【改訂版】異端者達は森の奥で新婚生活(仮)を送る
朝樹 四季
プロローグ
第1話 決意
「御隠れになって頂くべきです!」
若い男の声が静寂を切り裂くように響いた。
その声にフィリップは急いで小さい体を更に縮める。元々隠れていた為に見つかってはいないはずだ。
「シッ。誰かに聞かれたらどうするつもりだ!」
即座に中年くらいの男の声が声を潜めながらも、若い男を窘めるようにそう言った。
フィリップが隠れている花垣の隙間から見ると、窓が開いているのが見えた。恐らくそこから声が漏れているのだろう。
「しかし、アレはどう見ても魔の力です。我が国は由緒正しき、始まりの国なのですよ!? そんな我が国の王家にあのような異端者が混じっているなど他国に知られたら、我が国の品位は地に落ちます!」
「分かっている。だが、アレでも王族だ。誰かに聞かれたらお前が不利だ。例え誰もがお前と同じ意見を持っていたとしてもだ」
何を話しているのか理解したフィリップは再度周囲に視線を向け、誰もいないことを確認する。勿論、初めからフィリップがここに居てはいけないことは理解しているので周囲の警戒は怠っていない。これはただの反射的行動だ。
「っ……どうして。どうして誰も行動を起こそうとしないのでしょうか。皆分かっているではありませんか。アレが異端であることくらい」
「そんなことくらい分かっている。陛下だって排除しなければならないことは分かっていらっしゃるんだ」
「では何故っ」
「だから言っただろう。アレでも王族なんだ。我が国の王子なんだぞ。どの国もわが国には注目している。存在は既に知られているんだ。理由もなく身罷られたら、我が国の武力が疑われることになるんだ。いや、武力だけならまだマシだ。始まりの国としての地位を疑われることになるだろう」
「ならば病気となって頂けばいいではありませんか」
「いきなり病死もそれはそれで我が国の王族の価値が疑われる。我が国は、我が国の王族は至高でなければならないんだ。王子の病気1つ見抜けない、治せない国であっていいはずがないだろう」
「それは……そうですが…………」
「大丈夫だ。計画は順調に進んでいる。ただ、この計画は一部の者しか知らない。我が国が王子を計画的に身罷まるような国であるはずがないだろう。だからこの計画に関わる者は計画後に責任を持って処刑されることになっている。良いか? お前も何も知らないんだ。何もこの国で暗い計画など起きていない。我が国は至高の始まりの国なんだ。分かったな?」
「!! 分かりました。私は何も知りません」
「よし。なら誰かに見られないうちに行け」
「はっ。失礼しますっ」
若い男が去って行ってから、中年の男は溜め息を吐いた。
「若いな。そして正義感が強すぎる。この国の品位などとっくに地に落ちていると言うのに。王子を計画的に身罷るなんて……魔の力だか呪いだか知らないが、そんなもの、本当にあるわけないだろうに。バカバカしい」
それだけ独り言を言い、首を振って中年の男も去っていった。
フィリップは周囲から完全に人の気配が消えても、その場からしばらく動かないでいた。恐らくあの若い男は王宮に上がって来たばかりの士官なのだろう。あのような会話を聞くのは今回が初めてではない。春の名物のようなものだ。
多分正義感が強いのであろうあの若い男はきっとこれから政治の世界の暗い部分に触れていく。そして今日純粋な心で王子を殺すべきだと言ったその口で、王子が身罷った理由を欺瞞に塗れた悲劇として語ることになるかもしれない。
そんな未来、フィリップは許容するつもりはないけれど。
「あっ、フィー様。どこに行っていらしたのですか?」
いつもの場所に戻って来ると、1人の女性が居た。名はリリアン・ミューエ。
淡い緑色の髪を三つ編みしたものが背中の中頃まで伸びていて、年頃の女性らしく一部分だけとても柔らかそうな大きさを誇っている。基本的に食が細いからだろう。少し痩せ気味なその体に一部分がとても目立つ。顔もそこに劣らず色気のあるお姉さんという感じの少し垂れ目で柔らかな青色の瞳なのもまたその印象を強調している。
「リリ、来ていたのか。それは勿体ないことをしたな」
リリアンはこの王宮で雑務を行っている。よって、あまり抜け出せないのだが、時間を作ってはこうしてフィリップに会いに来てくれる。フィリップはその時間がとても好きだった。
