現実《コノ》世界 2

 始まりは些細なことでした。

 

 田中君は一人の女生徒に恋をしていました。

 

 そして意を決して告白をした田中君を待っていたのは、強烈な拒絶でした。

 

 その後、田中君が彼女に対して“”を始めたとの噂が流れました。

 

 確かにフラれてショックでした、思わず休み時間にその背中を見たりもしました、でもそれだけです。


 

 その視線に気がついた女子生徒によって、

 【見ていた】は【見つめていた】へ、

 【見られていた】から【見られている】へ、

 やがて偶然に廊下で出会ったは【待ち伏せされた】へ、

 ありとあらゆる尾ひれを伴って噂が膨れ上がり、最後には【田中剛はストーカー】という罪状ができあがりました。


 やがて屋上へと呼び出された田中君を待ち受けていたのは数名の女性徒と、三人の男子生徒による独善的な義憤ぎふんによる『私刑』でした。

 


 罪状はストーカー行為、もちろん田中君はただの一度もそんな事はしていません。

 

 好きな女子に告白した、それだけです。

 

 最後に田中君の視線に気づき、意図的にストーカーとの噂を広めた女性徒が漏らした本音は、





     『あいつ、顔が虫みたいで気持ち悪かったから』





「私刑の後、田中君へのイジメが始まりました。主に異性、女生徒からは精神、肉体的にも貶められ、彼は誰にも相談できず、思い悩んだ末、身を投げました」



 お前達のせいで僕は死んだんだとメッセージを残すような場所ではなく、田中剛は誰にも見つからないような場所、市内北西部に広がる山の中、高さ25メートルの崖の上から飛び降りていました。



「そして、目敏い女神達に見つかり再利用された、と……ふむ、しかしそれだけを聞けば、クラスメイトや異性への怨嗟はあったにしても、彼の素行や性格そのものに問題があったとは思えないが?」


「私的な所見ではありますが、彼の性格は一般的な男子学生の範疇だと私も思っていました」


「ふむ、ではなぜ隔離した? 学園内での学生同士の問題なら、いくらでも解決しようがあるだろう」


「会長、イジメという問題はそんなに簡単ではありません。なので私達の図書委員へと所属してもらい、時間をかけて彼の道筋を見つけるつもりでした……しかし、手遅れでした。私は、……そう判断します」



 武器が、能力が、チートが、既に彼の性格を変容させていました。


 ただの学生が剣を持てば、銃を持てば、核兵器のボタンを持てば、今まで通りの自分でいられる人間は稀です。

 

 結果、彼は暴力的に、示威的な性格へと変貌し、やがてはその能力を使い悪戯を始めました。


 欲望のまま彼は走り続け、無敵とも言えるその能力が欲望の距離をも無限にも伸ばし、大きくしたのです。



「田中君がイジメを受けたとき、田中君の中には暗い感情が蓄積されていました、復讐です、しかし彼の性格がそれを押し止めていました……色んな事を我慢していたんです、そして能力がそのせきを切った」


「願いを叶えられる無限の力、ため込んでいた願望、誘惑してくる異能の魔力、か」


「はい、会長にも覚えがあるのでは?」


「ふふ、もちろんあったさ、そして私はそれを捻じ伏せて、今はここに座っている」


「誰もができる事ではありません、それだけ、異能の誘惑は絶大です」


「認めよう、確かに力の誘惑は強い、それで?」


「彼の能力を封じるため、『施錠せじょう』能力者をネピリウムへと派遣してほしいと申請しましたが、断られました」


「それは当然だ、施錠能力者はこの学園に2人、何かあったら生徒会始まって以来の責任問題になるのはわかるだろ?」


「執行部も同じ答えでした。では現地での施錠ができない以上、説得するための時間の確保は困難と判断、その能力の性質上、被害がこれ以上広がる前に私が個人的な判断に基づき、しました」



