第15話 シャザの事情と伊達男の独白

 贖罪のシャザは、海沿いの港町で産まれた。


 二代前に子爵の貴族株を買ったという、典型的な商人貴族の令嬢として生を受けた


 奇矯ききょうな子供であり、物狂いであるとされた。


 曰く、自分自身はオークの戦士で、本当は男であると言うのだ。

 子供らしい妄想では済まされない狂気があった。

 こういう時、貴族の常として病死させるか修道会に預けることになるのだが、商売貴族という家柄故に貴族的な感覚の薄い子爵は、シャザを屋敷から出さずに育てることにした。


 一流の教師を雇い、言うことを聞かねば時に暴力を用いて、踊り、詩吟、歌、作法と、全てを叩き込む。

 さらなる反抗に対しては、監禁して倒れるまで食事を与えないという罰をも与えた。

 このような日々が幼いシャザの日常だが、初潮により女であることを自覚させられた日には自害しようとまでしている。その当時、雇われた護衛が力づくで止めねば今の彼女はいなかっただろう。


 そんな日々はシャザが十一歳の時まで続く。


 ある時、教養の教師とし雇われた男がシャザの生き方を変えた。

 男は自分自身を教授と称する男だった。フレキシブル教授と名乗っていたが、誰もそれを本名とは思っていない胡散臭い男であった。

 怪しげではあったが、その教養は本物だった。


 フレキシブル教授だけはシャザの言葉に耳を傾けた。


「先生、わたくしは不名誉で死にました。死後、大いなる混沌に召されましたが、ス・ズィギ様に罰を与えられ人の身へと堕ちました。わたくしの罪は、戦場においての裏切りと仲間殺し。しかし、それは悪いことだと未だに思えぬのです」


 幼いシャザは、令嬢の顔と令嬢の仕草で、見た目からは出ようもない奇妙なことを言った。


「ス・ズィギといえば蜥蜴山脈の亜人が崇める神だったか。大いなる混沌とは教会で言う地獄のことだったね。しかし、オークというなら、修羅の煉獄で戦い続けるのが罰ではないのかね?」


 フレキシブル教授の回答は、シャザが前世より引き継いだオーク種の宗教的知識と一致する正しい答えだ。


 シャザは長い教育の間に、言葉遣いや仕草というものを身に着けさせられていた。

 外面だけは貴族の少女である。

 フレキシブル教授はパイプから大麻の煙をくゆらせて、その様を観察する。


 物狂いの異様に美しい幼い少女。

 その唇から語られる内容には、若者の突飛な妄想にありがちな、ふわふわとしたものがない。


「修羅の煉獄に行けるのは誇り高い戦士だけなのです。わたくしは、生き長らえるために仲間を奴隷商に売り渡しました。わたくしは罪穢れた罪人なのです。卑しき心根は、人間の母から産まれた半オークだからでしょう。母は、物狂いの女でした。いつか愛する人が救いにくると、銀貨で売られたというのにそれを信じている人でした」


「……随分と、暗い舞台だね」


「山脈の奥深くには、人の商人も参ります。そこに持ち込まれるのは村では売れぬものです。母は、村に来た時から狂っていたそうです。炭鉱娼婦のなれの果てだとか」


 フレキシブル教授曰く、珍しいことではない。

 彼の生涯を彩る旅と冒険の記憶の中でも、似たものはよくお目にかかった。

 人間の女というだけの価値しかなくなった奴隷は、あまりに過酷な場所で売り払われる。


「わたくしの父は、泣き虫バーグダと云うすくたれ者でした。オークに産まれながら、戦うことを拒否する卑怯者です。竹や木で小物を作ったり、人間が作るような小屋を作ることで口を糊して生きておりました」


「ほう、オークの男というのは、そんな生き方をすると殺されてしまうものと思っていたが」


「常ならばそうでしょう。しかし、父バーグダは人間の使う武具や鎧を、オーク風に作り直すことのできる器用さがありました。わたくしも教師の皆様方に教えて頂き知り得ましたが、父は計数にも強かったようです。臆病なクズだと思っておりましたが、あれがまがりなりにも村の一員でいられたのは、頭の良さや器用さがあったからなのでしょう」


