なんとなく勇者と聖剣・4

「やべ、あいつ剣持ったままだ! 面倒くせえな!」


 あわてて俺達も窓から外へ。俺は飛行魔法を使い、カルストは一体どうやってるのか普通に飛び降りた。

 ルキオは剣を持ったまま、地面でのびている。周りには何だ何だと集まった人垣。この街ではギャラリーを気にしていたら何も出来ない。

 俺はルキオの手から剣を引っぺがしにかかるが、奴は奴でもうろうとした意識の中、剣を離そうとしない。


「くそっ、お前、勇者じゃねえって証明されたんだからな! いい加減に諦めて離したらどうだ!」

「嫌だ、俺様こそが……勇者なのだ!」

『あっ、ちょっと待って、なんか、なんだかとっても良い感じがする!』


 光が走ったのはその時だった。

 陽光の反射でも無い。ニコの祈りでも無い。


 なんと、聖剣ウィンギルアが鞘から刀身を現し、銀の刃を光り輝かせていたのだ!


 そしてあろうことか、その柄を掴んでいたのは、――俺、である。


「……れ、レインさんが!?」 ニコの叫び。

「ふむ、お前は勇者だったのか」

「違えよ!? お前の冷静さが俺は恐ろしいよ」


 ギャラリーも何だか事情を察したようで、大喝采。拍手や口笛の音まで聞こえる。ノリ良すぎだろ。

 俺はというと、聖剣ウィンギルアを両手でつかみ、しかし剣の扱いには慣れてないので、不格好なのが自分でわかる。

 一方、倒れているルキオは、鞘だけを握りしめて、あんぐりと大口を開けていた。

 どうやら剣を取り合っている間に、鞘はコイツで柄は俺、といった役割分担になっていたらしい……。


『やっぱりアナタが勇者様だったのね☆ タイプな人で良かったぁ!

アタシ、かわい~い聖剣のウィンギルアちゃん! こう見えてとっても強いの! 勇者様、よ・ろ・し・く☆』

「やめろ! そして俺は勇者じゃねえ! 俺は剣使わないんだ、ただの魔法使いだ」

「お前ぇぇぇぇぇっ!!」


 わなわなと全身を震わせていたルキオが飛び起きる。びしり! と俺を指差したそいつは、

 ……あろうことか、余裕の笑みを見せたのだ。


「なるほど理解した。これは聖剣の試練! 貴様を倒してこそ、この俺様が真の勇者だと認められるという訳だな!」

『いや別に、アンタよりこの人のほうがアタシ、好みだし』

「やめてくれ……もういい加減にしてくれ……」


 いい加減、多方向へのツッコミに疲れてきた俺に、ルキオは剣の鞘を投げてよこす。

 すると、急に落ち着いた声でこう言ったのだ。


「改めて、俺様の名はルキオ。正義の名の下に生きる勇者だ。……貴様は名を何と言う」


 自称勇者ルキオと対峙した俺は、仕方なく普通に答える。


「レイン。この街で冒険者をやっている。勇者でもない、ただの魔法使いだ」

「ふむ。……レイン、貴様は今この時から、俺様の宿敵だ。俺様は必ず貴様を打ち倒す。その時こそ、俺様は真に聖剣にふさわしい人物となれるのだ」


 甚だしい誤解が展開しているようだが、疲れ果てた俺にはもはや止めるエネルギーが残っていなかった。


 それに、何故だろうか。

 この、悪趣味で非常識で訳のわからない、形容詞だけ見れば人間として最低の、自称勇者の男。

 その背に負った何か――揺るがない精神のようなものが、奴の言葉には深く刻まれているように思えたのだ。


「……よくわからんが。お前、どうしてそんなに勇者にこだわるんだ? 自称っていうか、趣味でやってるんだろ?」

「これは俺様の運命だ。俺様は何としても、その聖剣に認められなければならんのだ。……今日の所は引き下がってやろう。だが、レイン。聖剣が俺様の下へ帰るその時まで、必ず貴様が守り通すのだぞ。貴様の誇りに誓え!」


