第2話 決行

 夜になった。


 この国ヴェルト王国は、別名始まりの国と呼ばれている。

 その名の通り、最初に建国された王国だからだ。その証明が幾つも存在し、他国はヴェルト王国をルーツに持つことは神話でも語られている。これを他国は否定できない。それ即ち神の否定になるからだ。そしてそれをしてしまうと異教徒として排除対象になる。平民の最後の1人まで全員が殺されるまでそれは止まらないだろう。

 ヴェルト王国が始まりの国である最も分かりやすい象徴……いや証明がヴェルト王国の王宮を覆うように存在する結界だ。これがあるからこそ、ヴェルト王国は絶対的存在でいられている。但し、外部攻撃を防ぐなどの目に見える効果があるから皆その結界を認識しているだけで、結界自体を見れる人はいない。

 フィリップただ1人を除いて。


 そう。フィリップが異端と呼ばれ、冷遇される理由はフィリップの目にあった。

 フィリップの目には色んなものが視える。ヴェルト王国の王宮を覆う結界、人間の悪意や殺意といった負の感情、そして……国王陛下に纏わりつく呪い。

 フィリップはこれを断ち切らなければならないと何故か知っていた。


 リリアンがフィリップを尊敬していることは知っている。忠誠を捧げてくれていることも。

 そしてその理由の1つに、フィリップが親の愛情を求めずに切り捨てているからと言うのがあるのも知っていた。でも、違うのだ。フィリップは知っていた。いつか、こうして父親を殺さねばならないことを。


 だから、国王陛下がフィリップを排除しようとする理由をフィリップは理解出来た。自分を殺すかもしれない相手を愛することなど出来ないのは当然だ。そしてフィリップ自身も親だと思わないようにしていた。殺すべき相手だと思わなければ、実際に殺す時に躊躇ってしまうかもしれないからだ。でも、その懸念は杞憂だったかもしれない。

 国王陛下の寝室で剣を構えながら、フィリップはそう思った。


「やはり、お前は排除しなければならない」


 国王陛下に纏わりつくどろどろとした黒い影をフィリップは真っ直ぐに視ていた。赤子の頃からこの呪いが視えていたフィリップは国王陛下が自らに近寄ることを心から嫌がった。呪いが自らに移るかもしれないと思うと怖かったのだ。何より、呪いに触れたくなかった。

 こうして視るとやはり嫌悪感が湧き上がってくる。同時に何故か悲しみの感情も湧き出て来たが、フィリップはこれが今の自分の感情でないことも何故か理解していた。


「………………許せとは言いません。どんな理由があるにしろ、これは明確に父親殺しですから。ですから、どうぞ憎んで下さって構いません。さようなら、父上」


 呪いから殺す人物である国王陛下、いや父親に目を移し、フィリップはそう言った。随分と呼んでいなかった呼び方をしたのはある種の餞だった。


 まだ10歳の子供でも、無防備に寝ている者を殺害するなど簡単だ。何より、既に準備は終わっている。何をしたって起きることはないだろう。例え剣で刺されても。

 事実、心臓に刺した剣は驚く程あっさりとその体に飲み込まれていった。人を殺したという嫌な感じではなく、何かを断ち切れた、ようやく成し遂げられたという達成感がフィリップの胸に広がった。これをする為にフィリップは生まれてきたのだと思うくらいに、フィリップはスッキリとしていた。


「なるほど。そうなるのか」


 そう呟いたのは呪いが指輪に吸い込まれていくのが視えたからだ。どろりと国王陛下の体に纏わりついていた呪いが国王陛下の体から離れ、国王となる者が常に身に着けている指輪に移った。これは即ち、ヴェルト王国の国王に掛けられた呪いだということ。死んだのを感知して、次の国王に呪いを移す為に一旦引っ込んだのだろう。

 フィリップはここに居られる時間が後僅かなことを察知して、急いで胸から剣を抜き取る。血がシーツを赤く染めていくが、それに構わず指輪を嵌めている指を切り取った。そうして指輪に触れないように千切りとったシーツに包み、周囲を見渡して小物入れを手に取って、その中に放り込む。更にその小物入れを懐に突っ込んだ。これを置いていったらフィリップが父親殺しをした意味がなくなるからだ。