「ほう、なかなか興味深い登場人物だね。シャザくん、続けて」


「はい、教授。母と父のなれそめも、族長が不憫に思いあてがったものでした。母は、父を下男として扱っていましたが、今から思えば物狂いなりに幸せであったのでしょう。父の作った紛い物のドレスを着て、花よ蝶よと笑っておりました。生きている間は、あの姿を幾度も疎ましく思ったものです」


「なるほど、とんでもない家庭環境だ。その続きはどうなるんだい」


「教授、授業はよろしいのですか」


 シャザの瞳には何も無い。が、勉強をしなけければ食事を衰弱するまで抜かれる。それは避けたい。


「いいよ。これもまた授業だ。監視の君(きみ)にも伝えておくさ」


 フレキシブル教授は、監視役の女傭兵にウインクをした。

 監視の君、このきみ姫君ひめぎみの君だ。見張りの女傭兵は、憮然とした顔で鼻を鳴らしたが、微かに頬が赤い。照れ隠しのようであった。


「そうですか。では続けます。わたくしは、村では半端者として育ちました。半オークというのは、オークと比べて力強さがありません。大槌を使えないわたくしは、女子供の使う弓や棒しか与えてもらえませんでした」


「ふむ、オークの武具は半オークには扱い辛いだろうね」


 稀に巨人種との合いの子もいたが、そちらは神聖視された。

 こういった宗教観はかなり古い。オークの部族の中でも、力による古い信仰が根強い部族で前世のシャザは生きていたようだ。


 フレキシブル教授の知るオーク部族は、シャザの語る部族と比較するとかなり文明的である。

 荒っぽい部分はあるが、人との交易も行えば商売もする。帝国法の概念も理解していた。

 帝国中心部では滅多に見られないがオーク種だが、辺境に行けば彼らと出会うのもそう珍しいことではない。


「それでも、わたくしはオークであると認められたかったのです。ですが、持てない大きさの武具は扱えません。わたくしは、それでも努力したのですよ。棒を使えば、それなりの腕前になりました。父が、わたくしに贈ってくれたのも鉄の棒でした。父をどれほど憎んだかもう思い出せないほどですが、それでもあの男は子の幸せを願っていたのでしょう」


「なるほど、父君のことが少し分かってきた。続けて」


「わたくしが十七歳のころ、部族は滅びました。何が切っ掛けだったかは知りませんが、人と交易する弱い部族が、我々を追い立てたのです。ですが、遅かれ早かれそうなっていたでしょう。我々は必要なものが無い時に人から奪うという古い生き方をしていたのですから。わたくしも戦に駆り出され、人とオークの群れに捕まりました」


「略奪をしていたのか」


「今なら分かりますが、族長はス・ズィギ様の教えを歪めておりました。戦士たちを律することなく、自らを竜か虎だと誉めそやし、街に住む者たちを軽んじておりました。我々の狩りとは、旅人や寒村からの略奪が主だったものでしたから」


 シャザはそこで言葉を止めて、すぅと息を吸い込んだ。


「こんなにたくさん話すのは初めてです」


「疲れたかね?」


「はい、ですが言葉にせねばならないとも思います」


 フレキシブル教授は、『誇大妄想』などと書き込んでいたメモを握りつぶしてポケットに入れた。


「では、続けてくれ。それからどうなったんだね」


「はい。父が狩りに出ぬのは、略奪を嫌ったからだと、今なら分かります。戦いはすぐに終わりました。我々の狩りは弱い者を狩るだけでした。真の戦士と呼ぶべき者はごく僅か。いえ、一人もいなかったのでしょう。略奪者に立ち向かう勇士にかなうはずもありません。我々は罪人として捕えられました。わたくしが縛り首にならなかったのは、父のおかげです」


「ほう。略奪者の村に住まう賢人が何をしたのだね?」


「……父は、内通者でした。今までの罪や、奪った金銀の全てを記録しておりましたとも。自らの腹と手に入れ墨として、記録を残していたのです。ですが、父はあの村に生きる者の一人でした。魔術師による介錯付きですが、火刑に処されたのです」


 火刑には二種類ある。生きたままの火炙りか、死体をただ焼くだけか。

 

