なんとなく魔王復活・4

 だが。

 命を捨てる、という事をここまで具現化した状況に、俺はすぐさまここへ来たのを後悔した。

 遺跡の奥は、ウワサに違わぬとんでもないダンジョンであったのだ。


「何だここ!?」


 まるで迷路のようで、踏み込めばそのまま日の目を見れなくなりそうな、複雑な構造。

 死角から矢が飛んでくるわ、毒ガスは出るわ、落とし穴はあるわのえげつないトラップが満載。

 そして、いるわいるわ、獲物を求めてうようよしている凶暴な魔物たち。

 それはもう、ある意味で、冒険者としては至福のフルコースであった。

 ただし健康にはとても良くないので、健康志向の俺はとりあえず帰りたいなあと思った。


「ああもう! アンタらちゃんと死んどきなさい!」


 と、サラがイラついたように斧をブンブン振り回している。

 その周りで、茶色に変色した動く人骨……スケルトンが粉々になって吹き飛ばされる。

 どこからともなくスケルトンはフラフラ現れ、壊されるとわかっていながらサラに群がっていく。

 一体ずつはそれほど脅威ではないが、数で攻められると厳しい相手だ。


「厄介なのはわかるが、周りに気をつけろよ! 間違って俺達が胴体切断されそうだ」


 ちなみに、この遺跡は日光が入らないので、ほとんど真っ暗なのだが、冒険者達がとにかく明かりの魔法をつけまくっているため、むしろ眩しいぐらいの状況。

 だからサラの斧が見えてないという事は無いのだが、それは視界に入る範囲での話である。


「一応見てるわよ。でもあいにく、私の後頭部には目がついてないから」


 斧のフルスイングでスケルトンを三体同時に木端微塵にするサラ。

 近くで戦っている別の冒険者達が、その圧倒的な力に「あいつ何だ…!?」とざわめく声が聞こえた。


「一丁上がり! 物騒でも役に立つから、良いでしょ?」


 偉そうなサラに、俺の近くでビクついているニコが一言。


「もしサラさんの攻撃でうっかり死んだら、僕は化けて出ますからね……」

「聖職者が化けて出るってのはどうなんだ」

 

 俺がそう言った瞬間、空中から飛来する二つの影。

 デーモンである。

 黒い体に筋張った翼、むき出しの鋭い歯とそれ以上に鋭い目という、気味悪い事この上ない外見。

 魔法を使えるので、悪魔系のモンスターの中では手ごわい部類に入る。


「デーモン二匹……ニコ、いけるか?」

「や、やります! ―――……滅し給え、女神の炎!」

 

