現れた帰還者 2

§ § § 




 最初の帰還者きかんしゃが現れたのは100年も昔でした。


 世界大戦、戦火の煙が遠くに見え始めた大正初期。


 当時は神隠し学園などと都市伝説の類いだのと噂が流れる程度。しかし事実、次々と生徒が消え、それを恐れるように人は学園を離れていきました。


 敵国による連続誘拐事件として度々捜査を続けるも解決とならず、学園や親族より再々に渡る再捜査依頼も大戦を前にした日本政府には梨の礫、誰もが我が子の命を諦めかけた、その時。ついに学園へと一人の少年が戻り、現れたのです。

 

 消えた当時、まだ9歳の少年だったはず男の子は立派な青年となっており、しかし話す言葉、両親との思い出、ホクロの位置や、その記憶を語るにつれて彼が当時消えてしまった少年だという確信へと至ると、日本を騒がせました。


 元少年曰く、神の国へと送られ、そこで戦士として神の力を与えられ育てられたと言う、その噂を聞きつけた日本政府は、すぐさまに少年と接触、事情をとっくりと聞いた上で日本陸軍預かりの元、その神に与えられし神通力の片鱗を知るやいなや、貴重な宝石をしまうが如く親元から引き離し、政府お抱えの機密組織が広げる壁の内側へと消えて行きました。



 これが最初の『神宿し事件』となりました。



 そして、月日が過ぎたある日、日本、ついに世界大戦の開戦間近となったその時……。

 


 とある国が地球上から



 異世界より異能の力、神の力を宿した青年は日本への熱き愛国心を胸に、宿敵国にその身一つで突貫、僅か1日にして世界地図より1つの国を焼き、消し去りました。


 文字通り、焼き尽くし、消し去ったのです。




『我、神の子、太陽の子、日輪の使い、我が祖国に仇なす者共よ、疾く失せよ』




 若者が燃え、子供が燃え、老人が燃え、男が燃え、女が燃え、建物が燃え、文化も、信仰も、何もかもを一瞬で焼き尽くした青年、日の丸を背負いし神の子、コードネーム『天照大神アマテラス


 さらに二つの国が消えた頃、世界が頭を垂れ、日本へと和平の手を差し出しました。


 その想像を絶する戦闘力に、各国が戦々恐々とし、味方へと引き入れようと画策するのは当然の流れでした。現存するあらゆる兵器を凌ぐ異能、神の使いとなった青年を止めることは、どの国のどんなエージェントでも、兵隊でも、兵器でも、不可能でした。


 大戦に勝利し、その神力に酔いしれる日本政府が栄華に浸る中、看過できない問題は既に始まっていました。


 敵国よりも問題は、学園そのものにあったのです。

 

 国をも滅ぼす神の力を宿した少年少女が、数年に一度、現れてこと、それそのものが大きな問題でした。


 風を操り、病魔を作り出し、人を癒やし、大海を割わるような少年少女の出現は日本政府の軍事他、諸々のお偉い方の頭を悩ます問題になりつつありました。


 帰還した少女をいちはやく見つけた敵国のスパイの一人が、日本政府の手が届く前に国へと連れ去ってしまった事件が起きたのです。


 その歳の夏、日本の長崎にて12歳の少女が発見された時、周辺60キロの人間が溶けて消えました。


 溶解して液状となった60万人の命のヘドロ、その上で踊り狂う少女に対して、日本政府は陸軍所属の能力者達を派遣。


 三日三晩の戦闘の後、能力者8名の命と引き換えにこの一件を解決、そして大きな問題に気付くのでした。 

 

 誰もが彼ら、彼女らを欲する、それ故に、彼ら、彼女らを護らねばならないと。


 ならば誰が? 答えはすぐに出ました。



 曰く『異能者に抗い、かつ互いを律し合えるのは、同じく異能者のみ』



 政府は学園を中心に機密組織を発足、また還ってきた人間、帰還者達による組織を編成、以降100年に渡り、能力者達の捕獲、保護、管理を行う秘密組織、政府直轄、学園内機密組織、通称『御影学園生徒会執行部』を発足。