 生きたまま焼かれる苦痛は極刑にのみ使用される。

 死体を焼くという後者も、火刑台に火がくべられると同時に、魔術師が頭と胸につけた罪の針と呼ばれる道具に雷撃を打ち込んで息の根を止めるというものだ。


「父は罪の針を使うことを認められました。減刑はそれだけでした。父が焼かれると知った時、わたくしは、ざまあみろ裏切り者めと思いました。何が起きているか理解していない母と共に、火刑を見にいきました。お祭りのような高揚した気分で」


 シャザは小さな手を握りしめた。


「ああ、地獄に堕ちてなお、わたくしを苦しめるのです。母は、母は、狂っていたというのに、父が焼かれると知ると、わたくしの手を振り払って、炎に飛び込んだのです。両親を失い、部族を失ったあの日、わたくしは全てから捨てられました。独りで生きるようになったのです」


 フレキシブル教授は、パイプを置くと、水差しの水をぐびぐびと飲みこんだ。


「それから、キミはどうしたんだい?」


「半オークは、オークより人に紛れる方が生きやすいのです。部族よりも居心地はよかったのです。生きるためにはなんでもやりました。きっと、それらは語るべきではないのでしょう。ありとあらゆることをしたと言って、過言ではありません」


「その時、前世のキミはなんという名前だったんだい?」


 小さく薄い笑みを、幼いシャザが口元に浮かべる。

 自嘲まじりの、疲れた笑みだった。


「母は、わたくしをユリアンと名付けました。いつか迎えにくると、母が待っていた男と同じ名前なのだとか。随分と、嗤われたものです」


「ありがとう。人生の話というものは、考えさせられるものだった」

 

 アレキシブル教授は拍手をした。

 その日の授業はこれで、お仕舞いとなった。



 フレキシブル教授、もちろん偽名だが、彼はその名の示す通り自由で足の軽い人物であった。

 二か月ほどかけて、ツテを使ってユリアンという名の半オークについて調べ上げたのだ。


 曰く、無頼の冒険者として、その所業は悪鬼の如し。

 死後も蛇蝎のように忌み嫌われており、名を出すだけで塩を撒く者や、烈火のごとく怒る者もいるとか。

 悪鬼蛇蝎と呼ばれても、腕は一流。

 心根は卑しく、金銀に代わるとなれば親子供でも売るという有様であったらしい。



「ユリアンという半オークは、嫌われていたようだね」


 次の授業で、フレキシブル教授はそう言った。

 詩吟の教本の代わりに、ユリアンについて纏めたレポートがある。


「嫌われていたなどという言葉は、随分とお優しいお言葉になります。その程度で済むようなものではありません。わたくしの為した悪は、地獄に堕ちるに充分なものでございました」


「地獄とは、どんな所かね?」


「ス・ズィギ様の言う煉獄とは真逆でした。暗い荒野にございます。時折、灯りがあれば、それは人を焼く炎でした。果ての無い荒野を歩くのに疲れ、死にたいと思えば我が身より炎が生じます。わたくしも幾度焼かれたか。焼かれて、気づけばまた荒野におります。そして、また歩くのです」


 炎に焼かれる。

 母はどうして、父を焼く炎に飛び込んだのか。

 狂いながらも、愛していたのか。それとも、庇護者がいなくなったことで死を決意したのか。

 今となっては、分からない。

 あの時、つかんだ手をわざと放したシャザには分からない。


「恐ろしいものだね、それは」


「幾日、幾年か、それはもう分かりません。ただ、わたくしは焼かれることに苦痛を感じなくなりました。歩き疲れて焼かれる度に、母を思い出すのです」


「なるほど、それはもう君の罰にはならないのだろうね」


 シャザは驚いた顔になった。


「罰、ですか」


「キミは罪を償うために産まれたのだろうね。調べてみたけれど、ユリアンという半オークは、金が欲しいというだけで悪を為したようには見えない」


 強くなり、人に必要とされたかったのではないか。しかし、半オーク、そして、部族の内通者の子供という立場は、仲間や友人を作ることを許さなかったはずだ。


「地獄に堕ちたというのに、もう一度この世に生を受けたというのなら、この生にこそ意味はあるはずだよ」


 フレキシブル教授は、少女を安心させるための優しい笑みを作った。


「せんせい、意味とは」


 シャザが求める答えとは、生きる理由となる救いに他ならない。


「もしも、キミが前世の続きを生きたいのなら、今度は人を助けなさい。地獄の荒野を歩いたキミなら、もう金銀に惑わされることもあるまい。ユリアンのような者がいるなら、それを救ってやりなさい。キミにしかできないことだよ」


「たしかに、わたくしは……」


 言い淀んだシャザは、目を見開き、泣いていた。

 異常なまでの美しさを持つ彼女の泣き顔。


「先生、今、分かりました。わたくしは、母のように、助けを待っておりましたとも。強くさえあれば、いつか、いつか、この苦しみから抜け出せると」


 その力を利用されたとしても、頼られるだけでよかったのだ。


「それが分かりさえすれば、悪を知るキミだからこそ、人を救える」


「先生、ご指導を、人を救う術を、教えてください」


 フレキシブル教授は、それからの四年間をシャザの教育に注力した。

 高度な計数や、世にある金の流れ、権力闘争、生き方。その全てを全力で教え子に注ぎ込んだ。



 その後、政商となるための権力闘争に敗れたシャザの生家は没落した。

 シャザは借財のかたとして、ヴェーダの遊郭に買い取られた。

 遊郭では瞬く間に最上位の娼婦にのし上がり、年季が明けるまでに借財を完済して今に至る。


 ヴェーダの姫とまで呼ばれていたが、客を打ち殺したことは七度。

 罪の証として、腹に傷をつけた。それが粋だと、逆に評判を呼んだ。


 御年にして25歳。

 遊郭から離れて、ヴェーダにて冒険者を名乗る。

 穢れた女だと、同じ女からは忌み嫌われ、体を狙う男も数知れず。

 豪商からの護衛依頼から、盗賊に狙われる村の防衛にまで、武勇伝は数知れず。


「金は、持っている者だけから受け取る」


 孤児を引き取り教育を施し、行き倒れを助ける。

 騙されたことは何度もあるが、それでもシャザは人助けをやめない。

 物狂いのシャザと呼ばれ、その後に贖罪のシャザと呼ばれるようになった。




 昼二つ。

 太陽が一番輝く時間。

 城塞都市ヴェーダの中心地にある『戦いの広場』は、人でごった返していた。

 その真ん中の、古代からあるという噴水を中心にだけは人がおらず、ぽっかりとそ無人の空間ができている。


 先にやって来たのは、シャザだ。


 晴天だというのに、雨合羽(あまがっぱ)を羽織っていた。

 見る者が見れば、それは魔術的な調整のなされた冷却の機能がつく合羽だと分かるだろう。

 子供たちが遠巻きに見ている。

 シャザには金が必要だった。

 孤児たちを育てる金はもちろんのこと、もう一つはこの決闘を仕切った青錆組に支払う金銭である。


 ある日、今生の両親がふらりと現れた。

 やってきた両親は、シャザに借財の肩代わりを願う。その額、金貨2400枚。

 青錆組が両親を使ってシャザを手に入れようとした手管だが、シャザはあっさりとその肩代わりを承諾した。


「子供の時分、迷惑をかけました。それで恩返しとなるなら、金貨など安いものです。父上、母上、この世に産み育ててくれた御恩をここに返しまする」


 と、笑みと共に言った。

 両親は泣き崩れた。両親の涙、その全てをシャザは信じてはいない。だが、それでいいと思った。


「待たせたか」


 言葉と共に現れたのは吸血鬼狩りの伊達男だ。


「いいえ」


 この伊達男とは、吸血鬼と争いになった時に出会った。命を救われて以来、何かと行動を共にしている。


 ああ、やって来る。


 戦士として戦うのは久しぶりのことだ。


「ス・ズィギ様に、この戦いを捧げます」


 オークのアミュレットを手に、祈る。

 自分自身の前世がオークであったと語る、物狂いの美姫。


 伊達男は、シャザを背中から抱きしめたくなったが、止めておいた。最後まで、カッコイイところを見せたいからだ。



◆伊達男の事情◆



 スザンベイという港町で、貴族の坊ちゃんが俺を呼んだのが始まりだった。

 吸血鬼なんぞを狩って五十年、いつの間にか名前も売れて、吸血鬼に狙われたら俺を呼べってことになっている。


 坊ちゃんの名前は、なんだったか、一度見たら忘れられないくらい気持ち悪い、おっと、ユニークなツラのガキだったな。


 おっと、話が逸れた。とにかくそいつは吸血鬼が伝承の通りの化物なのか、それとも血を吸うだけの人間なのかを確かめるために、子供の吸血鬼を奴隷商から買ったんだそうだ。


 俺なら頼まれてもガキなんて引き取らないってのに、そのユニークな坊ちゃんは大金をはたいてそいつを買った。

 え、研究はどうなったって?

 ああ、やっぱり人間の形をしてるとバラして調べるなんてのはできないって話さ。結局のとこ、坊ちゃんは善人なのさ。

 仕方なく自分の血で、吸血鬼のガキを養ってるよ。


 ま、そういうことになったのはいいんだが、そいつは馬鹿なことに吸血鬼の親に引きあわせてやろうとしたんだな。種族は違えど、子供は親と一緒がいいだろうってね。


 自分の子供をさらわれてるんだぜ? 普通の亜人なら怒り狂うだろうが、違うんだよなあ、吸血鬼ってのは。


 間抜けが死ぬのはいいが、むざむざ人間に懐柔された同族は始末するってことになった。胸糞悪い連中のやりそうなことだぜ。


 吸血鬼狩りでちょっとは知られた闇狩りの俺が、何の因果か吸血鬼のガキを護るハメになっちまった。

 仕事は上手くいったさ。三週間は詰まったクソをひり出すくらいの苦しさはあったがね。


 このヴェーダって町は特別だ。俺はなんとか奴らの親玉と話をつけたんだが、どうしても納得できないってのが、その吸血鬼の母親さ。

 腹を傷めた我が子でも、吸血鬼の誇りを忘れたのは許せないんだそうだ。自分と顔が似てるってのもあるんだろうけど、女は怖い。

 流石の俺もヤバかったが、伊達や酔狂で吸血鬼狩りはやってない。


 とはいえ、無傷とはいかなかった。


 このままじゃちょいとヤバいって時に知り合ったのが、贖罪のシャザだ。

 路地裏で虫の息の俺を背負って家に連れ帰った。夢でも見てるみたいだったよ。あんだけいい女が、出会って三秒で俺に惚れる。そんな奇跡のね

 ハハハハ、実を言うとそいつは俺の思い込みでね。ベッドに誘って何回殴られたか。シャザはただのお人よしなんだよ。目の前にいるヤツは見捨てないんだと。


 命を救われた恩ってのは返さないといけない。男に産まれちまったんだから、そういうもんだろう? え、違うって? 俺は見た目より年を喰ってるんでね。古い感じのあのタイプってヤツなんだよ。

 金がいるって言われた時に、俺は笑顔で言ったよ。


「任せとけ」


 ってな。

 惚れた女に頼られちゃあ否とは言えねえ。

 ひと月の間に金貨を2400枚。時間が無い所にやってきたのが、皇帝陛下を手にかけようとした女に邪術使いの不名誉司祭。

 こいつは良い獲物だと飛び付いたのがケチの付き始めだ。

 渡世人共は俺たちを人食い姫にぶつけて何かデカいことをたくらんでる。踊らされるのはごめんだが、あいつらを見て火が点いたのはシャザだけじゃない。俺も同じだ。

 闇狩りの先輩として、あのアヤメって女には負けられない。




 シャザは顔に優雅な笑みを張り付けている。


 フレキシブル教授に教えてもらった、あるかいっくすまいる、というものだ。どこの言葉かは知らない。フレキシブルという名前もまた、遠いどこかの言葉であるらしい。


 来たな、と気配に気づいて見やれば、女が二人。


 腰に虎の皮を巻いた女と、司祭服の女だ。


「そうか」


 ぽつりとつぶやく。

 シャザと同じく、薄く化粧をしていた。

 首をとられた後、土気色では見苦しい。首一つになっても綺麗なままでいるために化粧をする。戦の前の、死に化粧。


「久しく見ぬ戦士よ」


 言ったシャザは、乾杯をするように水筒の水を飲んだ。

 美味い。

 もし、負ける時がきたとして、末期の水は飲みたい。そう思って持ってきたものだ。

 戦いはもうすぐだ。

 事情など、今は忘れる。


 この瞬間、魂はオークそのものだ。

 

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