第5話 夢と神話

 小休憩を終えた後、フィリップとリリアンは手を繋いで歩き出した。ここではぐれてしまったら、生き残れないからだ。

 何らかの要因で地面が割れるなどして離れ離れになるくらいなら、一緒にその割れ目に落ちた方がマシだとフィリップもリリアンもお互い同意していた。その結果、手は固く握りしめられており、フィリップとリリアンは歩幅を合わせて歩いていた。


「色々言われていますけど、こうして見ると管理されていないだけで普通の森のように見えますね」


 歩き始めてしばらく、周りを見渡していたリリアンがポツリとそう感想を漏らした。今までは追い駆けられていた影響できちんと観察することが出来ないでいたのだ。フィリップもリリアンの言葉に改めて周りを見渡す。


「王宮の庭の森とは随分違うけどな」

「あら、あそこは陽の光が地面に届くように管理されているのですよ?」

「へえ……そうなのか。なら普通はこんな薄暗いんだな」


 王宮は広い。王族が狩りをする為だけの場所もあるくらいだ。まあ、そこは厳重に管理されているからフィリップは入ったことないが、最初の国の王宮だけあって王宮は非常に広い。

 いや、恐らく昔は結界の中に国民も皆住んでいたのではないだろうか。人が増えていった為、そしてヴェルト王国の王族の神聖化を進める為にも結界内に住める人の階級を絞っていった結果、結界範囲が全て王宮と言うことになったのだろうとフィリップは推測している。

 それくらい広い王宮だから、フィリップは冷遇はされていたけど比較的自由に過ごすことが出来た。国王陛下の寝室までの道を見つけられたり、図書館で本を読んだり、逃げる為の物資を調達したりと色々だ。その中には剣を扱えるようになる為の訓練を人目につかない場所でする為に森の中に入るということもしていたのだ。


「私も聞いた話程度にしか知りませんが、そうみたいです。だから少し拍子抜けしています。魔の大森林と言うともっと奇妙でおどろおどろしいところだと言う印象がありましたので」

「ここはまだ浅いところだからな。1日も歩けば変わるかもしれないな」


 魔の大森林は常識が通用しないというのが通説だ。だから、フィリップも若干不思議な気分ではあるが、深いところに行けば行く程奇妙になるとも言われているのだ。どうせフィリップは普通なんて知らないが、植物に詳しいリリアンにとってはこの先は混乱するかもしれない。その時はフィリップが支えなければと強く思った。


「確か……大体徒歩で3日が限度で、過去に本気で探索しようとした人も1週間程のところで災害を起こしたと言うのが通説ですよね」

「ああ。以降は人っ子1人入ったことはないと言われているな」


 フィリップの目的地は感覚からするとその前人未到の地に足を踏み入れることになりそうなのだが、正確には分からないので口にはしない。

 それにきっとあそこに辿り着ければ幸せになれるはずだ。幸せに出来るはずだ。誰よりも幸せにならなければならないリリアンを。


「あっ、フィー様。あっちに食べられるものがありそうです」

「! そうか。それは良いな。早速行こう」


 まるで王宮の庭に居るかのような、そんな気分になりながらもフィリップとリリアンは歩き続けた。最初の頃はまだ良かった。

 春になったばかりで寒さは少々厳しかったものの、歩き続けるという運動をしているので昼の寒さはそこまで気にならなかったのだ。水や食料もどうにかなったし、魔物も徐々に厳しくはなったものの、フィリップとリリアンの力を合わせることでどうにか逃げることが出来ている。