 身勝手な事だとは重々わかっています。

 それでもあの場で隔離しなかったら、どうなっていたか……。



「私が帰還命令を無視しました、全て私が独断でやったことです、どのような処分も受けるつもりです」



 自分は勝手に、自分なりに被害が少ない方へと舵をきったのだ。

 あのまま放置すれば、あの異世界で多くの死者が出た。

 ヒロとピーシーの身も危なかった。

 だから隔離した、故に独善、これも独善なのです。

 

 独善、即ち、それは誰かの悪です。




「「それは違う」」




 メクルの胸を重くする後悔の念を取り払うように、二人がメクルの隣へと立ちました。



「これは俺達三人の判断だ、最低限の説得もちゃんと試みた、その結果がこれだ」


「……説得、無視、3人共、止められてた、メクルが切り離さなかったら、私達、犯されてた」



 ヒロとピーシーが、これは三人の決断だったのだと、メクルのすぐ後ろにやってきて、その背を支えました。


 背中に感じる二人の手の温もりが、メクルの冷たく強ばった胸を温めます。



「報告は、以上です」



 今は背を支えてくれる二人のためにも、胸を張ろうとメクルは締めくくりました。


「……そうか、わかった」


 そして生徒会室に少し長めの静寂が置かれ、三人は自分の心音が五月蠅いほどに聞こえてきた時、




「うむ、任務ご苦労、よく無事に帰ってきてくれたな、報告は確かに受け取ったぞ、三人共」




 そういって生徒会長の椅子がクルリと回って、三人の前に姿を現しました。



「「ぶふぅっ!」」



 そしてヒロとピーシーが同時に吹き出しました。

 現れた太い声の主は、その声に似合う雄々しい巨漢の男でした。


 何一つ飾り気なんぞ必要ないのだと丸刈りの頭、太い鼻筋の通った顔立ち、太い眉、大和魂を感じさせる日本顔、それを支える首は鋼線を束にしたような僧帽筋によって組み上げられ、はち切れそうな肉厚大胸筋は新時代の幕開けを感じさせます。


 負けじと存在感を放つ三角筋と上腕二頭筋は幾十にも荒縄を巻き付けた鉄骨の腕、筋肉の大山脈は今にも噴火しそうです。


 しかし舞台の主役は我々だと肉体の中央で神々しく輝くそれは3対6枚の黒い翼、地上へと堕天した神を思わせる雄大でいてキレキレのシックスパックです。

 



 生徒達は彼の事を陰に隠れてこう呼びます、

 

 

 絶対にこいつ○イヤ人、絶対無敵の生徒会長、無叢天士むそうてんしその人です。

 


 そんな出てくる場所を間違えたような筋肉達が丸見えでした。

 つまり、天士生徒会長は上半身丸裸でした。



「なんって格好してんだ! この露出狂会長!」



 真っ先に憤慨したのはヒロでした。

 他二人が顔を真っ赤にして絶句する中、唯一筋肉に対する耐性があったようです。



「いやだって、筋トレ中に君らが来るんだもん」



 と、会長は困り顔をしました。右の大胸筋も同調するようにビクンと頷きます。



「だもんじゃねぇよ! 服を着てから呼べばいいだろうがよ! というか服を着て筋トレしろ!」


「なにを言う、服を着たら彼らの表情が見えないだろ」



 まったくもってそうだと、左の大胸筋もビクン頷きます。

 会長の言う彼らとは、つまり筋肉達のことです。

 一流のトレーニーはつねに筋肉との対話を行いながら、確実に欲しいところに負荷をかけるためにも衣服を最小限にする人が多いのです。



「じゃぁせめてその無駄に綺麗な乳首を今すぐ隠せ!」


「すまない、実は上着を最初から持っていない」


「最初からないのかよ! 裸でここまで来たのか!? じゃピーシー、お前のそのマフラーでも貸してやれ!」



 白羽の矢が突如飛んできたピーシーが真っ赤だった顔を今度は真っ青にして首を左右にふります。そして部屋の隅まで逃げます。



「あ、あの会長、そ、それで任務はこれで終了ということで、いいですか?」



 ピーシーを追い詰めようとにじり寄るヒロをよそに、メクルが少し上ずった声で生徒会長に訪ねました。



「ん、あぁかまわないよ、後処理はちゃんとできているのだろう?」


「ネピリウムでの問題もカバーしました。田中君の記憶のコピーは取り、自殺を試みる三日前の状態で復元、演劇部との協力の下、完全な状態で今は学園内に復帰しています。頃合いを見て…………不慮の事故か、病死という形で……」