 高々とそう言ったルキオは、ばさりと赤いマントを翻したかと思えば、その場から姿を消し去っていたのである。

 一体どういう術なのか。俺も、ニコ達もギャラリーも、自称勇者が消えた場所をぽかんと眺めているしかなかった。


 ◆


「……それで、聖剣を持つ羽目になったと」


 宿屋『サラマンダー』にて、バルツが言った。


 時刻は夕方。

 俺とニコ、カルスト、そして仕事を終えてやってきた女戦士のサラに、バルツを加えて。

 全員で聖剣ウィンギルアを囲み、今日一日の騒動を振り返っている訳である。


「私のいない間にそんな面白すぎる事があったなんて……なんてタイミングの悪い……」


 面白い事件が大好物のサラは、ずーんと暗いオーラを放っている。確かに今日の騒動はなかなか出会えるものじゃなかったしな。俺は嬉しくないが。


「まあ、サラがいたらアツくなってますます面倒な事になってそうだったし、正直いなくて助かった」

「私なら、その自称勇者が剣抜くの応援したのにー。面白くない? 剣抜ける勇者が二人いたら?」

「そしたら俺は素直に剣を渡してたよ……」

「レインさんは魔法専門ですから剣なんて要らないじゃないですか。サラさんは斧でカルストさんはナイフで、誰も剣は使いませんし。これからどうするんです?」


 ニコの言う通りだ。俺が剣に長けているならともかく、むしろ俺にとっては積極的に役に立たないシロモノだ。

 昔、たしなみ程度には練習した事はあるんだけど。基本的に俺には魔法という武器があり、剣で立ち回るような能力は身につけていない。


「今のうちに売り払っておくという手もあるよ。トラブルのもとになるし。そんな貴重な物、手放すのはちょっと惜しいけど」


 というバルツの意見。そしてバルツはさっきから聖剣を眺めまわして楽しそうだ。やっぱり冒険者だな…。


「そうねえ、バルツのツテで高く買ってもらうとか、ニコの研究機関に売りつけるとか?」 とサラ。

『イヤッ! 嫌よっ、あたしは嫌っ! 勇者様とずっと離れないんだからッ! もし売り払おうとしたら、勝手に鞘から抜けてこの街が滅ぶまで暴れてやるんだから!』


 ……聖剣は高い声で叫びながら、だだをこねる赤子のごとく、机の上でガタゴトと身体を震わせている。

 この聖剣が喋りもせず、おとなしくしてくれる類の物であったら、バルツの言う通り即座に売っていただろう……。


「聖剣なのに物騒な事言いやがって……!」

「売る方向は難しそうですね。ウィンギルアさんに実際、街滅ぼすぐらいの能力がある、という点が痛いですね」

「レイン、お守りだ」


 黙って話を聞いていたカルストが、あいかわらずの無表情でそんな事を言った。


「はあ? お守り……?」

「いざという時のお守り。少し大きなお守りだと思えば、悪くないだろう」


 お守り……まあ、アイデアとしては悪くないし、ぶっちゃけそうするしかもう手段が無さそうだ。


「そーね、剣にしちゃ小さな方だし、背負っておけば良いんじゃない?」 とサラ。

「いざとなれば、カルストさんがナイフの代わりに使えるんじゃないですか?」 とニコ。

「盾代わりに防御する事も出来る」 とカルスト。

「……君たちは前向きなパーティだね……」


 バルツが呆れたように言う。だが、これぐらい適当でないと、現役冒険者はやっていけないんだ。


「まあ……そうだな、なんとなく役に立つだろ」

『きゃーっ! これで勇者様といつも一緒ね☆ アタシ、ワクワクしちゃう☆』

「……普段は黙っててくれよな……?」


 こうして俺は、『少し大きなお守り』をいつも提げておく事となった。普段は邪魔だから背負っておく事にしよう。


 あの自称勇者がこれから先、どんな戦いを挑んでくるのか気にかかるところではあったが、

 少し面白そうではあるかもな、と、なんとなく大丈夫な気がするのであった。

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