 さて、ここからが本番だ。

 リリアンが付いてきてくれると言ってくれたのだ。必ずフィリップはリリアンと合流する必要がある。リリアンが居ないのなら、処刑されても仕方がないと思っていたが、リリアンが居るのだ。必ずフィリップはリリアンを幸せにしなくてはいけない。


 ここに来るまでに弊害となる兵士も様々な方法で眠らせた。だから巡回している兵士が気付き、ここに辿り着くまでそう時間は掛からないだろう。フィリップ以外の人間にはフィリップが辿った道は通れないだろうが、異変を感じた兵士が国王陛下の無事を確認するのは当然の行動だ。

 フィリップはまだここに誰も辿り着いていないことを再度確認した後、国王陛下の部屋から出て、眠り落ちている2人の兵士を見た。そしてふと思い立って1人の兵士から剣を抜き取り、自らの腰につけた。勿論、自身の剣はある。今それで父親を殺してきたのだから当然だ。だが、リリアンは剣を持っていない。逃亡するのに剣1つないのは不安だろうからプレゼントだ。少々重いかもしれないが。


 抜け道の方に行くに連れ、王宮内が騒がしくなるのが分かった。国王殺害の知らせが王宮内を駆け巡っているのだろう。フィリップが犯人だとバレるのはいつだろうか。出来れば逃げ切るまでバレないと嬉しい。

 いつもは人通りが少ないはずの道にも徐々に兵士の姿が見受けられるようになり、フィリップは慎重に前に進んだ。


「リリ」

「フィー様。お待ちしておりました」

「うん。行こうか」

「はい」


 ここはとある離宮の裏庭だった。ここを見つけたのは本当に偶然だったが、フィリップは恐らくこの為にあるのだとそう思った。

 木々に隠れるようにして潜んでいたリリアンの手を握ると、フィリップは何もない空間に手を伸ばし、抜け道の入り口が開いたのを確認してから足を踏み出した。脱出、成功だ。


 抜け道に実際に入るのはこれが初めてではないものの、出口までは行ったことがない。でもフィリップはこれがどこに繋がっているか知っていた。

 中はフィリップの目でも暗く、何も視えない。だけど、一箇所だけ光っている場所があり、その方向に向かって歩いた。


「怖くないかい?」

「大丈夫です。フィー様がいらっしゃいますから」

「そうか。……リリ」

「はい」

「ありがとう」

「ふふ。こちらこそありがとうございます」


 不思議な空間だった。だけど、この抜け道はフィリップの目でしか視えないもの。ヴェルト王国には、王宮には幾つかそう言うものがあった。国王陛下の部屋まで行った際にも幾つかその通路を使った。他の人達はここに入ることが出来ないどころか、存在すら知らないだろう。だから国王陛下の部屋まで殆ど安全に行くことが出来た。その為にどのルートが良いかを調べまくったというのもあるが、通路がなければあそこまで簡単に行けはしなかっただろう。

 そんな風に使いまくっていた為、この空間内は安全だということを知っていた。だからフィリップとリリアンは急ぐことなくただ歩いていた。

 光はそう遠くはなかった。光が近くなってくるとフィリップは一旦足を止めた。


「リリ、ここでひと眠りしないか?」

「え? ここで……ですか?」

「ああ。ここから出たら、恐らくしばらくまともに寝られない」

「……分かりました。フィー様がそうおっしゃられるのなら」


 夜のうちに、しかも事件があまり伝わっていない今のうちに出来るだけ進んだ方が良いと言う意見は分かる。だけど、この先で一番恐ろしいのは兵士ではないのだ。


 リリアンはフィリップを崇拝している面があり、フィリップの意見には逆らわない。フィリップが曲がりなりにも王子と言うのも関係しているのだろう。

 一応、リリアンの実家ミューエ家も王族が婿入りしたことがある程度には名家だが、リリアンは自分をミューエ家の一員だとは思っていない。そういう扱いを受けて来たからと言うのもあるし、王宮で働いていたのも家から出た結果でもあるからだ。リリアン的には家と縁を切っているつもりなのだろう。

 しかし、リリアンがフィリップに付いて来た、リリアンが居なくなったと言うのはミューエ家にも恐らく影響が出る。責任を問われるかもしれない。だがまあ、リリアンに酷い扱いをした者達だ。それくらいの不利益は被って貰おう。

 そう思いながら、フィリップも目を閉じた。

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