 再び自分は何様だろうと、メクルは自分を責めていました。

 この仕事を任されるようになってから、何度無く突きつけられては、また何度でも悩み続けている、責任の問題でした。



「自分を身勝手だと思うか、綴喜君」



 天士会長がメクルの心中をあっさりと読み取ったのか、一番の芯を一言で突いてきました。



「…………はい、私は自分を身勝手だと思います、一人の生徒を二度とこちらへと戻れない場所に押し込んだのですから」


「では、今回の自分の対応は最善ではなかったと思うか?」



 この問いに、メクルは今一度自身に問いかけます。

 そして、一呼吸おいてから、胸を張りました。



「私は最低です、だけど学園とあの世界にとっては最善の結果だと思っています」



 背中を押してくれた二人のためにも、メクルは答えます。

 メクルの答えに天士会長は頷きました。



「ならばそれでいい、君は学園にとって正しいことをした、あの異世界も救われた、ならそれ以上は生徒会としてはないよ、今はそれでいい、任務ご苦労だった」

 


 なにか良いことを言ってメクルを励まそうとする天士会長ですが、ムキムキバキバキビクンビクンの上半身裸で何を言われてもなんだかピンとこないヒロとピーシーでしたが、メクルだけは何かを胸にしまったかのように一つ頷きました。



「よぉし、なぁ会長、話はまとまったってことでよう、報酬の話をしようぜ、な」



 そう、ヒロの当初の目的はまずこれでした。

 仕事には報酬、給料、ボーナス、これは雇う側が雇われた側に支払うべき義務です。

 義務のはずです。



「そうだな、ではなにか望みがあるなら言ってくれ」



 天士会長はそこの所をしっかりと分かっている立派な人間でした。

 そうでなければ、この御影学園の生徒会長を務める事など、不可能でしょう。



「よし! まずは俺からな、最初は休暇だ、三ヶ月もがんばったんだ、最低一ヶ月は欲しい、第7異世界『ラプアップ』での一ヶ月休暇、あとはいつもの口座にいつもの金額!」


「ラプアップ、確か火色君が救った異世界だったな、会いたい人もいるだろう、許可しよう」


「いよっし! さすが会長は話が分かるじゃねぇか!」



 その場で思わずガッツポーズをしたヒロでした。眩しい程の満面の笑みです。

 そんなヒロを押しのけたのはピーシーです。



「私、リアル、マネー、あとネズシーランドチケ」


「ほう、確かピーシー君は前回も同じ報酬ではなかったか?」


「マンション建てる、不労所得、多い大事、働きたくない、あとネズシーチケットは3枚」


「お、なんだよピーシー、俺らも連れてってくれるんかよ、可愛いところあるじゃねぇか」


「……ヒロ、荷物持ち」


「あんだとぉ!? やっぱりマフラー貸せ! 会長の乳首巻きにしてやる!」


「拒否! 無理! 拒絶!」



 ワーキャーと生徒会室を追いかけ逃げ回るヒロとピーシーの二人を見て、メクルは思わず笑みを溢します。



「すべて手配しよう、それで、綴喜君は何がいいか決まっているのかな?」



 メクルも最初から決めていました。


 この任務が始まった時、田中君の能力が分かった時、そしてその最悪の結果がもし自分に訪れたらと考えた時、思いついたことでした。





「――はい、今日一日、一日だけ、私に……自由をください、ちょっと――、って奴にいってきます」



 § § § 

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