なんとなく忠誠を誓おう

なんとなく忠誠を誓おう・1

 魔王が人間にお悩み相談。

 そんな事が起きるようになったなんて、いやはや平和な世の中になったもんだ、と、しみじみ言っている場合ではない。

 その魔王が、人間には想像もつかないような、まさに魔王級のいくじなしであったとしたら?

 慈愛の女神様もさじを投げるような、とんでもないダメダメ魔王であったならば。

 それに対する、冒険者の答えは―――それでも、お悩み解決を手伝ってやろうじゃないか。

 ただし、なんとなく人間にでも出来る程度で。


 ◆


「―――で、ようは、怖いから俺達に一緒に来て励ましてほしい、という事だな?」


 すべての事情を聞き終えて、俺は向き合って座っている魔王へと、確認のためにそう言った。


 ここは俺の住むフェスの街から少し離れた、古代の大きな教会だ。

 一応、ここもれっきとしたダンジョンの一つである。しかし宝はぜんぶ持ち出されてめぼしい物はなく、今も残る聖なる気配のせいで、魔物もろくに出現する事ができない。

 と言う訳で、今や寂れたダンジョンとして、魔物も冒険者もうろつく事は無い場所。

 逆に言えば、魔物の上に君臨する魔王と、普通の人間である冒険者が会う場所として、これ以上都合の良い場所は無いだろう。

 ちなみに魔王は、そんな神聖な気配なんかまったく効かないようで、その辺はさすが魔王というべきか。


「そう、その通りじゃ。お前たちにしか頼めないんじゃ!」


 魔王はうるうると目に涙をにじませながら、かくかくと勢いよく頷いた。


 そもそも今回の事の起こりは、数日前の朝、俺の部屋に届いていた一通の手紙である。


 『お前たちにしか話せない悩みがあるから、相談に乗ってほしい。魔王より』


 手紙にはまるで人間のような、几帳面な字で、そうつづられていた。

 ていうか何で人間の文字を書けるんだ? 俺の部屋、なんで知ってるんだ? などなど疑問は湧水の如くあったのだが。


 『魔王』というのは、この辺り一帯の魔物を統括する、魔物達の王様である。人間の国王と同じ感じだな。

 以前、ある事件をきっかけに、うっかり魔王と出会っちゃった俺と仲間達は、話の流れで何となく知り合いになってしまった訳で。

 この魔王がまた色々と問題を抱えていたため、困った時には「人間として」できる事は協力してあげよう、という事になったのだ。

 そのため俺はとにかくパーティのメンバー三人を呼び、手紙で指定された日時にその場所に来てみたら、魔王と久々のご対面、という訳である。


 古びてはいるが巨大な教会の中、魔王が俺達に打ち明けた『相談事』。

 簡単にまとめると、

 『かつての部下が反逆していて、どうにかしてまた仲良くなりたいんだけど、めちゃくちゃ怖いから一緒に来てほしい』。

 これだけだと、学校の先生に怒られて、でも謝るのが怖いから友達に一緒に来てもらう子どもと、なんら変わらない気がする……。


 もともと、魔王にはかつて、絶対の信頼を置く部下が何人か、いたのだという。

 魔王は彼らと共に、作戦を立て、部隊を操り、数々の戦いを乗り越えてきた。

 だが、魔王は人間の手である遺跡に封印されてしまい、部下はちりぢりとなって長い年月が過ぎた。

 そして先日、俺達も立ち会って魔王は見事復活。部下をまた呼び戻す事にしたそうな。

 しかしその部下の一人が、魔王の下へ再び戻る事を頑なに拒み、あろう事か反逆軍まで組織しようとしているらしい。

 魔王としてはとても信頼していた腹心の部下ゆえ、どうしてもその部下にだけは戻ってきてほしい。

 と、いう訳で、一人で行くのが怖いので、俺達にも付き添ってもらいたい、あくまで『付き添い』で。

 魔王ゆえお礼はきちんとする、財宝をたんまり渡すという。

 ここまでハイリスクハイリターンな依頼もなかなか無いだろう……。


「あの……話に乗るかどうか決める前にだな。どうやって俺の泊まってる部屋を調べ上げたんだ、俺は言った覚えないんだけど」

「ああ、簡単な事じゃ。とても小さな虫の魔物にな、お前さんを追跡させたのじゃよ。それなら他の人間に見つからんしな」

「レイン凄いわね、魔王にストーキングされるなんて、勇者でもなかなか無いわよ!」


 楽しげにサラが言う。

 逆に考えれば、その気になれば魔王はいつでも簡単に俺達の息の根止められる、という背筋が寒くなるような事実に気づいているのか、お前は。


「それで、どうする? この話、乗るか?」


 俺は教会に並ぶ長椅子に座ったまま、同じく周りに座っているサラ、ニコ、カルストにそう尋ねた。


 三人とも俺の冒険仲間だ。三人とも適度に個性的で、熱血体質とか、よく死にかける不幸体質とか……。いや、適度か、これ? 自分で自分にツッコミたくなった。


「当たり前でしょ! こんな面白い話、滅多に無いわよ!」

「サラさん、魔王の勢力拡大に貢献しようっていうんですか……? 僕達はあくまでも『人間側』ですよ」


 すでにアツくなっているサラに、ニコが青ざめた顔で言う。

 ニコの言う『人間側』というのは、物凄く大きなくくりでの『人間』であって、『人間族』の事では無いはずだ。

 ニコとサラは、人間族ではない。ニコはエルフ族だし、サラは精霊とのハーフだ。

 エルフは別種族という事で、エルフだけの町や国もあるが、このへんの町は多種族混在が普通で、人間と一緒に生活しているエルフが多い。

 だが、精霊は立場的に微妙なのだ。魔物側についたり人間側についたりする、不思議な存在なのである。


 けれどサラは立場をまったく気にしていない様子。

 彼女は実家を飛び出して冒険者になったから、精霊らしい感じの考え方を全然しないんだよな。


「魔っちゃんがこれだけ困ってるんだから助けてあげようじゃないの! それが人間の『人情』って奴じゃないの?」


 何だかちょっとイイ事を言っているサラだが、その本心の理由は『面白そうだから!』であると俺達にはしっかりバレている。

 面白そうな事には、例えどんなとんでもない話でもすかさず飛び込んでいく、それがサラという暴走女である。

 そしてカルストも、何やら考え込んだ表情でうんうんと頷いている。


「人助けならぬ、魔王助けか。おれ達は『付き添い』だから危険もない。報酬もはずむ。良い条件じゃないか」

「お前……珍しくマトモな事言うじゃないか。何か悪い物でも食ったのか」

「いや。むしろこの一週間、ろくに食事をしていない」

「金欠かよ! 報酬目当てだと最初から言えよ、金に目がくらんでるだけじゃねえか!」

「皆、物凄く冒険心がありますね……。もうわかりましたよ、こうなったら僕も一緒に行きますよ」


 ニコも泣く泣く決心。

 これでパーティとしての決断は下された。なんてお気軽かつ自分勝手事情パーティなんだと思わなくもないが。


「ようし、決定ね! それじゃいっちょ、『人情』見せつけて、平和的に仲介してやるわよ!」

「おお、ありがとう! 本当に助かるのじゃ、ありがとう!」


 既にうれし泣きでぼろぼろ泣きじゃくっている魔王を見て、ああ何だか面倒事に巻き込まれそうだな、と俺は思わずにはいられなかった。

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