「いいえ、私も来たばかりですので。はい、洗濯ものです」
「ああ、ありがとう」
「いいえ。それよりお食事は足りておいでですか?」
「大丈夫だよ。リリこそ食べないとダメだぞ」
「私はきちんと食事は出ておりますから」
「そうか」
フィリップはリリアンが大好きだった。出来るならば、嫁にしたいと思う程に。
この小さな庭でフィリップとリリアンはどれ程の時間を過ごしただろう。初めて逢ってからはまだ5年も経っていない。リリアンは長時間抜け出せるわけではないから時間にしたらとても短いだろう。それでもとても濃く素晴らしい日々だった。
「…………何か、ございましたか?」
「うん……」
ずっと考えていた。リリアンに告げるか否か。その答えは未だ出ていない。
だけど、もうダメだ。限界だった。あの中年の男が言ったようにこの国はもうダメなのだ。終わらせなければならない。幸いなことに準備は出来ている。だから、フィリップは決行を決意した。
ただ、唯一の心残りがこのリリアンだった。
「なあ、リリ。僕、決めたよ」
「そうですか。では、お供致します」
即座に返された言葉にフィリップは少しだけ固まった。
「…………何も言っていないけど?」
「あら、私を置いていかれるおつもりでしたか?」
少しいたずらっ子のように笑うリリアンの笑顔は好きだ。だけど、少しだけ告げない方が良かったのではないかとフィリップは後悔しかけた。同時に嬉しくも思う。
「……僕が何するのか、分かっているのかい?」
「さあ。分かりません。ですが、私はフィー様に付いていきます。例えその先に死があろうともフィー様とお別れするよりマシです。そのつもりで私に手を差し伸べて下さったのではないのですか?」
初めてリリアンと逢った日のことは覚えている。まだフィリップが5歳だった時のことだ。自我が芽生えて周りのことが分かっていくと同時にフィリップの力についても知られ、リリアンと逢った時には既に完全に冷遇状態となっていた。その原因がフィリップの力にあることは理解していた。そして、リリアンが同じだと分かり、フィリップは手を伸ばしていたのだ。
「『大丈夫だ。君は何も変じゃない。君と僕が少し特殊な力を持っているだけなんだ』」
「ええ、そうです。私達は何も変ではありません。でも、変な目で見られることは変えられません。フィー様に捨てられたら、私はまた独りぼっちになってしまいます。私を……捨てないで下さい」
あの日、初めて告げた言葉をフィリップが口にすると、リリアンはあの日と同じように泣きそうな顔をした。その言葉にフィリップは大事なことを思い出した。
「ごめん、リリ。ああ、一緒に行こう。僕がリリを必ず幸せにするよ」
「ふふ。それではまるでプロポーズです。間違ってますよ」
笑ってくれたリリアンにフィリップはホッとしながらも、プロポーズでも構わないのにと思ってしまう。だけど、8歳という年齢差がある限り、簡単にはいかないのだろう。それでも一緒に付いてきてくれるのなら、可能性は0ではないはずだ。それだけでも今のフィリップには十分だった。
「……リリ。僕は、陛下を殺そうと思う」
「っ!?」
多分、リリアンはフィリップが誰か殺すつもりであることは知っていた。一部協力して貰った部分もあるからだ。だけど、相手が相手だったから驚いたのだろう。
リリアンが一瞬目を見開き……そして息を吐いた。
「分かりました。決行日はいつですか?」
「今夜だ」
「逃げるルートは決まっておりますか?」
「あの抜け道を使うつもりだ」
「荷物は準備できておりますか?」
「前から少しずつ用意はしていたけど、一番必要な食糧だけが心配かな。塩はある。水袋もあるけど、後はパンが少しだから」
「分かりました。では、今夜、抜け道の前でお会いしましょう」
「……リリは1人で大丈夫かい?」
「見つからないように隠れることくらいは出来ます。私はフィー様の方が心配ですよ」
「大丈夫。この為にずっと準備していたんだから」
「信じております」
「ああ」
最後にお互いに頷いてから別れた。
大丈夫だ。リリアンと出逢ってから、フィリップはずっとこの計画を暖めてきた。フィリップとリリアンの力が合わさればきっと逃げ通せる。行き先も決めている。いや、ずっと決まっていた。
だから今夜、フィリップは国王陛下を、父親を、殺す。
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