なんとなく忠誠を誓おう・2

 湖はまるで鏡のように、星をちりばめた空を映してきらきら光っている。通り抜ける風は不気味にちょっと生ぬるい。

 俺達が魔王に連れられてやってきたのは、とある湖畔の朽ち果てた城だった。


「魔王さぁん、移動魔法を使うならもう少し、目的地の近くに飛ばしてくださいよぅ……!」


 泣き声で訴えるニコ。歩きながらもう半べそかいてる。本番の前から怖がり過ぎだろ。

 でも俺も気持ちとしては同じだ。先頭を行く魔王はふりかえって申し訳なさそうな顔をする。魔王なのに。


「すまんのう、近くには防御の魔法がかかっておって、あの場所までしか魔法で飛べなかったのじゃ……」


 俺達はいったん街に帰って準備を整えると、再び教会に集まり、魔王の移動魔法によってここまで飛ばされてきたのだ。

 本当の目的地は、湖のほとりに建つ古城。そこに目的の魔物はいるという。

 それにしても陰気な場所だ。全体的に霧がかっていて灰色の景色だし、湖は暗い色に濁ってるし、生き物の気配もしない。

 湖を囲むように森もあるけれど、森の木々さえ生気を失ったかのような暗い色彩だ。忘れ去られた墓場みたいな印象しか受けない。

 そんな生きる気さえ無くしそうな景色の中を歩いているうちに、いつしか日は暮れてしまっていた。


 ちなみに、いま先頭をいく魔王がどんな容姿かと言うと……角が二本生えていて、黒髪がもじゃもじゃで、重厚そうな服を着てて……。

 とりあえず一目見ただけで「うわ、魔王!」と思うような感じの、素晴らしく邪悪なものである。

 ただ、その目だけは、性格をよく現した、弱気で怖がりでネガティブ極まりない感じなのだ。少なくとも俺にはそう見える。


「やっと着いたわねー。近くで見たら結構こじんまりした城なのね」


 さて、サラが言う通り、ようやく俺達は目的の城の入り口までたどり着いた。

 遠くから見てもそんなに大きくはないなとは思っていたが、やっぱり結構こじんまりした城だ。それでも五階建てぐらいはありそう。


 小さくても立派な石造りの建物に、それより高い尖塔がくっついた形の古びた城だ。外壁はぼろぼろの濃い灰色で、風雨にさらされてきた年月を思わせる。


 俺は魔王を振り返って尋ねる。


「それで……どう乗り込むんだよ? 正面から入っていったら追い返されるんじゃないのか?」

「というよりそもそも、僕達が近くまで来ているのに、気づいていないなんて事があるんでしょうか」

「ニコライ君の言うとおりじゃ。おそらくもう気づかれておるよ。警戒は徹底しておるさ」

「よく知ってるわね。まあ、もともとは部下だものね」

「そうじゃよ。あいつは、非常に気難しくて神経質な奴でのう……。ちょっとでも警備の事を忘れると叱られたものじゃ、怖かったのう……」


「怖かったとは何ですか、魔王様」


 俺も、仲間も、魔王さえもぎょっとした。

 俺達と、城の入り口の間に、見慣れない奇妙な"もの"が現れたのだ。


「ソフィー……! おお、懐かしいのう! 元気にしておったか?」


 魔王がそう話しかけるのは、現れた"もの"――― 空中に浮かぶ、紫炎の鳥!


 青紫色の光が、ゆらゆら波打ちながら鳥の形を作っているのだ。形は一定しないけど大きく崩れる訳でもない。

 大きな一対の翼と、頭部を支える長い首。それと、長すぎて地面に垂れ下がるほどの尾が特徴的。自在に宙に浮けるらしく、足は見当たらない。

 これは……『ウィスプバード』だな。パッと見では生き物に見えないが、エネルギー体の魔物である『ウィルオウィスプ』の一種で、鳥の形態をした魔物の種族である。


「魔っちゃん、このウィスプが、話してた部下?」

「そうじゃよ、『ソフィラテ』という名じゃ。『ソフィー』と可愛く呼んでやると良い」

「その呼び方はやめて下さい。ワタクシは不愉快でございます」


 ウィスプバードのソフィラテは、ほんの少しだけ翼を上下させながらそう言った。頭や首はあるけれど口のようなものは無いので、言うといっても、言葉がどこからか聞こえてくるだけなのだが。


「魔王様、お話する事は何もございません。どうぞ、この場でお帰り下さい。そのためにワタクシは参りました」


 冷え冷えした言葉。なんというか、口調は丁寧なのだけど、その丁寧さの中に毒があるような感じだ。


「何よそれ! アンタ、魔王様がわざわざ直接話しに来たのよ! その態度は無いんじゃないの?」


 言い返すのはサラ。腕組みして仁王立ち、勇敢そのものだ。

 ソフィラテは頭をかたむけて、サラをまじまじ見るような動作。ちなみに目も無いので、一体どこ見てるのか正確にはわからない。


「魔王様が来られる場合もあるとは思っておりましたが……まさかニンゲンを連れてくるとは、ワタクシも予想できておりませんでした」

「そうじゃろうよ、ワシも最初はびっくりしたけどの、こやつらは良いニンゲンなんじゃ。今度、一緒に酒でも飲みたいと思っておる」

「魔っちゃん、そんな事考えてたのか……いや俺は良いけどね、楽しそうだし」

「貴方がたがどのような経緯で魔王様と一緒にいるのか、ワタクシは存じ上げませんが、どうでもいい事です。ワタクシはもう魔王様と関わりはありません。どうなさろうと勝手です。ただし、これ以上ここに留まる事だけはワタクシが許しません」


 ぴしゃりと言い放つ冷酷な声。な、何だか徹底的に冷淡な魔物だな、ソフィラテは。

 こんな厳しそうな魔物が、昔は魔王の忠実な部下だったとは到底思えない。そもそも、へっぽこ魔王が、この厳しさに耐えられる気がしない。

 魔王は、困ったなあ、という表情で俺達を振り返った。完全に俺達に助けを求めている顔である。


「ソフィラテ、その態度どうにかしなさいよ、失礼じゃないの! ねえ、魔っちゃん!」

「サラさんもわりと失礼ですよ、その呼び方とか」 ニコが小声でツッコミを入れる。

「とにかく! どうしてそんな冷たいのよ? 長いこと封印されていた魔王様が、ようやく戻ってきてくれたのよ。貴方の仕えていた大切な人でしょう? なんで邪見に扱うのか、私にはわからないわ。説明しなさい!」

「……物分かりが悪いようですね。仕方ありません。力づくで出て行ってもらいましょう」


 サラの話を完全無視したソフィラテは、いきなり高く飛び上がった。

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