ミドリは小学四年生だが、その知識と知能は大人も目を瞠るものがある。そのせいか彼女の口調は時に、人を馬鹿にしているように聞こえることもあるが、そうではない。常に良かれと思い、最短距離で物事を考えるのが癖になっているのだ。


 あまりのぶっきら棒さに最初は戸惑っていた僕も、彼女がひどく不器用で純粋な人間だとわかると、傍若無人な口調をいつしか愛すべき個性として受け止めるようになっていた。


 ミドリがどういった経緯で執事を任されるようになったのかは謎だが、何かのきっかけでずば抜けた頭脳が評価され、異例の抜擢になったと言う事ならあり得なくもない。


 なぜ、ミドリは僕に気づいていながら知らぬふりを決め込んでいるのか?彼女を質問攻めにしたい気持ちがないわけではないが、もし彼女が僕の知っているミドリなら、きっと何か考えがあってのことに違いない。


「それにしてもあの女の子、今までどこにいたのかしらね。昨日の昼間にリフトで見た子かしら」


 ミス・ビリジアンが出ていったドアを見つめながら、みづきがぽつりと漏らした。


「多分そうだと思う。きっと、僕らが来る前からこの屋敷にいたんだろうな」


 あのリフトを操って自由に山と屋敷を行き来していたのなら、かなり慣れているはずだ。問題は彼女が僕らにとって心を許すべき立場の人間かどうか、ということだ。もし彼女が何かの事情でよからぬ企みに加担させられているのであれば、先ほどの態度も僕を深入りさせないための芝居なのかもしれない。


 そんな埒もないことを考えていると、奥のドアから上着を引っ掛けた都竹と安藤が姿を現した。


「みなさん、我々はこれから改めて西方氏の消息を辿ってみます。もし二時間で手がかりを見つけられなかったときは、不本意ながら警察に助力を仰ぐことになります……では」


 二人が食堂から姿を消した後、弓彦がおもむろに口を開いた。


「みなさん、僕らも二時間後にリビングに集合しましょう。その後の展開によっては合宿自体が中断となるかもしれないし、継続するにしても西方氏抜きの五人でいいのかどうか、検討する必要があるでしょうから」


「賛成ですな。神楽先生の言う通り、我々にはこの先の日程を決める権限はない。神谷先生に事情を説明し、判断を仰ぐ必要がある」


 草野が弓彦に同意を示すと泉が席を立って「当然、続けて貰わないと困るわ」と言った。


「何か、特別な事情でもおありですか」


 続けて席を立った草野が問うと、泉は「だってそうでしょう」と挑むような目になった。


「昨夜、あれだけの騒ぎが起きたのに、何も書かずに帰るなんてあり得ないわ。私が神谷先生ならこう言うわね「みなさん、恐れずに物語の二ページ目をお書きください」ってね」


                   ※


「西方先生のことだけど」


 薬草畑に沿って伸びる小道を歩きながら、みづきが言った。


「先生がもし『第七の作家』で、昨夜の騒動が先生に対する罠だったら、これで合宿は終わりってことよね。……だって『復讐者』を特定して始末したわけだから」


「まあ、合宿の目的が西方先生の言った通りならね。でももし西方先生が『復讐者』だったのなら、僕らを相手に自分のことを延々と語っていたことになるぜ。その目的は?」


「うーん、敵の……つまり神谷先生の裏をかくために、なんらかの先手を打とうとしていたとか」


「僕らを味方に引き入れようとしていたってこと?……確かに今、こうして話題にはしてるけど、西方先生本人がいなくなってしまったんじゃ、戦いの引き継ぎようもないよ」


 出口のない不毛な問答を交わしているうち、僕らは気づくと山の方へと続く小道の前にいた。


「……どうする?もし人がいなかったら、リフトに乗ってみるかい?」


「そうね、それもいいけど、西方先生の捜索も終わっていないし、昨日、神楽先生が言っていた『離れ』を見てみるっていうのはどう?」


「……いいけど、中に入ろう、なんて言い出すのはよしてくれよ」


 僕はみづきの好奇心に呆れるとともに、確かに山の方に行くのは性急だとも思った。


「神楽先生の話だと、薬草畑の向こうよね。この道はここで途切れてるし……どっちにいったらいいのかしら」


「……ちょっと待って。一見、山の方に行くか戻るかしかないように見えるけど、まっすぐ行ったらどうなる?」


 僕は小道を寸断している二メートルほどの岩を指さして言った。岩の左右は笹薮で、向こう側は見通せない状態だった。僕は岩の右側の笹を手で折ると、強引に中へ分け入っていった。


「――あった。小屋だ」


 僕が叫ぶと、みづきが「えっ」と叫んで藪の隙間から身体を捻じ込んできた。


「本当だ。小さすぎて岩の向こうにあることがわからなかったんだわ」


 岩と笹薮に隠された狭い空間に、『魔女の家』よりさらに一回り小さな小屋が朽ちかけた状態で放置されていた。


「なるほど、これは使い道がなさそうだ。……入ってみたいかい?」


 僕が尋ねると、みづきは頭を振って「入れないわ。……見てあれ」と小屋を指さした。


「あっ……本当だ。窓も扉も全部、塞がれてる」


 僕は小屋に歩み寄ると、そう叫んだ。一応、二人で小屋の周囲をざっと改めたが、窓は板で目隠しされ、入り口の戸には南京錠がかけられていた。どうやら外部の人間が侵入することのないよう、厳重に封鎖されているようだ。


「これで『離れ』の探索は終わりね。……どうする?山の方に行ってみる?」


 僕がそうだなあ、と天を仰ぎかけた時だった。突然、近くでがたんという何かをひっくり返すような音と、木の床を踏み鳴らすような音が聞こえた。


「中に……誰かいるの?」


「まずい、いったん引き揚げよう」


 僕らは大急ぎで岩の手前に戻ると、息を殺して向こう側の気配をうかがった。


 物音は少しの間、聞こえていたが次第に小さくなり、やがて周囲に静寂が戻った。


「少し早いけど、屋敷に戻ろう。どこかを探索するにせよ一旦、計画を立てて出直した方がいい」


 僕がそう提案すると、珍しくみづきが「そうね、そうしましょう」と即座に頷いた。


 僕らが登り口の手前で踵を返し、母屋の方に戻りかけたその時だった。


「そこでなにをしているんです」


 いきなり声をかけられ、振り向くと目の前に小さな人影――ミス・ビリジアンが立っていた。


「あ、いや、薬草畑を眺めてたらここまで来てしまって……」


「屋敷の敷地はここまでです。どうぞお戻りください」


 ミス・ビリジアンは感情のこもらない口調で言い放つと、僕らを追い抜いてすたすたと先を歩き始めた。どうやら山の方から「降りて」きたらしい。


「あの……上の方に行くと何があるんです?」


 僕は思い切ってミス・ビリジアンの背中に問いかけた。すると二代目執事はぴたりと足を止め、僕らの方を振り返って「なにもありません。行っても無駄です」と冷静に言い放った。


 僕とみづきは一瞬、顔を見あわせると、再び歩き始めたミドリ――ミス・ビリジアンの後を追った。

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