御影城の戦い 7

§ § § 



 ヒロは蹴り出したコンクリートと共に着地、地響きが轟き地面が少し揺れました。

 

 その時、照明係に頼んでおいた派手な赤がパッと輝き辺りを照らします。



「たーまやっー!!」



 やけっぱちを感じさせる乙女の叫びと広場照らす赤い光、壁に穴を開けた時の音で少女の目の前にまで迫っていた男の視線がちゃんとこちらへと向いていました。


 わざと派手な音を出したのもこのためです。


 男が呆気にとられるその隙を逃すまいと、ヒロは自分が蹴り飛ばしたコンクリートの塊をまるでカステラのように片手の爪を食い込ませて中の鉄筋を掴み、そのまま走り出しました。


 600キロの塊を広場の地面をガリガリと削りながら走ります。

 白い土煙をあげて男へと迫ります。

 ヒロが踏み込んだ部分は白砂利は沈み、くっきりと足跡をつけながら進む姿はもはや怪獣かなにかみたいです。


 赤い閃光と乙女のやけくそ叫びに気を取られていた大男と視線がぶつかり、すぐさま互いを敵と認識しました。


 赤く照らされた男の顔が驚愕に目を開くのが分かりました。


 金髪、女、異形の手足、それがとてつもない質量を思わせる物体を片手に引っ掴んだまま走ってくるのですから。



「おいおっさん! その喧嘩、俺も混ぜてくれよ!」



 走りながらヒロが吠えました。

 こっちを見ろと言わんがばかりに、派手に注意を引きつけます。

 身構える男に向かってそのまま真っ直ぐ走り込み、少し手前で飛びました。


 600キロの質量を握ったまま軽々とジャンプ、振り上げたコンクリートの塊をなんの加減も無く男の脳天目がけて叩きつけようと振り下ろします。



 しかし――



「……ふむ、これは珍しい南蛮なんばんか、娘よ」



 男はいぶかしげに呟きます。頭蓋が潰される事も無く、先ほどまでと同じようにそこに立っていました。



「おー、まるで手品だな、おっさん」



 コンクリの塊を握ったまま、ヒロは自分へと起きた現象にどこか楽しげでした。



「ほう、、とはなんだ?」


「こんな風に物を宙に浮かしたりする事だ」


 

 浮いていました。

 ヒロが宙に浮いていました、いえ、浮かされていました。

 確かに振り下ろしたコンクリートの塊が、男の頭上でピタリ、と止まったのです。

 塊を握っているヒロもろとも空中に浮かぶという奇妙な状態、まるで空中浮遊のマジックショーのようでした。


 ヒロはコンクリートから手を離し、その場に着地すると一歩後ろへと飛び間合いをとります。


 大男が宙に浮き続けるコンクリートの塊へ刀の峰の部分を当てると、興味があるのかコツコツと堅さを確かめながら尋ねます。



「随分と白くなめらか石材よ、南蛮の娘、これはなんだ?」


「さっきから聞いてばかりだな、コンクリートも知らねぇのか? 水と砂と砕石、あと石灰を混ぜて固めたもんだよ、中に鉄の網が入ってる」


「ほほう、鉄の網とな? なるほどなるほど、面白い」



 男は次に素手でペタペタと触って今度は感触を確かめ始めました。

 下敷きになればまず命はないであろう物体を前に、怯えること無くしげしげと目新しい物で見るかのように見聞します。



(なんとなく能力の察しはついた、能力それが無くても熊ぐれぇは素手で殺しそうだな、確か昔の日本人が小さいとかって話じゃなかったか? いやいや昔の人間と決まったわけじゃねぇけどよ)



 デカい、近づいて見れば思っていたよりさらにデカイ男でした。

 二メートルはある巨漢、それでいて肥満という印象は受けません。

 

 総髪の黒髪、太い首、広い肩幅、命が宿った仁王像が毛皮と服を身に纏い動いているようです。

 

 放つ空気は獣で剛力、鋭利で不可思議。


 それがヒロが抱いた大男のイメージでした。



「ところで随分と奇怪な四肢をしているが、お主は南蛮由来の物の怪の類いかなにかか? げに恐ろしき剛力よ、こいつは恐らく百貫はあるぞ?」


「おいおいまてよおっさん、質問は交互にするのが決まりだろうが、次は俺が聞く番だ」


「左様か、南蛮ではそのような習わしがあるのか……、いや面白い、ならば答えよう、なにが聞きたい」



 男はどこか楽しげに笑うと、触っていたコンクリートの塊を手で払うように叩きます。すると宙に浮いていた600キロがヒロの横をかすめ轟と音をたて飛んでいきました。元落ちた場所まで吹き飛ぶと白砂利の粉が辺りと立ちこめます。



「……何者だ、おっさん」



 ヒロの問いに大男がぼさぼさの顎髭をさすりながらやや逡巡しゅんじゅんし、



「一応ここは我が家なのだがな、では……とでも言えば分かるか? 招かざる客人よ」



 ――《じきあきひさ》ッ!!