 原因となった学園を含め、神宿しの少年少女が帰還したさいにすぐさま対応できるように広大な土地を政府が買収し、さらには異世界へと消えた生徒を救出する計画を含めた委員会、


 『風紀ふうき

 『清掃せいそう

 『保健ほけん

 『図書としょ


 の、4つの委員会を設立、さらに委員会をサポートする『部』を設立し、徹底的な情報統制、隠蔽工作を続けながら、現代へと至ります。



 全てにおいて最も優先すべき事はただ一つ、『現実この世界を護る』ことです。





§ § § 





「つまり、異世界に消えた一人より、現実世界の大勢が大事ってわけだ……あぁそういや俺の時もすんげぇ速攻で来たわ、生徒会の奴」


 ヒロは器用にも後ろ向きで走りながら懐かしそうに頷きました。

 その後を追うように目的地へと小走りするメクルとピーシーが今の説明でヒロが本当に理解しているのか、そしてなにより転ばないか心配でした。


 両手をポケットに入れたまま、器用に後ろ向きに走るヒロですが、そのまま転べば後頭部へのダメージは不可避です。だというのに、そのまま後ろ歩きで階段まで下り始めました。 



「大体は占い部が転送者を予知してるんだけどね、それで天文部が場所と時間の割り出しも担当してくれてるんだけど……今回はそれができないくらい短い時間の間隔で帰還したみたい、つまりヒロの時と同じだね」



 ヒロを追うように急ぐメクルは先程盗み見た資料の中身を説明しながら、リズム良く階段を下り始めました。


 目指すべき天文部は御影学園の第一部室棟、生徒会執行部のある教室からはわりと近くに建てられています。



「現実、消えた時間、たぶん、5秒くらい」



 最後尾でピーシーが額に汗を浮かべながら二人を追いかけ階段を降ります。



「うへー、5秒かぁ俺のいた異世界と良い勝負かもなぁ」



 ヒロは後ろ歩きのまま階段の踊り場まで下ると、今度は前を向いたまま階段を降りていきます。



「今のところヒロが行ってきたラプアップが一番現実こっちとの時間差があるよ、1秒で2年だっけ?」


「マンションのベランダから落下中に転送されて、現実じゃ2秒ぐらいしか経ってなかったしなぁ……向こうで暮らした4年の成長がなけりゃ死んでたね、ほんとこっちでも能力が使えてセーフだったぜ」


「占い部も天文部も嘆いてたよ、あんな予兆も無ければ、一瞬で帰ってくる奴を察知するなんて無理だって」


「おうともよ、おかげでしっかりと4年分はデカくなって帰ってきたからよ、そりゃもう両親も兄貴も困惑するはで大変だったよなぁ、で、今回も似たような事が起きてるってわけか」



 ニシシと笑うヒロはなぜか得意げです。



「そういうこと、あの時はおかげで関係者全員の記憶を書き換えたから演劇部のお歴々も過労死寸前だったよ、ヒロみたいな一般大衆に知られた著名人が成長して帰ってくるのが一番ストーリーを擦り寄せするのが大変なんだから」


「おうおう言われた言われた、いっそのこと日本全域から痕跡を消した方が早いってよ」


「そっち、オススメ、気楽、今からでも、遅くない」


「ピーシーみたいにか? やだよ、俺は家族も兄貴も好きなんだよ、大体、日本中から記憶を消されたら俺のが下がるじゃん、また下積みからやれってのかよ」


「大丈夫、放送事故、ヒロ、オッパイ、ポロリで、ガッポリ」


「あー無理無理、それ速攻でBAN対象だから、今は結構規制が厳しいんだぜー」


「残念、代案、メクル、ヒロ、水着、プロレス」


「ピーシー、発想がおじさんさん臭いしセクハラだよっとっと、……到着」



 ピーシーのオヤジ化が興に乗り始めたところで、三人は目的地に到着しました。

 第一部室棟、一階、もう生徒達の気配もなく、廊下には静けさだけが伸びています。

 並ぶ教室とその看板に、小さくこう書かれています。



 御影学園『天文部てんもんぶ』  



 もちろんただの天文部ではありません。

 御影学園異世界問題担当部署において、最重要部なのが占い部に並ぶ天文部です。

 

 時間と時空を超越し、次元と時候とを調律し、そしてこの世界を観測し続ける天文部。

 

 未来予知を専門とする占い部と併せて現実世界の未来を守る御影学園の要でした。

 

 そんな星々のかなめである部室の扉をメクルがノックします。



「お疲れ様です、図書委員実行部隊の綴喜芽繰つづきめくるです」


「同じく、実行部隊、ピーシー」


「右に同じー、実行部隊、皇ノ火色きみのひいろ



 少しして、横開きのドアが自動でスライドしました。

 カーテンをかけた教室の中は真っ暗で、一見なんの変哲も無い教室です。

 机があり、椅子があり、教壇があり、黒板がある。

 生徒は一人も居ない、ただの無人の教室です。



「失礼します」



 と、メクルは誰もいないはずの教室へ一礼し、勝手に開いたドアをくぐります。


 すると、暗闇から目映い光が放たれました。


 三人がもう慣れた事だと物怖じせず光の中へと進むと後ろ手にドアが勝手に閉まり出しました。

 ドアが最後まで閉まると同時に、部屋に満ちていた光が収縮を始めました。



 そして景色が一変します。



 暗い教室だったはずの一室が、巨大な空間へと書き換えられていきます。

 教室だったはずの空間の気圧が高まり、気温が上がります。


 突如、南国の風が三人の髪を撫でました。


 濃紺の青空、白い雲、そこは既に学内ではありません。


 真夏を思わせる太陽光が降り注ぐそこは、植物園でした。

 

 透明なクリスタルで覆われた巨大ドーム。


 石畳の道にそって作られた水路を流れる清流に植物が育成され、色とりどりの花々が蜜の香りを漂わせ、ヤシの木が並び、南国原産木々が蔦をはり、垂れ下がった蔦の上には日本ではまずお目にかかれない蝶や鳥が羽を休めていました。


 夏をテーマにした絵の具パレットのように鮮やかな七色鳥達の鳴き声が響き、さらに奥からは猿か何かの鳴き声まで聞こえてきます。



 ここは南国、植物園。オマケに大きな25mプールまであります。



 そんな巨大な植物園の中心に、これもまた巨大な骨組みだけの球体が鎮座しているが見えます。




「……暑い、死ぬ」


「いやだから脱げって、そのコート」



 廊下までの気温が初夏の暑さだったのが、この植物園の中に至っては常夏。

 汗がじりじりと肌を這い出す気温でした。



「やだ……私、脱いでも、一円にも、ならない」 


「熱中症で人って死ぬぞー、本当に死ぬぞー、太陽なめんなよー」


「うう……、じゃぁヒロ、お金、払って」


「よぉし、そのまま蒸し焼きになってしまえ、太陽さんありがとー!」


「はいはい、本当に体調崩すから脱ごうね、私が今度なにか奢るから」



 額に汗を浮かべながらメクルがピーシーのコートに両手をかけました。

 その時です、




「おおおおっと! ピーシーちゅわんのヌードになら私がマネーを出すぞー!」




 どこからともなく声がしました。

 少女の声ですが、言っていることはセクハラ以外のなにものでもありません。



「……あぁ、でたでた、だからあんま来たくないんだよなぁ、ここ」 



 見当たらない声の主に覚えがあるヒロは悪い予感と共に眉を寄せてそっとメクルの後ろに隠れました。


 すると、どこからともなく、




「あぁぁ~~~~ああっ~~~~~!!」




 と、ゴリラに育てられた青年を模したような雌叫めたけびで、ドームの天井付近から人影が飛び降りてきました。


 天井までの高さはゆうに50メートル、そこから伸びた蔦をロープ代わりにして、スイングを開始。


 某アメコミ主人公のクモ男を思わせるスイングで速度を上げながら蔦から伝えへと飛び移り、最後はメクル達の目の前をかすめるようにしてピンク色の物体が三人の頭上に向かって飛翔。


 そして空中で見事な三回転捻りを決めてから、着地しました。



「決めのポーズっでV! 可愛さも合わせて100点満点!」



 メクル達の目の前で、見事にポーズを決める桃色髪の少女は自慢げに胸を張ります。しかもなぜか水着です。白い競泳水着です。


 ボリュミーな桃色の髪をサイドテールにまとめ、カラフルな髪留めが至る所に装着されている姿、流行のメイクにヘーゼルナッツ色の瞳、白い水着姿もあいまって巨大なフルーツパフェのような少女でした。