 ニコがそう祈りを唱えると、現れた白い光の玉がデーモン達を直撃。

 ニコは聖職者として、女神に祈りをささげる事で、特殊な術を使う事ができる。

 この祈り、俺の魔法と違って神の力を借りるものなので、悪魔系には物凄く有効なのだ。


 ニコの攻撃でデーモンが一瞬ひるんだ隙に、闇に同化した黒衣の男、カルストが地を蹴る。

 二体まとめてナイフで切り刻み、デーモン達は息絶えこそしないものの、地に落ちて戦闘不能。


「ナイス、カルスト!」

「気を抜くな、まだたくさんいる」


 淡々とそう述べるカルスト。

 素早い身のこなしと、扱いに長けたナイフでの一撃は、俺達のパーティでは切り札だ。


 だが、出てくる敵の量が桁違いなこの場所では、いくら倒してもキリが無かった。

 どこからともなくわらわらと出現する敵のまさしく波の中、周辺には奮闘する他のパーティの姿も見られた。

 嫌らしいトラップにも阻まれて、同じように苦戦しているらしい。俺達もなかなか思うように進めない。


「いっそさあ、レイン中心に何人か魔法使いが集まって、遺跡全体を炎の魔法で覆っちゃえば早いんじゃない?」

「他の冒険者もれなく死ぬだろが!」

「お宝が壊れる可能性がある」


 俺達、だいぶ大変な状況下なのに、こうやって律儀にツッコんでるというのはどういう事なのか。


「仕方ないわね! こいつら全員ぶっ潰す! そしてお宝を見つけ出す!」


 などと怖い事を抜かしながらら斧をぶん回し、周辺のスケルトンを一掃。……恐ろしい。

 とにかくジリジリ進んだ俺達パーティは、ようやく遺跡の中心部らしい広場のような所に行きついた。


 広場に入ると、魔物の姿が一匹も見当たらなくなる。

 何とかたどり着いた他の冒険者大勢も、ほっと一息ついたり、逆に警戒を強めたりと反応は様々。

 というか、もともと挑戦する人数が多いだけに、敵やトラップをかいくぐってここまで来れる冒険者も何だかんだで多いんだな……。


「何か……敵、出てこなくなりましたね?」


 ニコは相変わらず俺の側にくっついて、半べそで周囲をうかがっている。


「確かに。不気味だな……」

「嵐の前の何とやら」

「不吉なこと言うな暗殺者」

「そもそもさあ、何でこんなところに魔物が湧くの? さすがに住んでるハズないでしょう?」

「魔王護衛のために魔物が召喚される仕組みがあるらしい、とか聞いたような」


 俺が答えると、サラが斧をかつぎ直して楽し気に、


「もしかして、真打ちの魔王ご本人登場で、その仕組みが止まったとか!」

「笑いごとじゃねえぞ!?」

「来る」


 カルストが鋭く言った、次の瞬間だった。


 これまでの魔物よりはるかに、濃厚な殺気が近づいてくるのを感じ取った。

 周りの冒険者達がどよめく。俺達は慌てて武器を構え直す。

 広間の更に奥、通路から現れる影が、明かりの元にさらされる。


 現れた、一体の魔物。

 深い緑色の邪悪そうな肌、大きな二本の角を持ち、真っ黒のたてがみが波打っている。

 こんな魔物、見た事が無い――!

 冒険者達は一同に言葉を無くし、緊張感が張りつめた。


『……この場を去れ、人間どもめ……我こそが、魔王である』


「!!」


 魔物が口を開いて、確かにそう言ったのだ。

 冒険者たちの間に、衝撃が広がる。

 あれが『魔王』……!? 冒険者たちの騒ぎのせいで、封印が解けたのだろうか。


 『魔王』は大きな手を掲げ、何か低い声で呪文を唱えた。

 手の平から巨大な火の玉があふれだし、空中を飛び回り始めた!


「やばい、逃げろ!!」

「えっ、魔王登場なんてめちゃくちゃレアでしょ!? ちょっと倒さない?」

「やかましい!!」


 勇者のような事を言い出すサラをひっつかまえ、俺と仲間はその場を逃げ出す。

 広場はあっという間に大混乱。

 『魔王』に挑みかかる命知らずもいれば、逃げようとしてトラップにかかって自滅している奴も。


 まさか『魔王』が復活する場所に居合わせるとは何たる運の悪さ。

 『うっかり魔王の復活に出くわすハラハラ感☆』というサラの言葉が今更蘇って腹が立ち、しかし自業自得だと己をなだめる。


「ん? カルスト、ニコどこ行った?」

「あれ」


 近くにニコが見当たらないので、カルストに聞くと、彼はある方向を指さした。


「うわああああぁぁぁ!? 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!?」


 本日二回目の絶叫を上げながら、俺達の前を人間以上のスピードで通り過ぎていく、ニコの姿。

 その後を追って、燃え盛る火球がゴーッとすっ飛んでいった。

 そんな光景をただ眺めていた俺達は、数秒後ようやく事態の究極的危機に気づき、


「にっ、ニコぉぉぉっ!?」


 慌てて猛ダッシュで追いかけ始める。

 ここから逃げ出すつもりだったが仕方ない、このまま放っておくとパニック状態のニコがローストヒューマンになってしまう!


「追うぞ! あの火の球どうにかしないと!」

「よりによって追尾式とは、とんだ嫌な魔王ね!」

「魔王はだいたい嫌だ!」


 そんな事を言いつつ広場を抜けて、ニコを追って広場の奥の通路へ。

 我を忘れたニコは、どんどん遺跡の奥まで駆け込んで行ってしまう。


 俺達は必死でニコを追う。トラップがあらゆる所から飛来するが避けまくる。

 ここで見失ったりしたらニコの命はまず無い、どうにかして追いつかないと!


 すると、ニコが遺跡の一角、何やら小さな扉を発見して、そこに逃げ込んだ。

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