第4話 逃亡2

「あ、リリ。立って」

「はい。何か拙いことでもありましたか?」


 急いで立ち上がってくれたリリアンと再度手を繋いだフィリップは早足でそこから離れるようにして歩き出した。


「左右に分かれて進んでいた2組が草原に入って来たんだ。外を行くと見せかけて中に入ると言う作戦だったらしい」

「何と言うか、先程のを聞かれていた前提みたいですね」

「ああ。わざと大声で言っていたんだろうな。ま、草原に入られても僕は居場所が分かるから掴まったりしないさ」

「ですね」


 そう思っていたのだが、フィリップは足を速めた。


「どうしたんですか?」

「進路がこっち方向に変わった気がする。事前に決まっていた作戦なら良いけど、なんか嫌な予感がするんだ」

「……そう、ですか……」

「……なあ、リリ。毒草の群生でも何でも良い。少しでも使えそうなものないか?」

「んー……ないですね。フィー様の方は……」

「まだ浅いからな。群れをぶつけられれば効果的かもしれないけど、その場合は僕達も危ない」

「そうですね……」


 それにしても兵士達は何故こうも執拗に追って来るのだろうか。ただの金蔓だと思っているのなら割に合わない気がする。まさかフィリップだとバレているのだろうか。そんな感じはしない。


「……ふぅ」

「ごめんなさい」

「え?」


 上手く纏まらない思考に思わず息を吐いてしまったのだが、何故かリリアンに謝られた。


「……何でリリアンが謝るんだい? 謝るのは僕だろう?」

「いえ、恐らくあの人達の目的は私ですから」

「リリが? どういうことだ?」

「あー……えっと、ですからその……兵士という職業は男性がなるもので、魔の大森林の警備に付いているということは家族と離れているわけでして、その……」


 そこまで聞いて分からない程、フィリップはものを知らないわけではない。

 確かにリリアンの一部分は非常に女性的だ。マントを羽織っていても分かるものだろう。だけど、よりにもよってリリアンをそういう目で見るなど許せるわけがない。フィリップはスッと頭が冷えるのを感じた。


「リリ。今から少し危険なことするけど、付いてきてくれるかい?」

「え……あ、はい。勿論です。私はどうしたら良いですか?」

「僕の後ろを付いて来てくれればそれで良いよ」

「承知致しました」


 それだけだったけど、フィリップはリリアンを信じることにした。リリアンがフィリップを信じてくれているのだ。フィリップはただそれに応える働きをすれば良い。

 これは危険だと思っていたのだ。それに兵士達はただ仕事をしているだけだ。殺すつもりなどなかった。でも……リリアンに不埒なことをしようとするなんて、万死に値するよな。


「フィー様、そろそろ草原から出ます」

「そうか。なら草原から出たらしばらく走ることになるけど、付いて来ておくれよ」

「はい」


 既に兵士達はこちらをまっすぐに追って来ていて、居場所が分かっていることを隠そうともしていなかった。でも理由が分かった。厠か何かに立ったと思っていた入り口に残っていた2人組の内1人が木に登って、上から草原の草が動いているところを見て、告げているようなのだ。草原の中に入って来た組の片方が時々もう片方の肩に乗っていたのは進路方向を確認する為だと思っていたが、どうやら情報共有の為だったらしい。無駄に頭の回ることをする奴らだ。


「よし、走るぞ」

「はい」


 草原を出た途端、走り始めた。途中でフィリップ達が草原から出ることを確信して監視を止めるなどすれば、それを逆手にとって草原の中に戻るなどしても良かったのかもしれない。しかし、木に登ったままのようだったし、何よりそれではフィリップの気が済まない。きちんと鉄槌を下すべきだ。


