第14話 最初の罅
「ほんとにいいのかよ、これ……」
そう言ったのはエルヴァンだった。
そのマントには、きらりと光るグリフォンの羽根をあしらった宝石ピンが付けられている。氷雪龍討伐の報償として、公国から賜ったものだ。
「一個しかないならエルヴァンが付けるべきでしょ」
レンツィの言葉に、横でジョヴィオが静かに頷いた。
「でもなあ、氷雪龍の討伐は俺だけの力じゃないしな……」
「いいっていいって。似合ってるし。僕らのリーダーなんだから、付けとけばいいでしょ」
ヘルムの言葉が総意になった。
「お、おう……。お、お前らがそんなに言うなら? 貰っておくけどよう?」
「エルヴァン、そういうの似合わないよ」
フラヴェラがくすくす笑うと、笑い声は皆に伝搬した。
「お前らなあ~~!! ノせるだけノせておいて!」
「ははははっ。悪い悪い!」
「エルヴァン。……ところで、もうひとつ話があるんじゃなかったの?」
サブリナが促すように言った。
「えっ!? あ、ああ。そうだった」
エルヴァンはひとつ咳払いをすると、いままでの空気を一変させるように真剣な眼差しをした。その拍子に、全員の目線が鋭くなる。
「みんな、《狂乱の迷宮》を知っているよな。……あそこの進入許可が出た。公国からの依頼だ。《狂乱の迷宮》に潜む、《狂乱の魔王》を討てと――」
*
初めての潜行から戻ったあと、仲間たちの顔はやや暗かった。封印されていた土地だからと、ひとまずは第一階層、あるいは一、二階程度を目標にしていた。それでも芳しくない結果に、みな考え込んでしまったのだ。
それでも、エルヴァンだけは落ち着いていたように思える。
「今日、潜ってみてどうだった?」
静かに語りかけると、しばらく黙り込んでいたうち、レンツィが口を開いた。
「……敵はまあ、強いなーって思ったけど」
続けて、サブリナが口を開く。
「そうね。いままで以上に準備が必要だわ。毒矢や火矢みたいな特殊矢を増やしておこうと思うの」
「……」
ジョヴィオが同意して頷いた。
この『強い』は、単純にレベルが強いとか、攻撃力が高いとかそういうことではなかった。もちろんそういった事も含まれているが、そんなものは予想の範囲内だった。むしろ毒単体の効力や、全体に麻痺をばらまく鱗粉など、こちらの行動が阻害される事を言っていた。
「ヘルムは何かあるか?」
「僕は、上位の《ハイ・ヒール》と《キュアオール》を覚えたほうがいいかなって思ってる」
いままで《ヒール》だけでまかなえていたのは、ヘルムの持つ《ヒール》のスキルレベルがMAXまで育てられていたことに由来する。
「でも、ヘルムの《ヒール》は毒や麻痺まで治るでしょう?」
「うん。でも《ヒール》だと一人ずつにしか掛けられないしさ。それに、皆の体力も以前に比べて上がってるんだよ。数値的に見ると、いまの《ヒール》だけじゃ辛いかな。それに、もし全員が麻痺させられたら……。一気に逆転させられる」
「でもさあ、アイテムじゃ駄目なの?」
「誰が持つんだ?」
冷静なジョヴィオの一言に、レンツィは唸って黙り込む。
「MP効率を考えると、今のままでもいいんだけど。《キュアオール》も《キュア》の習得からってなるとだいぶ時間が掛かるけども、最終的には効率が……」
「マジであんた、勤勉なんだか面倒くさがりなんだかわかんないわね……」
「おかげでMPも節約できてるけどな」
もはや感心しているのか呆れているのか、エルヴァンがなんとも言えない目をしながら言った。
「よし、それじゃあヘルムはまずは《キュア》……だっけ? で、最終的に《キュアオール》の習得を目標にしておいてくれ」
「了解」
「それじゃあ、フラヴェラは何かあるか?」
「うん。私はスキルレベルを上げようかなって――」
そうして、迷宮攻略の為の方針は練られていった。
今後の本格的な探索のために、各自目標を設定して、最終的には《狂乱の魔王》との対決に備える。それがいつものやり方だった。
*
「本当にどうしたんだよ、ヘルム!」
叫ぶように言ったエルヴァンに、ヘルムは何も言い返す言葉を持たなかった。
近くでは、アイテムで治療をしている血まみれのジョヴィオを、フラヴェラが不安そうに見守っていた。
この頃には、ヘルムは次第に行動が遅くなっていた。戦闘中でもまるで職務放棄とも思えるぐらいにまごつき、それ以外にも約束事を破ることが多くなっていた。
「回復のタイミングだけじゃない! この間だって、地図の清書をいつまでもやってなくて……、日誌に書いてくれって言ったのも全然……っ、ヘルムお前、いったいどうしたっていうんだ!?」
「だから、それは」
「それにお前が覚えるって言った《キュアオール》はどうなったんだよ! 覚えられないなら言えよ!!」
「ご、ごめん。なんか……」
なんか――面倒臭くてつい、という本音は言えなかった。
「なんか……なんだよ」
「いや、その……。僕は、みんなみたいにうまく出来ないし、実力の差がわかってきたっていうか……」
ヘルムがそう言うと、エルヴァンは驚いたように一瞬、目を丸くしたあと――その肩を軽く突き飛ばした。ヘルムは尻餅をつき、エルヴァンは踵を返した。
「そうか」
助かった、とヘルムは思った。
「ちょっとエルヴァン」
レンツィが無言で立ち去るエルヴァンの後を追った。
「だ、大丈夫? ヘルム」
フラヴェラがジョヴィオを放って、ヘルムの近くへと駆け寄る。
それを見ていたサブリナは、ストレスを解消するかのように無言で干し肉を口にした。
それを境に、エルヴァンは何も言うことはなくなった。その代わりにヘルムを見下すような言動が増え、次第に他のメンバーもそれにならいはじめた。それはこの状況下であまりに自然すぎて、誰も気が付かなかった。
思えばそのときから、崩壊は始まっていたのだ。
このときに誰かが、エルヴァンの様子もおかしいのだと指摘することができれば――何か変わったのかもしれない。
*
――いや、違うな……。
――誰が悪いとかじゃない。誰も悪くないはずだ……。
――……でも……。
――……最初の罅を入れたのは……。
――間違いなく、僕だったんだ。
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