なんとなく魔王復活・3

 人間に翼は無い。だから人間が著しい高低差を移動するのは困難である。

 しかし『冒険者』という奴らは、良く言えばチャレンジ精神がある、悪く言えば馬鹿なので、この人間の不可能にえいやっとあらがってみたりする。


 その状況、ようするに人類の不断のチャレンジがまさに眼前で大展開されていた。


「あいかわらず風が凄い場所だわー」

「ヒェ……なんですか、ここ……!」

「そういやニコは初めてだっけ。これが『魔王の谷』だ」

「怖すぎません!?」


 狭苦しい乗り合い馬車を降りた俺たちは、その広大な光景を眺める。

 草木の見当たらない、乾いた赤茶色の土地。障害物がないので強い風が吹きすさぶ。

 そこに、底が暗くて見えないほどの深い深い谷が、はるか遠くまで続いている。


 ここが『魔王の谷』だ。

 そして今回発見されたという隠し通路は、この谷の底にある。

 という訳で、おびただしい数の冒険者達が、切り立った断崖にぺたぺた張り付いて、どうにか下へ降りようと画策しているのだった。

 中には、巨大な鳥やグリフォンに乗って、飛んで降りている者もいる。フェスの町で空飛ぶ生き物がレンタルできるのだ。俺も乗りたいがレンタル料金がアホほど高いので諦めるしかない。


