10分の1
ハル
前編
クソ寒い風が吹いている。時計を見ると夜の11時だ。
こんなクソ時間の吹きっさらしのクソ屋上で俺は女を蹴っていた。クソだ。
でもまあ悪くない。いやむしろいい気分だといってもいい。
「あ、あ、あ、」
女はすすきので働くキャバ嬢で、自分の店の隣の店のホストに入れ込んで莫大な借金を作ったそうだ。
俺の知ったことじゃないが。
「やめ、やめて」
女はビルの屋上の端に立っていた。ちなみに俺と女の間には柵がある。
俺が柵の隙間から蹴りを入れるたび、女はバランスを崩してぐらぐら揺れる。落ちろ落ちろ。
「ちょっと、ちょっと!」
何年使っているのだろうぼろぼろになった傘を精一杯に伸ばしてバランスを取り、何とか持ち堪えた。クソが。
もうそろ家に帰りたい。
今夜の金曜ロードショーはなんだったかな。もうこの時間なら終わってるか。
もう一度強く足を振る。うっかり空を蹴った。
「あはは。もう冗談はやめてくださいよ」
半笑い?まだ状況がわかっていないのか、それとも既におかしくなってしまったのか。
「冗談?面白いな」
「やだもう」
また蹴った。
ぐらぐらと女は揺れる。が落ちない。まだかまだか。
「あぶない。あ、あ、あ」
すわ落ちるかと思ったが、女はなんとか姿勢を建て直し、座りこんだ。
「落ちたらどうするんですか!」
「お前、面白いこと言うな?」
「ん?え?」
「こんな夜中に、ビルの屋上に連れてこられて、何かステキなプレゼントでももらえるとでも思っていたのか?」
女の顔がさっと青ざめる。
「だってお金返すって言いましたよね」
俺は女を無視し、スマホを取り出すと女に向けた。
あぶない危ない。これを忘れたら怒られる。
「このあと予定がつまってるんだわ。さっさと飛んでくんねえかな」
「名前。名前、なんていうんだっけ?ちょっとケータイに向かって自己紹介してくれよ」
「りりあ、です」
「りりあちゃん、歳、何歳?」
「十九歳」
「うそつけよ」
「笑ってみろ」
俺がそういうと女はひきつった顔を向けた。ヒクヒクと口蓋が蠢く。
キャバクラでこの女がついたら迷わず撃ち殺しているだろう。
「もっと笑え」
俺は胸元から拳銃を取り出すと女に向けた。
拳銃とスマホの両刀使いはなかなか難しい。景気づけに空に向けて一発打った。どん!
空からごうという飛行機音がした。
しまったな。
当たらなけりゃいいんだが。
「ほら」
今度はにっこりと笑顔で言った。
「うへ、へへへ」
女はホラー漫画に出てくる女霊のような薄ら笑いを繰り返した。
だめだこりゃ。
録画を続けた。
「あー、その傘なに? きたねえ傘」
「これ昔お母さんに買ってもらったやつで・・・」
「今日、降水確率10パーセントだぞ」
「私、よく振られるから」
女はうつむいてしまった。困ったな。コレでは顔がよく撮れない。
「・・・てけください。」
虫の鳴くようなか細い声で女は何事かを呟いた。
「ああ、なんだって?聞こえねえよ!」
「助けてください!私、なんでもしますから!」
「なにしても駄目だったからここにいるんだろうが。休みなしで働いても利息分も返せねえんだろ」
「こんなこと意味あるんですか?」
意味?意味なんかあるか。やれやれだ。
「だって私、生命保険も入ってないし」
「んなこたあ、わかってるよ。見せしめだよ。見せしめ」
「ミセシメ?あ!そうだ。これ」
女はカバンから一枚の紙を取り出して、俺によこした。
「なんだこれ。」
「サマージャンボ宝くじ。一等が当たれば六億円ですよ」
「こりゃ・・・すげえ!・・・とでも言うと思ったか?」
俺は宝くじを奪い取ると投げ捨てた。ひらり。くじは風に乗って宙を舞った。ズドンと銃で撃ち抜いた。
「当たるわけねーだろ!」
「仕事、もっと、もっとがんばります。二十四時間やります。死ぬ気でやります」
「じゃあ、飛んでくんねんかな?死ぬ気で」
「無理です。絶対無理」
「なあ、人生諦めが肝心だよ。ここらで清算してすっきりしようや。明日に向かってジャンプだよジャンプ」
ほら、と言いながら俺は手を叩いた。ほらジャンプ。
「ジャンプしたら明日なんてないじゃないですかああああああああ」
その場に座りこむ女。
かるく舌打ちが出る。
仕方ない。
自分の主義には反するが無理矢理突き落とすか。
拳銃を向けた。
「立て」
「わ、私、高所恐怖症で」
「それ、さっきも聞いたぞ」
「こんな高いところ・・・」
「そうかあ?」
「下も見えない」
「夜だからだろ」
とっとと落とさないと。と思ったが俺はまた何かを忘れている。クソが。歳のせいか。最近忘れっぽくなっている。
「今日何日だっけ?」
「10日、10月10日です」
ち、と俺はまた舌打ちをして女に聞こえないような小声で「うかつだったな」と言った。
俺はポケットからそ・れ・を取り出すと女に差し出した。
「・・・?」
「引けよ」
「な、なんですか?」
「クジだよ」
「どういうことですか?」
「うちの会社、毎月10日はイベントデイなんだよ。クジを引いて当たりが出たら、願い事をなんでも叶えてやる」
「なんでも?」ピクリと女の目が動く。
「出来る範囲のことならな」
「本当になんでも?」
「ああ」
「本当に、本当に?」
「男に二言はねえ。いいからさっさと引けよ」
おそるおそる女は俺の手に握られた紙を引こうとする。
「おっと」
俺は出していた手を引っ込めた。
「『運がいいといいな』」
「?」
「死んだ親父がよく言ってたんだ。『運がいいといいな』って。親父はギャンブル狂いでな。親父は人生で大切なことは全部、運で決まるって思ってた。だからことあるごとに俺にも言うんだ。『運がいいといいな』って。ほら、引けよ」
女は恐る恐るクジを引いた。
赤だ。
「え?あたり?はずれ?」
女はしきりに目をしばたたいた。
「どっち?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます