第3話 逃亡1

「おはようございます、フィー様」

「…………おはよう、リリ」


 少し驚きを見せてから挨拶を返したフィリップはようやく思い出した。昨夜、自らが国王陛下を殺したこと、リリアンと一緒に逃げている最中であること、フィリップにしか視えない抜け道の途中で睡眠を取ったこと、そしてもしかしたらフィリップと離れることでリリアンがこの抜け道から放り出される可能性があるから決して離れないようフィリップがリリアンを腕枕しながら眠ったこと。リリアンが起きてもフィリップから離れなかったのは、フィリップを起こさない為とフィリップから離れたら困るからだろう。


「手を」

「はい」


 一旦反対側の手を握ると、起き上がって近い方の手を握って、最初に握った方の手を離した。


「………………これじゃ、食事が出来ないな」

「食事ですか?」

「パンくらい食べていこう。ここからは正念場だからな」

「分かりました。あ、そうそう。私も食糧は持ってきましたよ。パンと……少しばかりくすねた生の野菜なので美味しくはないでしょうが」

「助かるよ。でも僕が持ってきたパンから食べよう。こっちの方が日持ちしないだろうからな」

「はい」


 フィリップの食事は忘れ去られることもあるので、出ないことがある。だが、出た時は王族に出すものが一応出るのでパンも長持ちのしない白パンなのだ。

 フィリップとリリアンはくっついて座ることで手を離しても良いようにした。そうしてフィリップが取り出した白パンを食べ、水を飲む。


「ふう……」

「フィー様。どこに繋がっているんですか?」


 食べ終わった後、光の方を指してようやく疑問を口にしたリリアンにフィリップは誤魔化すかどうか少しだけ思案した後に口を開いた。どうせすぐに分かることだからだ。


「魔の大森林だ」

「えっ!?」


 驚くのも無理はない。魔の大森林はヴェルト王国の横にある広大な森で、大昔からこの森にだけは近寄るなと言われている森だからだ。ヴェルト王国の記録にも幾つも魔の大森林が絡む災害が書かれており、その度に国家滅亡レベルの被害を受けている。

 ヴェルト王国が魔の大森林の隣にありながらもこれまで存続してこれたのは偏に結界のお陰だ。魔の大森林の隣に国を構えると、結局は魔の大森林から発生した災害で滅ぶと言われているくらいだ。

 それでも人々は魔の大森林へと入る。魔の大森林は環境が特殊で高価な薬草の群生が見つかって大儲け出来ることもあったりするなど一攫千金を狙う場所として有名だからだ。但し、当然魔物の方も非常に強く、命の危険度も跳ね上がる。魔物を怒らせて魔の大森林の外まで連れ出して災害が起こった例も少なくないので魔物だけでなく兵士に見つかってもアウトだ。一応魔の大森林は立ち入りを禁じられているからだ。但し、兵士に賄賂を贈ることで入っている者がいるのも事実だ。何せヴェルト王国は結界があるから上層部もその辺り緩いのだ。他国だと問答無用で死刑になるところもあるくらいなのでヴェルト王国は正直に言って魔の大森林を舐め過ぎだ。


「魔の大森林って……通るんですか?」


 陽のあるところを通れないフィリップとリリアンが通るには最適のところと言えなくもない。だが、不安そうにしているリリアンには悪いけれど、通るわけではない。


「いや、僕の目的地は魔の大森林の奥にあるんだ」

「え…………」


 そう。通るだけではない。進むのだ。恐らくは誰も到達したことがないほどの奥地へと。


「……今からでも戻るかい? リリだけなら大丈夫だと思うよ」

「まさか! 私はフィー様と共に行きます! 例え死んでも悔いなどありません!」

「あはは、ありがとう。でも僕とリリの力があればきっと大丈夫さ」

「…………行きましょう」

「ああ」


 身を隠す為に念の為にマントに付いている帽子を被り、顔が見えないようにした後、フィリップとリリアンは手を繋いで光に向かって歩き出した。


「っ!?」

「きゃっ」


 外に出た瞬間、フィリップは急いでリリアンの手を引っ張って走り始めた。


「走って!」

「は、はいっ」


 そこは魔の大森林の前だった。フィリップはてっきり魔の大森林の中に出るものだと思っていたから、まずそこからして予想外だった。そして更にまずいのが兵士が居たことだ。離れているとは言え、バッチリと監視範囲内に出てしまった。


「おい、こら、待ちやがれっ!」

「どうした!?」

「あ、隊長! 侵入者です! 2人組の侵入者が入って行きました!」


 幸いなことにフィリップだと言うことはバレてはいないし、即座に森に入れる位置だった。だが、捕まってしまったら全てが台無しだ。やはり、慎重に慎重を重ねて夜にするべきだったか。食糧問題もある為、時間が経つだけでもリスクが高まると言う理由で準備が出来た段階で出て来たのだが、失敗だったかもしれない。そう思いながら、フィリップはリリアンを連れて走っていた。


「待ちやがれっ!」

「おいっ! 1人で行き過ぎるなっ! てめーら、早く来いっ! 逃げられるだろうが!」

「さ、さーせんっ!」


 こんなところに居る兵士だ。そんなに士気は高くない。おたおたしている内に出来るだけ距離を稼げるように走る。

 既にリリアンにはあの兵士の剣を渡している。万が一の時の為には必要だからだ。だが、重りになってしまっているかもしれない。兵士達を振り切らなければいけないのに、それは困る。だが、マントに隠れて見えないだけなのに、渡して貰う際に見えてしまったら、より執拗に追って来られるだろう。短期で決着を着けるべきだろうか。しかし、どうやって? そんなことをフィリップが考えながら走っていたのだが、リリアンがキツそうにし出した。フィリップ自身も正直言ってキツい。


「リリ、背の高い草の草原とかないかい?」

「え? えっと……」


 先程、魔物はぶつけてみた。でもこの辺りは魔の大森林の浅い場所ということもあり、魔物はさほど強くない。兵士には簡単に対処出来てしまったようだ。足止めできる時間と工作する時間を考えれば走る方が良い。

 だがいつまでも走り続けられないので、身を隠そう。


「あ、ありました。そう遠くありません」

「よし、急ごう」

「はい」


 鎧を着ていなければ触れるだけでカブレる毒草の群生地とかでも良かったのだが、仕方ない。それにこれならフィリップの力も使えば確実に逃げられるはずだ。そう判断し、フィリップはリリアンに案内されるままにあともう少しだと言い聞かせながら走った。リリアンも目的地が定まっていることで活力が出たのだろう。足を止めることがないまま、フィリップとリリアンは草原に突っ込んだ。草原はすぐに居場所が分からなくなるくらいに草が生えまくっていて、フィリップとリリアンは手を離さないようにしながら、前に進んだ。


「くそっ、これじゃ前に進めねぇ!」

「逃げやがった! 折角の金蔓だったのにっ!」

「グロースフーン脳でもあるまいし、頭を使えっ! 回り込んで出て来たところを捕まえるぞ」

「へいっ」


 大声で叫ぶのが聞こえた。中に入って来てくれるのが一番理想だったのだが、そうもいかないらしい。


「リリ、ここの草原の形はどうなってるんだい?」

「えっと、こういう感じですね」


 リリアンが掌に描いてくれた形を見ると円を4つに割った左上みたいな形で右上部分の方向に細く伸びているところがあった。


「うーん……兵士達がどういう配置になるのかを見てから出るかな? もしくは兵士達が配置に付く前に出られるよう頑張る?」

「私はフィー様の決定に従いますよ」


 そう言いながらもキツそうであること、そもそも外を歩く方が断然早いのに後者は無理であろうことからもう少し中心地に行ってからゆっくり休むことにした。勿論、兵士達の動きは確認している。


「少しここで休もうか」

「よろしいのですか?」

「ああ。今は左右に分かれて進んでいるみたいだ。入って来た方向にも残っているから3組に分かれたみたいだな」

「確か6名でしたし、2人組に別れたということですか?」

「みたいだな」

「……執拗ですね」

「侵入者からお金を巻き上げることが仕事になってるからな。仕方ないさ」

「……そうですね」


 例え掴まっても金目のものなどないし、そもそもこんなフィリップとリリアンの得意とする場所で捕まる気などしない。フィリップは後はいつ動くかだけだと思っていた。

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