 予想していたなかで一番不気味で、一番可能性があった答えを前に、ヒロは思わず笑っていました。クツクツと、クスクスと――。



「なにぞ楽しげだな、南蛮の小娘」



 楽しかった、そう、こんな状況に、こんな不可思議な状況に思わず笑みが溢れてしまうほどに。



「おっとわりぃ、笑って悪かったな、いやーこの界隈で色々とやってきたけど、まさか御影城のお殿様と喧嘩できるとはってな」


「ほう、お主は疑わぬのか? ほうけたじい戯言たわごとかもしれぬぞ?」


「ボケる歳には見えねぇな、どう見ても40手前ぐらいだ」


「うむ、覚えておるので元服を歴てから三つと五十は生きておったはずだがな、若返った……いや、生き返ったと言ったほうがよいか」


「はっはっは、じゃぁマジで生き返ったのか! すげぇなぁどこでそんな力を手に入れた?」


「まてまて娘、今度はこちらの番であろう?」


「おっとそうだな、で、なんだ?」


「なに些細なことだが、おとこ、そやつはお前の仲間か?」

 


 男と聞いてヒロは瞬時に振り向きました、気配など感じなかった、なのにです。



阿呆あほう



 明久は呟きと共に腰を右へと切りました。



「ヅァっ!?」



 一閃いっせん、雷鳴の轟きと共に爆ぜる衝撃、硬質な何かと竜の腕が衝突した音が夜闇へと響きました。


 少女を襲った神速の脚撃です。


 ヒロの身体が宙へと浮きました。



「ほう、わしの一撃を防ぐとは、やはり化生けしょうの類いに違いない」



 間合いにして五歩ほど飛ばされましたが、なんとか防ぎました。

 防いだ両腕が痺れ、紅竜が主人の油断に苛立つように鱗の皮膚を波立たせます。



「いっちちち、おいおっさん! 殿様の癖にセコい手使うじゃねぇかっ!」


「喧嘩に来たのだろう? 喧嘩の最中に余所見は阿呆よ、のう南蛮の化生娘よ」


「へっ! 言えてらぁ、喧嘩に勝つためならなんでもありだわな、その《わらじ》みたいによ」



 ヒロを蹴り飛ばした時に生じた衝撃音、それは金属と金属がぶつかる音でした。

 ただの藁で編まれた履き物ではありません。



「ほう気付いたか、三寸の鉄板を仕込んである、大概はこれで仕留められるのだが……ふむ、やはり奇妙な四肢だ、面白い、実に面白いぞ」



 明久がトントンと草鞋の爪先で足下の砂利を叩くと、小石がパキリと割れました。



「どう見ても鉄板で蹴っただけの威力じゃねぇだろ、だが大体てめぇの能力は察しはついてるぜっ」



 言うと同時にヒロはしゃがむと地面へ手を伸ばします。

 紅竜の腕が地面をまるでスポンジケーキようにえぐってすくい上げ、握り込んだ白砂利をそのまま投げました。



「ぬっ」



 アンダースローで投擲された石礫いしつぶて、しかしヒロが投げればそれは散弾ショットシェル


 秒速1200フィートで飛ぶ石弾を再び宙で止めるかとおもいきや、明久は避けました。

 

 600キロのコンクリートに比べれば可愛い質量の小石を空中で止めるでなく、腰を落とし、横へと回避しました。



「はっ、やっぱりな」



 それも奇妙な動き方で回避したのです、慌てて転がったりしたのではありません。


 


 まるで動く歩道が突如として地面に現れて運ばれたように、足踏み一つせずにスイと両足が滑り、ヒロの放った散弾を避けました。



「そうだと思ったぜ、おっさん、てめぇの能力、『《じりょく》』だな?」



 鉄筋入りのコンクリートを止めたのも、

 あの神速の蹴りも、

 そして今の滑るような動きも、



「磁力で鉄を動かしてるってだけで、大体説明がつく、ぜっと」



 突如ヒロが拳を上へと突き上げ、何かを掴み、捕まえました。



「こいつもだ、この小刀を飛ばして攻撃も防いでたんだろ」



 ヒロが捕まえたのは黒塗りの柄に黒塗りの刃、夜闇に隠れよう細工された短刀でした。手にした短刀が拳の中でビクビクと動きます、まるで生きた虫のようです。

 

 これが木刀少女の一撃をこれが先回って弾いて防ぎ、同じようにコンクリートは中の鉄筋に働きかけ宙で止め、神速の蹴りは草鞋に仕込んだ鉄板に働きかけたとしたら、



「地味な細工までしやがって、マグニートーかよ、磁力使い」


馬黒新居刀まぐにいとう? なんだそれは、南蛮由来の刀か、強いのか?」


「人間だよ、そんで超つええよ、そして超かっけぇ爺さんだよ、まぁ悪役だけどな」


「ふははっ! 悪党か! そうかそうか、ちょうつええとは、強いと言うことか、嬉しいではないか、強いのは良いことだ」


「その爺さんは磁力で星も引き寄せるんだぜ? 超すげぇだろ」


「星! あの星をか! それは痛快! 一度会うてみたいが、だがまぁ其奴の前では儂も霞みそうだ、それにジリョクという言葉はしらぬが、そうさな、そやつのも金行もって金気を御する術者には違いないだろうて、面白い世の中になっておるな」


「へへ、金気って言葉はしらねぇが、面白くなってきたのは同感だ」



 ヒロは手にしていた短刀を粉々に握りつぶすと明久へと目がけ走りだしました。

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