中編
当たりは1年ぶりだった。
「良かったな」
「当たり?」
「ああ」
「やったああああ!」
思わず女はバンザイをする。その勢いで落ちてくんないかな。
「食べたいものは?」
「え?」
「食べたいものあるか?」
3歳児のように女は首をぶんぶんと大きく横に振った。あまりに降ると首が取れそうで怖い。
「連絡したい人とか、残したいメッセージとかあれば聞くぞ」
心なしか女の目が輝いて見えた。目の奥にある輝きの名前を俺は知っている気がする。
「だったら」
「おう」
「だったら、私、死にたくないです」
「いや、そりゃ、駄目だ」
「どうしてですかあああ?」
「お前が今晩ここから落ちるのは決定事項なんだ」
「だってなんでもいいって言ったじゃないですか」
「だからもう決まってるんだって」
「そんなの、誰が決めたんですか」
「誰ってそりゃあ、上だよ。俺らの上司だ」
俺は上を指さした。とそこで気づく。月が出ている。しかも満月だ。
「私、私・・・」
めんどくせえ。女は泣き出しそうな声を出す。昔の嫌な思い出を思い出した。
「願いがないなら、それはそれでいいけど」
「今日って10日ですよね?」
「だからそうだって」
「わ、私、明日が誕生日なんです」
「へえ。何歳になるの?」
「じ、19歳」
どっからどう見てもアラサーだ。
「だからせめてあと1日。お願い」女は大きく頭を下げた。「もう少しだけ生きたい」
「今、何時だ?」
チラリと女の腕時計を見る。ネズミのキャラのピンクの腕時計が割れていた。
ここに来る前に何度か突き飛ばしたからだろう。
「11時55分」
「明日になるまであと5分かあ。じゃあ、5分間だけ待ってやる」
「・・・5分?」
「文句あんの?」
「たったの5分?余命5分?」
女の生唾を飲み込む音が聞こえた。ゴクリ。
俺は拳銃を取り出して、女の眉間に標準を合わせた。
「5分間、動くなよ」
「そんなああああ」
左手でポケットからタバコの箱を取り出した。生憎、もう一本も残っていない。
俺は箱を握りつぶした。
「ち、タバコねーや」
「私、持ってます」
撃った。ぱあん!と銃声が響く。弾は女の近くに着弾した。
「動くなっつたろ」
「ひぃいい」
女はその場でへたり込んだ。
「・・・あの、聞いてもいいですか?どうしてこんなことするんですか?」
「どうしてって仕事だからだよ」
「良心が痛まないんですか?」
「はあああああ?」
「人を殺して」
「ひでえ奴だと思うか?」
「ええ」
「必ず返すっていうから金を貸してやったのに、返してくれないお前らみたいな奴の方がよっぽどひでえだろ」
「・・・もうひとつ、聞きたいんですけど」
「どうぞ」
「ここから落ちたら1回で死ねます?」
「お前、どう思う?」
「わかりません」
「どんな高いビルでも結構いるんだよな。往生際の悪い奴」
「死なない人いるんですか?」
「いるいる。木に引っかかったり、足だけ折ったり」
「確率ってどれくらいなんですかね?」
「この高さなら、んー、10人に1人くらいかな」
「・・・10分の1ですか」
「10パーセントだ。結構高いだろ」
「低すぎです」
「落ちた後は運次第だ。死ぬか生きるかは俺らでは決められない」
「それは誰が決めるんですかね?」
俺は上を見上げた。誰が決めるのか。
「神様、かな」
「わたし、昔から、運、悪くて」
「でも今夜はついてたな」
「どこがですか?」
「クジに当たったろ。なあ、もう一度賭けてみたらどうだ?運がよければ10人のうちの1人に入れるかもしれないぞ」
プルルルルルル。
そのとき携帯の着信音が鳴った。女のカバンから聞こえてくる。
「取ってもいいですか?」
「だめだ」
「でも鳴ってる」
電話は一度切れる。が鳴り始めた。
「多分、彼氏からだと思う」
「彼氏?」
「一緒に暮らしてる人。彼氏っていうか婚約者っていうか」
「ヒモだろ?」
「彼氏、すごく心配性だから取らないと。この間も5コールで電話取らなくて警察に捜索願いを出されたの」
クソが。俺はもう一度拳銃の銃口を女に向けた。
「余計なこというなよ。三十秒で切れ」
女は小さくうなづく。電話に出た。
「あ、もしもしヒロ君?ごめんね。ちょっとお手洗いに入ってて。うん、昨日、ごめんね。ヒロ君は私のために言ってくれたのにね。本当にごめんね。え?泣いてないよ。やだなあ。何言ってんの?お腹すいてるでしょ。ハンバーグたくさん冷凍してあるからチンして食べて。私?私は大丈夫。今日はちょっと遅くなるから。先に寝てて。ごめんね。ヒロ君、ごめんね。え?何?よく聞こえないよ。ヒロ君!ヒロ君!私、今ね・・・。」
ぱあん!と銃声が鳴り響く。携帯が吹き飛んだ。狙い通り。階下に携帯が落ちていった。
「ああ、ヒロ君!ヒロ君!」
落ちていく携帯に向かって女が叫び声を上げた。
「余計なこと言うなっつっただろおおおお」
仕方なく大声をあげる。俺のテンションもちょっと高めだ。
「うおうおうおううおおおおお」銃をぶっ放した!ズドン!
周りの人間は時々俺のことを頭がおかしいという。イカれていると。
そうかもしれない。俺の頭のネジはぶっ飛んでいるのかも。
「ヒロくぅぅぅん!ああああああああああ!」
ヒモが切れた、と思いついた言葉が喉まででかかる。親父ギャグは言わない。それが俺のポリシーだ。
時計を見る。ちょうど12時だった。
ハッピバースデイトゥーユー。
「日付が変った」
女は絶望的な眼差しで真っ暗な階下を見つめている。
「さあ、時間だ」
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