第12話 3人目・レンツィ(後)

「《ファイア・ブラスト》」


 足先で燃え上がった炎が、レンツィの両足を焼いた。


「あああああああっ!!」


 どれほど暴れようと、固定された腕輪は抜けなかった。みしみしと僅かに古びた音を立てるだけで、ぴくりとも動かない。それどころか錆びた腕輪は真っ先に熱を持ち、レンツィの足首に食い込んで焼いていった。

 固定された両腕が僅かに動くも、炎からは逃れられなかった。


「あづいっ!! あづぁっ、ぎゃああああっ!!」


 悲鳴の中、彼女の自慢の足は炎に包まれたまま。暗い部屋がひときわ明るく照らされ、暴れる姿が巨大な影になって壁に映し出される。フラヴェラは炎を維持しながらも、その姿をうっとりとしたように見つめていた。

 それから火の勢いが止まったあと、僅かばかりの光に照らされたのは、膝から下が真っ黒に焦げ、炭の塊になった二つの塊だった。


「はっ……はあっ! あ、あああ……」


 足を見ることはできなかった。さっきまであった痛みは、すっかり消え去ってしまった。というより、焼けた境目である膝の部分に強烈な痛みはあるものの、そこから下はもう何も感じなくなっていた。


「このあたり――もう痛みはないのかな」


 フラヴェラは真っ黒に焦げた足にナイフを突き立てたが、レンツィの反応は変わらなかった。というより、レンツィにはフラヴェラが何をしているのかもわからなかったのだ。


「じゃあ、次はこっちにしようか」

「は……、つ、次、つぎって……」

「《ファイア・ブラスト》」


 同じ呪文が口から出ると、今度は彼女の両腕から炎があがった。再び耳をつんざくような悲鳴が部屋中に反響する。

 今度はレンツィの目の前で肘から下が炎に包まれて燃えていた。何度も顔を逸らし、熱から逃げるように体を揺らすが、維持された炎は無情にもレンツィの腕を焼いていった。

 炎に照らされる部屋の中で、フラヴェラは再びにこにことその様子を眺めていた。まるで花畑で駆け回る犬を見るような――あるいはひらひらと遊ぶ蝶を見るような目だった。


 ちらちらとした炎が魔力となって消え去ったころには、レンツィはもはや喉から声を出すことすらままならなくなっていた。どれほど痛めつけられ、悲鳴をあげようと耐えていた彼女だが、盗賊にとっての命とも言える足と手を失ったショックは、それを大きく上回った。

 その目からは光を失い、あちこちをぶつけて血まみれになったが、まだ生きていた。それが幸せなのかどうかは別として。フラヴェラはしばらくそんな彼女を慈愛の目で見ていたが、鼓動は高鳴り、息は熱っぽく、どこか夢見心地のような表情だった。


「本当は、このまま焼き尽くしてあげようと思ってたんだけど……」


 フラヴェラはちらりとあらぬ方向を見た。暗闇の中に、奇妙なハンドルが浮かび上がっている。


「この台、っていうか装置ね、面白いことが起こるみたいなの」

「あ……」


 まともな言葉すら出せないレンツィに、フラヴェラは語りかける。


「このハンドルを動かすと、鎖が引っ張られる仕掛けになってるの。いいでしょう?」


 フラヴェラは錆びたハンドルに手をかける。ギィギィと音がする。


「……やっぱり古いのはダメかな」


 荷物の中から燃料用の油を取り出しても、レンツィは反応することができなかった。ちょいちょいと錆びた箇所に油をさし、勢いよく動かす。がつんと音がして、古びた箇所が割れて落ちてきたが、それでも構わなかった。

 ハンドルを動かすと、鎖が巻き取られて四肢がそれぞれ引っ張られる仕組みだ。本来は馬を繋いで四方向へと引っ張る拷問や処刑の方法なのだが、これはハンドルひとつでいいらしい。


「《嫉妬》なんてするものじゃないのよ。ね?」


 諭すような表情で、フラヴェラはゆっくりとハンドルを回し始めた。やがて軋んだ音を立てながら、レンツィの四肢が左右それぞれの方向へと引っ張られていった。







 部屋の扉を開けたとき、フラヴェラは真っ赤に染まったローブを着ていた。既に黒く変色しはじめ、ワインレッドのような色合いになっている。

 彼女はまるでこれから結婚式に向かう花嫁のような足取りで、そこを後にした。


 これで三人だ。

 残るはあと一人。


「はあっ……」


 いまにも蕩けそうな表情で、フラヴェラはナイフを握りしめた。

 あとはエルヴァンを、ヘルムの後ろの牢屋で殺すだけだ。きっとヘルムは喜んでくれる。そうしたら新しいパーティを作ろう。ヘルムと自分だけの新しいパーティだ。ぞくぞくする。魔術師と回復術師だけだと少し不安なら、新しい人材を見つけてくればいい。きっと楽しいパーティになる。


 そのままエルヴァンのいる牢屋へ向かおうとしたフラヴェラは、ふと見覚えのない道があることに気が付いた。


「……あれ? こっちにも道があったかな」


 ひょいと覗き込むと、道の先を灯りで照らした。

 道はまっすぐに延びていて、突き当たりには天井まで届くような扉があった。


 あんな豪奢な部屋は見た事がなかった。

 全員に《スリープ》をかけてばらばらに閉じ込めたときに、ひととおりこの階層は見てまわったのだが、それでもこんな扉があっただろうか。フラヴェラはおもむろに扉に近づくと、そっと触れた。


 扉の真ん中には巨大な目の形をした装飾があり、その両側から人間の手が二本、それぞれ広がっている。その装飾だけ見れば、まるで巨大な蜘蛛のようだ。

 自分がどこにいるのかも忘れて、フラヴェラはそっと扉を開けた。きょろきょろとあたりを見回し、中に入り込む。


「あ、……ここ、……いいかも」


 フラヴェラはそう言うと、もっとよく見るべく、そのまま探索を開始した。

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