なんとなく勇者と聖剣・3


 俺達から事情を聞かされ、例の剣を見たニコは、学者としての血が騒いだようで、あっという間に専門家を複数人引っ張ってきた。剣を囲んで何やら専門的な話をしている。

 さっきまで俺達を災厄扱いしていたのに、気分が乗ってきた今はそんな事も忘れてしまったように見える。ていうかそうであってくれ。

 何はともあれ、研究所の一角にあるニコの研究室。俺とカルストは椅子に座って、ニコと学者達の作業を眺める。


「そういや、昼飯途中だったから腹減ったな……カルスト、巻き込んだんだからおごってくれ」

「うむ。ちょうどいい、パンがある」

「それニコの買い物だよな?」


 俺達はちゃっかりニコの紙袋から、パンやらチーズやらを拝借して昼食の続きとする。さっきまで人を泥棒呼びしていた事は体よく忘れておく。


「……えっと、おおよその検討はつきました」


 しばらくしてニコが言った。

 他の学者達は何やら興奮して騒ぎながら、急いで部屋を出て行ってしまった。何事だ?


「本当か?」

「ええ。これはどうも『聖剣』の、一種みたいです」

「聖……!? マジで!? やった!!」


 俺は喜びのあまり踊り出したい気分になった。いや踊らないけれど。ガッツポーズにとどめておいた。


 『聖剣』とは、単純に言えばものすごく強くて、ものすごく珍しい剣だ。

 『魔王』に立ち向かうために昔の人々が特別に作りだしたものとされ、様々な種類や数がある事がよく知られている。

 その珍しさ、能力の高さ。そして何より『魔王を打ち破る聖なる剣』という高貴さ。

 そんな要素から、とんでもない高額で取引されており、国王や貴族らが権威を示すために保持している事も少なくないシロモノなのだ。


 聖剣が手に入るという事は、要するに巨額の金が懐に入るという事。

 冒険者にとってお宝中のお宝を、俺達は偶然にも手に入れてしまったのだ。


「すげえ! めちゃくちゃお宝じゃないか!!」

「びっくり仰天」 とか言いつつカルストはいつも通りの無表情である。でも何となく嬉しそう、に見える。

「僕らもびっくりしてますよ! 学会で発表するレベルの珍しいものだそうですよ!」

「ま、マジか……だからさっきの人達、大慌てだったんだな……」

「それにこの剣、名前まであるみたいなんですよ。ここに書かれていて……古代の正確な発音はわかりませんが、『聖剣ウィンギルア』だそうです」 

「うぃんぎるあ……!?」


 俺がそう言った直後、聞いた事の無い重々しい声が部屋に響いた。



『……我が名を呼ぶのは、勇者か……?』



 驚きのあまり石像のように硬直するニコ。無表情でパンをほおばるカルストも動きを止める。

 そして俺はというと、ちょいちょいとニコの服を引っ張り、


「……すみませんニコライさん、聖剣にはなんて挨拶したら良いんでしょう」

「僕もさっぱりですレインさん」

『答えよ! 我が名を呼ぶのは、勇者か!』

「ほらほら何か怒ってる怒ってる、カタカタ言ってる! ニコ何とかしろよ!」

「僕そんな古代武器学はさすがにわからないんですけれどどど!?」


「いや、残念ながら勇者ではない」


 カルストが全くいつもと変わらない調子で、断言。さすがカルスト、鉄壁のマイペース。

 机の上でカタカタと震えていた剣はすると、


『なぁーんだ、つまんない。だいぶ期待してたのにぃー』


 突然に声音と口調を変えてきやがった。

 女の子らしい高い声だ。かわいらしいのだが、何となく気が強くてわがままそうな印象がある。

 なお、剣が喋る事自体についてツッコまないのは、喋る剣というのは結構世の中存在しちゃってるからである。喋る鎧とかもある。


 俺は気を取り直して、聖剣に聞いてみる。


「あー、あの、勇者を探してるのか?」

『そうよ☆ ずーっと前から、アタシにふさわしいイイ男を探してるの。名前を呼んでくれる人が現れたのは久々だったから、気合入れてたのよ?』

「聖剣、勇者というのはどういう者なんだ。何なら勇者と呼べるんだ」


 カルストが訊く。それは俺も気になる。聖剣はカタカタ震えながら喋った。


『もちろん、アタシを鞘から引き抜けた人よん☆』

「ほう」


 俺の予想は的中。つまり、カルストは即座に聖剣を持ち上げて柄を掴んだ。

 しかし、剣はびくともしない。錆びついて鞘と同化してしまったかのように動かない。

 カルストはとりあえず試せただけで満足したらしく、ぽいとニコに聖剣を渡した。


「えっ、僕ですか?」

「物は試し」


 だがやはりニコも、慣れない手つきで剣を抜こうとしたが、無理だった。

 この時、冒険者の勘が何となく、俺に告げた。

 ――何だかとっても、面倒くさい事になりそうだぞ、と。


『ひどい、アタシをたらい回しにするなんてっ! でもそこの人、アタシだーいぶ好みかも? ちょっと試してみてよん☆』


 と、聖剣が明らかに俺に対してそう言ってくるが、剣に言われたところで困る。

 いや……そもそも剣に性別があるのか? と疑問には思いつつ。


 聖剣を渡そうとした時、突然ニコが甲高い悲鳴を上げて、剣の落ちる音がそれより高く部屋に響き渡った。

 ニコの見る方を向けば、部屋に唯一ある窓にへばりついている、大きな人影!


『ちょっと! 痛いわね! 乱暴に扱わないでってアンタちょっと誰よぉ!?』


 とっさに拾おうとした俺より、僅かに早く剣を掴んだのは。

 窓を割って飛び込んできた男だった。


「フハハハハハハッ! やっと俺様の元に帰ってきたか聖剣っ!!」


 聖剣を大切そうに抱えて笑う自称勇者、ルキオ。

 俺の先程の勘は当たっていた。何でこう嫌な時だけ当たるんだろうか。


 それにこの男。動きが並大抵でなく機敏だ。さっき窓にへばりついていた時は巨大な虫か何かかと思った。

 馬鹿丸出しの言動に翻弄されてきたが、本当は相当の実力があるのか……?


「ここ、四階ですよ!? どうやって上がってきたんですか!」

「何故ならそれは! 俺様が勇者だからだ!」


 常識的な会話の範疇から的確に外れた答えを返しつつ、ルキオの手が聖剣の柄にかけられる。


「話は全て聞いたぞ。聖剣ウィンギルア、とうとうこの時がやってきたな!」

『イヤー! 変態! こいつ変態よ! 触る手つきがなんかいやらしいッ! 貞操の危機ぃ!』


 聖剣に貞操も何も無いと思うんだがツッコんでる場合じゃない。


「案ずるな聖剣よ! 今、俺様が真の勇者である事を証明してみせよう!!」


 自称勇者はにいっと笑う。俺達は息を呑んだ。

 勇者の手が勢いよく、聖剣の柄を引き抜き―――………。



 ―――というのは無理で。

 抜けない剣をただ全員が見つめるという、微妙に気まずい数秒間が流れる。


「な、………何故抜けんのだ!?」

「お前が勇者じゃないからだぁぁぁぁ!!」


 ごしゃあっ! と、俺の飛び蹴りがルキオに命中、奴は入ってきた窓から華麗に宙へ放り出される。

 本当は爆発魔法で吹っ飛ばしたかったが、整理されたニコの研究室を黒コゲにするのが気が引けた。

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