なんとなく魔王復活・5

 ニコを見失った火の球は、何故かくるりとUターン。俺達という手ごろな目標を見つけて、すっ飛んでくる!


「ぎゃあああああ!!」

「頭下げろ!!」


 悲鳴を上げる俺とサラを、カルストが思い切り後ろから押し倒して、何とか火の玉を回避!

 そしてそのまま逃げのびるため、俺達はニコに続いて、石造りの扉に飛び込んだ。


「……!!」


 空間に踏み込んだ瞬間、圧倒的な魔の気配が、俺達をその場にぬい付けた。

 味わった事が無いレベルの気配………生半可な魔物、いや、恐ろしい悪魔の類よりも強い。

 頭の中に、人間としての本能が警戒音を激しく鳴り響かせる。気分が悪くなるほどの負の気配が波のように俺達を襲う。


「な、何だ……!?」


 ろくに息も出来ない状況の中、目だけ動かして周りを見れば、仲間たちも揃って圧倒されている。

 そして足元には、恐ろしさのあまり腰を抜かしたニコが座り込んでいて、やはり動けない。


「ご、ごめんなさい、僕……」

「いや、それ凄く今更だ……!」


 この気配は、これほどおぞましい気配が出せる魔物といえば。

 思い当たるものは皆、同じであるようだ。

 どうやら俺達は、一難去ってまた一難、を体現してしまったようだった。


「ええいっ! 何がいるのよ! 大人しく出てきなさいっ!」


 押し寄せる凶悪な気配に負けるものかと、サラが斧を構えて、勇気に溢れた大声で言い放つ!


 狭くて逃げ場も無い遺跡の一室。

 薄暗がりの奥に潜んでいる、魔の気配の根源は――。



「……ぐすっ。だから嫌だったんじゃ……もう帰りたいよぅ………」



 俺達に届く、何だか哀れなすすり泣き。


 よく見ると、暗がりの片隅に、うずくまってぶつぶつ嘆いている生き物が、いた。


 サラが、そっと俺を見て、「レイン、行きなさい」と言葉には出さずに言ってきた。

 威勢張るだけ張って残りは押し付けるのか、と思ったが、周りの仲間も視線で俺にそう訴えかけてくる。

 ここで無言の仲間内バトルをしている場合では無い。


 俺は胸の奥辺りから勇気を引っ張り出してくると、ゆっくりとその生き物の方へ歩み寄った。


「……あの、……何をされているんですか……?」

「ヒィッ!? ぼっ、冒険者かっ!? 何でこんなところまで来ておるんじゃ!?」


 生き物がガバリと振り返り、その相貌があらわになって、俺は絶句した。

 緑のごつごつした肌。頭には二本の奇妙にねじまがった角と漆黒のたてがみ。銀糸の装飾がついた立派なマントで身体を覆っている。

 先ほど広間で遭遇した、『魔王』とうり二つの容姿だ。マントのある無しぐらいしか違いが無い。


 ぐわり! と開かれた目が俺を真正面からとらえたので、邪悪オーラにあてられて頭がぐらぐらする。

 サラが俺を援護するようにずずいっと踏み出してきて、魔王に強気で言う。


「冒険者が冒険して何が悪いのよ。それよりアンタ……やたら邪悪な気配出てるけど……何者?」


 魔物はかすれた泣き声で、こう答えたのである。


「ただの魔王じゃよ……」


 がらんっ、と、俺が杖を取り落す音があたりに響き渡った。


「「「「ま、魔王うううぅぅぅぅ!?」」」」


 さらりと出た衝撃発言に、俺達は揃って悲鳴の大合唱。

 だとしたら、魔王なんぞに敵う力を持ち合わせていない俺達は……ここで、死ぬのか?

 と身構えたのにどうやら、魔王さんは俺達の想像とは少し、いや、だいぶかけ離れているらしかった。


「そうじゃよ……。なぜか封印の魔法が解けて、この前復活してしまったんじゃ……。したくもなかったのにのう……どうしてなんじゃ……ううぅ……!」


 俺は杖を拾い直すと、小声で呪文を唱え、杖の先に明かりをともしてみた。

 魔王さん(自称)が居る先、部屋の奥を照らしてみると、祭壇があり、大きな宝玉に囲まれた台座があった。


「もしかして、ここが、ずっと見つかって無かったっていう魔王の封印場所……!?」

「えっ、でも、あっちにも魔王がいたじゃない! アンタが魔王ならあれは何なのよ?」

「あれは、ワシが創り出した、ニセモノなんじゃ……。ワシは冒険者とやりあうなんて、もうこりごりじゃから……」


 すると、魔王さん(自称)……いや、本物の魔王が、あわてて後ずさる。


「ま、まさかアンタら、ワシを討伐しようとする気か!? 争いはやめてくれ、ワシはもう嫌なんじゃ……!」


 再び、大きな両手に顔をうずめてすすり泣く、魔王。


 俺達は顔を見合わせる。

 そんな訳で、話は冒頭につながる。


 ◆


「よし、まあとりあえず平和的な話し合いといこう」


 狭い一室、俺達四人と魔王は膝を抱えて円形に座り、平和的話し合いの体勢は万全。

 はたから見ると凄まじい反常識的光景だが、俺達だって予想していなかったんだから仕方ない。


「……ぐすん。……いきなり襲ってきたり、しないんじゃな?」


 不意打ちされればそれまでだが、攻撃してくる様子がまったくない魔王さんを見ていると、武器を持っているのが何だか申し訳なくなってきてしまう。念のため用意してるけど……。

 そもそも、魔王の放つ邪気にどうしても圧倒されてしまい、恐ろしくでこちらから先制攻撃も出来るはずが無い。


「人間さすがにそんな命知らずじゃないです……! というかむしろ、俺達の方が確実に弱いんですから、それはこっちの台詞なんですけど……」


 魔王さんは、あいかわらずドス黒い雰囲気をまとったままぐずぐずしている。

 頼むから魔の気配を放つのはやめてほしい。気持ちが悪くなるのもあるが、めそめそした様子とギャップが酷過ぎて対応に困る。


「と言う訳で、魔っちゃん、どういう理由でこんなとこでグスグスしてるのよ」

「その前に何だその邪悪なあだ名は」

「呼びやすいじゃない。何だか親しさも三割増しって感じだし」


 すでにマイペースに戻ってるサラに、色々とツッコミたいがこの際後にしよう。

 カルストがいつもの無表情のまま、魔王に尋ねる。


「魔王であるのに、戦いたくないのか?」

「カルストさん、そっとしておきましょうよ。せっかく嫌だと言ってるんですから、やぶへびですよ」

「でも気になるわ、暴れたから封印されたのに、解けたらすっかり改心!だなんて」


 魔王はたいてい、暴れた末に人間に封印されてしまう。

 この地でもかつて魔王と人間の争いがあり、その結果として、この魔王さんが封印されたのだろう。


「確かに、何の変化だ? という気はするな。まあ、だからといって暴れて欲しくは絶対に無いが」

「……。実は、生まれた時からワシはこんな性格なんじゃ」


 と、魔王は信じられないようなことを(たまにしゃくりあげながら)話してきた。

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