「出たぞっ!」


 そこそこの広さがあるにも関わらず、その声は良く聞こえた。しかし、振り返ることなく、フィリップは走り続けた。

 尚、リリアンの腰にある兵士の剣はフィリップは持とうか提案したのだが、これを使うのはフィリップと万が一はぐれてしまった時だろうからと首を振られた。確かにフィリップが居る限り、リリアンに剣を抜かせる気はないのでそのままにしてある。


 木の根に躓きそうになり、苔に足が滑りそうになり、草に足がもつれそうになりながらもフィリップとリリアンは走って、走って、走り続けた。リリアンなんかどこに行くのかも分からないのに本当に良く走ってくれたと思う。勿論方向は告げていたし、今どのくらいの距離なのかも告げていた。万が一入ってはいけないところを通らないようにする必要があったからだ。だが、そのお陰で目標地点が何となく伝わったのか足取りはそう重くはなかった。


「リリっ、そろそろ、着くっ。はあ。僕の、後ろ、を、走って、くれっ」

「はいっ」


 そこはとある魔物の集落地だった。本来ならこんなところを通るわけがない。危ないし、汚いし、臭い。とてもではないが普通なら選ばない道だ。しかし、敢えてここを通る。


「ギャギャッ」

「ギャギャーーッ」


 高い割に濁った耳障りな鳴き声。スラムの住民のような住まいに容貌。老人のような骨が浮き出た体に暗く濁った、腐敗の緑色をした肌、皺の刻まれた顔には侮蔑に満ちた目と嘲笑しているかのような形の口がより目立っていた。そう。ここは嫌われ者としての代名詞にもなっているゴブリンの集落だ。

 不快に思いながらも歯を食いしばりながら、集落の中を走る。決して攻撃が届かない位置のルートを瞬時に割り出しながら、間を抜けるように走る。


「げっ、ゴブリンの集落だ!」

「んな……突っ切ってやがる」

「くそっ、正気か!?」

「おい、止まれっ!」


 後ろでごちゃごちゃ言っていたが、気にする余裕などない。これで兵士達を振り切れても、ゴブリンが敵になったら意味がないからだ。攻撃をせず、させず、混乱しているうちに兵士達が攻撃をしてくれれば、大半はそっちに行ってくれるはずだ。

 この集落はそこまで大きな集落ではない。だけど、兵士達がフィリップとリリアンを追い駆けようとするとゴブリンに攻撃するのが手っ取り早い。そうしてゴブリンと敵対関係になってくれるのが理想なのだが、そんなことよりもフィリップとリリアンが遠くに行く方が大切だ。


 ゴブリンの集落を出ると、そのままフィリップはリリアンと並んで走り出した。

 後ろにはゴブリンが数匹付いてきている。思った通り、兵士達はゴブリンに手を出したのだろう。


「はあ、はあ。リリ、もう少し、走れる、かい?」

「はあ、はあ。だい、じょぶ……です」


 話すとそれだけキツくなるので頷いてゴブリンとの距離を引き離すようにして走り続けた。一度兵士達の視界から消えることが出来れば、後はこっちのものだ。まあ、その前にこのゴブリン達も振り切る必要があるのだが。

 そう思いながら、どれくらい走っただろう。


「っ」

「!! 大丈夫か!?」

「す、すみ、ませ……」


 転びそうになったリリアンを咄嗟に支え、そしてそれをきっかけにフィリップとリリアンは完全に止まった。ゴブリンはいつの間にか居なくなっていた。


「少し、休憩しよう」

「は、い……」


 お互い荒い息を吐いていたのだが、しばらくしてその場に座り込み、水袋を出して水を飲んだ。


「ふぅ……完全に撒けたみたいだな」

「良かったです」

「この辺りならまだ魔物も弱い。水と食料となるものを探しながら歩こう」

「お任せ下さい」

「ああ。代わりに警戒は僕に任せてくれ」

「はい、お願いします」


 予想外の追走はあり、王宮ですらしなかった逃亡劇を繰り広げることとなったものの、これでようやくフィリップとリリアンは魔の大森林と向き合うこととなりそうだ。

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