 そして競泳水着パフェ少女は胸を張ります。



星埜ほしのキラリ選手! 本日も見事な満点です! いやー素晴らしいスイングでしたね」



 と、自分で自分を褒める少女、星埜キラリは鼻息を荒くしながらピーシーを見ました。



「ピーシーちゅわん! おっす! めっす! な君と! 今からキィィィッス!」



 そして飛びかかりました。野獣のごとくピーシーへとピンクパフェ少女が飛びます。



「きょ、拒否!」



 と、声を引きつらせたピーシーの顔がマフラーからコートの下へ、甲羅へと潜る亀のごとく緊急収納されます。


 そしてそのままメクルがコートを押さえてくれていたので、両手も引っ込めてしゃがむようにしての脱衣による緊急脱出です。



「もがっ!?」



 ピンクの野獣の魔の手から早業脱衣術にて難を逃れ、キラリはピーシーの頭上を飛び越えコートへと頭から突撃しました。


 そのままではコートを持っている自分も危ないと、メクルはコートを闘牛士のマントのようにしてサイドステップ、コートを手放し、これまた難を逃れました。



 そしてメクルの後ろに隠れていたヒロには災難が訪れました。



「んぼふぅ!?」


「ふぉんごおお!! 私のピーシーちゅわん! いつのまにこんなボボボボインボインになったんだ! ふんふんふんごぉ! くんかすんかふおおおおお乙女の汗の良い匂ひがすりゅううう!」



 すでに空となったコートの上から頭突きを放ち、貪りつくように水着の野獣がヒロへと覆い被さり、襲い出しました。さながら生肉に食いつくピラニア、兎を見つけた狼、子鹿にかぶりつくワニです。



「んだらぁッ! はなせ! どけ! 揉むな! つまむな! 金とるぞっ!」



 コートで覆い隠されたヒロの胸に顔を埋めながら両手でモミモミを始める野獣はさらに鼻息を荒くします。



「ええんやで、ええんやで、お姉さん伊達に学校で一番稼いでないんやで、いくらや、いくらで今夜わしのもんになるんやピーシーちゅわん!」


「億積まれてもお前とは寝ねぇよ! てか人違いだっ!」


「なん、だと……言われてみれば私のピーシーちゅわんがこんなに急成長するわけない」


「そうだよ! だから放せ! このロリコン野郎!」


「……はっ、Gは……ヒロちゅわん?」


「どこで判断してんだてめぇ! そして掴むな! 回すな!」


「ああああこのバチクソエッッ……チィ! おっぱいも好きだああああああ!」


「ぎょあああああ!?」




 ピンクの野獣はどこまで行っても野獣でした。

 

 というか女の子ならなんでもいい野獣でした。

 

 なすがままに揉みしだかれるヒロを見て、コルセットスカートの制服姿になったピーシーが、もしあのままコートを脱がなかったらと想像してゾッとしていました。



「ねぇキラリ、話があって来たんだけど」



 さすがに一秒を争う中で話がこうも進まないのは不味いと、メクルは野獣を止めにかかります。



「もうちょい! もうひと揉み!」


「駄目、急いでるから、お願い」


「もう少し! もうひと舐め!」


「キラリ……奥付君が消えたの」




 ――、と野獣の動きが止まりました。




 そのまま暑さと猛獣の猛攻でぐったりとしているヒロから離れるように静かに立ち上がると、ピンクの野獣、星埜キラリはくるりとメクルの方を向きました。



「……知ってるよ、最初に察知したの、私だからね……帰還者のことも」



 先ほどまでの昂ぶりを一瞬で捨て去り、キラリは静かにメクルを見つめると、唐突に頭を深く下げました。



「ごめん! メクル!」



 そして、大きな声で謝りました。



「私が帰還者の事を先に生徒会に報告したから、そのせいで奥付君の捜索が後回しにされた、本当にごめん!」



 深く、そして心の底からの謝罪でした。

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