「いやー、思ったより先客、たくさんだわね!」

「今、崖からひとり落ちた」

「カルスト、嫌な実況をするな」


 響く悲鳴、怒号、岩の崩れる音。お祭りのような喧噪で辺りは騒がしい。

 辺りには冒険者向けの商人がいたり露店が出ていたりして、「魔王の谷まんじゅう」を販売する店まであるから、もう何だかすっかり観光地のお祭り騒ぎである。


「完全に、冒険者呼び放題の観光ダンジョン化してるな……」


 ここは俺達の住むフェスの街から妙に来やすいから、こんなお祭り騒ぎになってしまうんだ。


「ねえ、私思ったんだけど、ここから手頃な石落としたら、連鎖して2、3人落とせそうじゃない?」

「やったらお前、残ってる冒険者を全員敵に回すぞ……」

「わかってるわよ。でも、私達だってここを降りなきゃいけないでしょ。私とレインとカルストは何とかなるとして、ニコはつらいんじゃないの?」


 俺とサラ、カルストは日ごろから何かと無茶やっているため、ある意味こういう場面には慣れている。

 だがニコの本職は聖職者と研究者だ。こんな谷を降りる訓練なんて受けていたら逆にどんな聖職者だ。


「僕は真っ先に落ちる自信がありますよ……」


 ニコは谷をのぞき込んで真っ青になっている。

 が、今さら引き返させる気は俺達にはさらさら無い。


「それなら大丈夫だ」


 いきなりカルストが言ったので、一同彼の方を振り向く。

 彼の持つ、暗殺者用の小さなバックから出てきたのは、どうやって入っていたのかと思うほど大量のロープの束だった。


「え、ちょ、カルストさん何を……」

「じっとしていろ」


 カルストはロープで己の身体と、ニコの身体をしっかり結びつける。ちょうとニコがカルストにおぶさる形で固定。

 そして何やらロープの先をその辺りの岩にくくりつける。


「えっ、あの、カルストさん、えっと?」


 何が何だかわかっていないニコに、俺は静かに話しかける。


「ニコ、『冒険者は意地と根性と運』だ。いつも言ってるだろ」

「ちょっ何不吉な事を……ま、まさか……!」


 ニコが何かを察した時。

 ニコを背負ったカルストは、きりりとした顔で俺達に告げた。


「底で会おう」


 そして何故か無駄な助走をつけて、美しいジャンプで谷へと飛び込んでいった。


「ひゃああああああああああああああぁぁぁぁぁ…………………!!」


 いくつ”あ”をつなげれば気が済むのかわからないニコの長い長い悲鳴。


 俺とサラはひょいと崖を覗き込んで確認。 

 カルストと、その背中にしがみついたニコはあっという間にがけ下のはるか暗闇へ消えて行った。

 ニコの悲鳴だけが、いつまでもいつまでも谷にこだましていた。


「……なあ、サラ。自分ひとりの時となんら変わりなく落ちていったぞ、あいつ」


 あの様子だと、途中まで自由落下して、最後に崖にしがみついて降りるらしい。

 サラは軽くストレッチをしながら言う。


「良いんじゃない? ニコは少し自信が無い所あるから、度胸をつけるのには最適の訓練よ!」

「度胸がつく前にショックで命が飛びそうだけどな……さすがにもう少しゆっくりでも良かったんじゃ……」


 俺はロープを確認。もし他の冒険者が嫌がらせで外したら怖いので、解かれないように守りの魔法をかけておく。

 サラがストレッチを終えて、一つ大きく伸びをしてから、俺を見てにかっと笑う。


「さてと! 二人を待たせるのも悪いし、私達も行きましょ!」

「おう」


 そして俺はサラと共に、谷へと身を躍らせた。


 あっという間に、俺たちの落下速度はすごい事になる。

 胃が浮き上がるような感覚。どんどん遠くなっていく空。


 俺は適度なところで風の魔法を発動させた。サラと俺の落下速度を落とす。

 落ちる俺達に、他の冒険者が妨害工作として投石してきたり魔法を撃ってきたりしたが、サラがいつの間にか斧を構えて、すべて撃ち返していた。

 谷の底が見えてきた。魔法を強めて衝撃を緩和して、難なく揃って薄暗い谷底へと着地。


「いつも通り見事な魔法のコントロールね、レイン!」

「お前もよく降りながら撃ち返せるよな……」

「なかなか楽しかったわよ? まあ、準備運動としてちょうどいいわ」


 俺は魔法で光の球を浮かべる。辺りにはちらほらと、同じように魔法の照明をつけた冒険者がいる。

 ニコが気絶しているのを見つけて、その横で無表情かつ無自覚の男カルストが座っていた。


「レイン、サラ、待っていたぞ」

「あのなあカルスト、せめて降りる前には一言ニコに言ってやれ。心の準備ぐらいさせてやってもいいんだぞ」

「甘い。そんな事では、殺し殺されのこの世で生き延びていけない」

「わりと殺そうとしてたからな、お前」


 そういえば俺も止める事をしなかったなあと思いつつ、まあいいかとスルー。


「ねえカルスト、途中で何人落とした? 私三人! 石投げてきたから撃ち返してやったわ!」

「嫌なもん競おうとするな! 遠回りに無駄な殺生してるぞ!」

「やあねー、冒険者って根性あるから、みんな岸壁にしがみついたり、魔法で何とかして無事よ」

「おれは、無駄な殺生はしない」

「一般冒険者より暗殺者の方が価値観しっかりしてるってどうなんだ」

「じゃあ、そこに転がってる人達はなに?」


 サラが指した方には、数人の冒険者が頭にこぶを作り、ローブで縛られて転がっていた。荷物や財布が荒らされた形跡がある。


「正当防衛」

「お前絶対盗っただろ」


 カルストが無表情のままそっぽを向いた。俺は冒険者たちに、襲う相手が悪かったなと心の中で少し同情した。


「ハッ! ここは……ああ! 僕、生きているんですね!」


 倒れていたニコが、がばりと跳ね起きた。


「あらニコ、大丈夫?」

「良かったな、目覚められて」

「本当です。女神様が見えました。カルストさんには後で色々と請求させていただきます」


 聖職者に寄付という形で多額を請求されるのが想像できた。カルストには良い罰だと思う。


「あっちに入口が」


 話をそらす為か、カルストが指差したのは、岩肌に作られた入口のような門。明らかに人工的な代物だ。

 谷に降り立った他の冒険者達は、その中へと威勢よく突入していく。

 しかし見ていると、中から逃げ出してくる輩も少なくない。

 そいつらは例外なくボロボロであり、中で一体どんな事が起こっているのか、想像するだけで嫌な汗が出てくる。


「あれが今回見つかった新しい道ね! さあ、とっととお宝見つけて帰るわよ!」

「まあ死なない程度に行こうな、頼むから」

「も、もう帰りましょうよ、ここまでで十分冒険になりましたって!」

「いざ行かん、新境地へ」

 

 サラは武器の斧を振り上げ、その辺の冒険者よりはるかに勇ましく、入口へと先導する。

 すでに泣いているニコの背中をカルストが押して、俺達はサラに続いて奥へと進んでいった。

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