 問題はやはり睡眠だった。特にフィリップが眠ってしまうと危険度が跳ね上がる為、安全な場所を見つけられない限りは寝ることが出来ないでいたのだ。


「フィー様、少しお眠り下さいませ」

「今のうちに進むべきだろう?」

「1日くらい休んでも良いでしょう? そこまで急ぐ必要があるのですか?」

「あまり同じ場所に留まっていると見つかる可能性が高まるからな」

「フィー様が十全にお力を発揮できなければ同じことです。どうかお眠り下さい」


 リリアンに泣きそうな顔で見つめられ、フィリップはまともに見ていられずに降参した。


「分かった。分かったよ。でもリリ。リリもここから動かないでね」

「勿論です。離れるなど有り得ません」

「ああ。絶対だよ」


 フィリップとリリアンは2人ぼっちだった。異端な力を持って生まれたが故に冷遇された独りぼっちと独りぼっちが出逢い、2人ぼっちになった。

 あの日、フィリップとリリアンが出逢ったのはきっと必然で、運命だ。フィリップはそう信じている。


 固く手を握り締めたまま、フィリップは意識を手放した。



 ***


「なんで……どうしてだっ!」

「父上……」

「っ……やはり、嘘……だったのですね」

「……すまない。だが、こうするしかなかったんだ」

「嘘だっ! 嘘だ。親父は……親父はこうすれば元に戻るって言ったじゃねぇかっ!」

「……ああ、元に戻るさ。いつかきっとな」

「!! それはどう言う――」

「だったら何で消えかけてんだよっ! 親父も――」

「うっせえ、黙れ! 今はお前の泣き言聞いている時じゃねぇんだよっ!」

「ぐはっ!」

「お父様。それは待っていてよろしいと言うことですわね?」

「今度は、嘘はなしでお願いしますよ? 父上」

「ふ。ああ、どれだけ×××かは私にも分からないがな。×××がきっと×××」

「×××いらっしゃる×××。では×××」

「×××」


 ***



「ん……」

「!! フィー様」

「…………」


 寝ていたこと、今のが夢であったことに気付いたが、妙に鮮明な夢だった。この夢は昔から時々見た。でも今までは幸せそうな夢だったのに、何なのだろう。急に死ぬ夢など、これからを暗示しているとでも言うのだろうか。

 いや、それよりも気になることがある。どうしてだろう。突拍子もない考えなのに、どうしてもその考えが捨てられなかった。


「なあ、リリ」

「はい」

「始まりの国の創設神話覚えているかい?」

「え……はい。勿論です」


 ヴェルト王国だけではない。他国の者達も子供ですら知っている神話だ。ヴェルト王国で産まれたら例え田舎の小さな村でも最初に覚えさせられると言われるほどのもので、フィリップですら例外ではなかった。



「ここに1柱の神がいらっしゃった。

 神はまず、緑豊かな大地をお創りになられた。

 次に世界の果てを覆う海、雄大な空に厳しく聳え立つ山をお創りになられた。

 そうして出来た素晴らしき世界に愛情深き人をお創りになり、大地に住まわせた。

 神は人々が必要なものを次々にお創りになられた。

 言葉を創り、人々が意思疎通出来るようになされた。

 文字を創り、人々が後世までこのことを書き残すことが出来るようなされた。

 数値を創り、人々がどれだけ繫栄したかを示せるようになされた。

 何よりも人々をお導きになられる為に国をお創りになられた。

 神は人々が自分達だけで統治出来るようになるまで、その国を直接治められたのだ。


 ――それが、ヴェルト王国、始まりの国である」



 リリアンの澄んだ声で流れるように暗唱された神話はフィリップも当然知っていた。だけど、何故だろう。違うとそう思うのは。

 今の部分が間違っていると言うわけではない。ただ、違うのだ。


「それ、続きとかなかったよな?」

「……聞いたことはありませんね」

「……だよな」


 分かっている。フィリップだって何度も何度も繰り返し繰り返し聞かされてきたのだから分かっている。

 この後に続くのは如何にヴェルト王国が凄いのかという美辞麗句だけだ。


「………………フィー様?」

「ああ、悪いね。ご飯を食べたら出発しようか」

「はい」


 起きた瞬間から自然と魔物の探知をしていたフィリップだったが、頭を切り替えて探知に集中した。色々と気になることはある。だけど、今すべきことは疑問の追及ではない。でないと夢のように悪い結果になってしまうかもしれない。そう言い聞かせながら、疑問を端に追いやった。

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