僕の異世界 2

 

∞ ∞ ∞ ∞



 明朝。

 昨夜からの疲労で彼女がまだ深く眠っている事を確認してから、僕は静かに寝床を出た。消えかけた焚き火に薪を足してから服を着て、自分と彼女の荷物を手早くまとめる。


 最後に二本の片手剣を左右の腰に帯剣する。


 最初は辛かった重みに今は妙な安心感さえ覚えてしまうのだから、僕は本当に順応性が高いのだろう。


 少し身体を動かして異常が無いことを確認、焚き火から離れるように森の奥へ歩みを進める。朝日に温められた森はゆらりと白い靄を吐き出し、踏み込めば朝独特の湿り気と土の香りが心地いい。


 焚き火から百歩ほど離れた所で一度歩みを止め、後ろを振り返ってみる。




 …………やっぱり、




 謎の視線に気づいたのは昨夜の事、リムサと肌を重ねている最中だった。

 

 不躾なデバガメを斬り伏せに行く事も考えたが、そいつはこちらを凝視するだけで特にアクションを起こさなかった。リムサとの楽しい一時を中断するのも興ざめだし、むしろこんな美人で可愛い少女との行為を見せつけられて、またを膨らませているに違いないと思うと逆に興奮した。


 そのまま朝までリムサと楽しむだけ楽しんだが、交わった高揚感が薄れるにつれて少しずつ視線が鬱陶しくなってきた。二度寝の首を掻かれても嫌なので、ここらで狩ることにした。眠ったばかりの彼女を起こすほどでもない。



「もういいよ、ここなら彼女を巻き込まない、出てきなよ、覗き野郎」



 少し待っても、そいつは姿を現さなかった。

 鳥の囀りと、木々のざわめきの中、静寂が答えだとでも言うのだろうか。



「……そうかい、じゃぁこっちから探しに行こうか」



 僕は自分の中にある警戒のスイッチを一つ上げる。

 腰の片手剣の一本を引き抜こうと構えた。

 その時だ、



「ま、待ってください! 降参です! 今姿を現しますから、殺さないでください」



 声が返ってきて、驚いた。

 覗き野郎の正体が男だと思っていた僕に返ってきた声、それは少女のモノだった。



「女か、どこにいる?」


「近くにいます、危害を加えるつもりはありません、まずは話し合いをしたいのですが」


「そっちが何もしないならな、1秒待つ、すぐに出てこい」


「1秒って、まってくださいって言ってる間にもう1秒ですよ、今でます」



 ガサガサと少し離れた背後の茂みから音がした。


 次の瞬間、小さなリュックを背負った一人の少女が立ち上がって現れると、僕は思わず息を飲んだ。


 胸が鳴った。

 嫌な高鳴りだ。



「こちらに敵対の意思はありません、なので落ち着いてください」



 少女は膝についた汚れを払いながら茂みから出てきた。


 品の良い、お高い黒猫を思わせる少女だった。


 黒髪のショートヘア、黒目黒眉白い肌、コルセットスカートから伸びた長い脚。


 そして彼女は僕と同じぐらいの年齢だ。


 断言できる、賭けてもいい。なぜなら彼女が纏う衣服は、僕も知る“学生服”なのだから。


 いやな予感の理由がまさにそれだ。



「一秒を越えてしまいました、お待たせしましたか?」


「……あ、あぁ」


 声が上ずる、冷や汗が滲み出る、心臓が胸から出そうなほどに跳ねる。


「それは失礼しました、失礼ついでに不躾ながらお話をさせてもらっても?」


 どこか冷ややかな視線を感じる、彼女の風貌が冷たい魅力を放っているのも相まって、何か悪いことを咎められている気分になってくる。


 どこかの令嬢、清楚なお嬢様だと言われても十分納得できる見た目、だが彼女の恰好がイメージを瓦解がかいさせる。彼女は姫ではない、おそらく戦士だ。


 つまり武装をしていた、武器と防具。


 プラスチック素材だろうか、黒いエルボーガードに膝当てはサバイバルゲームで見かけるものだ。腕関節の可動を阻害しないミリタリー向けのデザイン。


 これは防具、問題はだ。


 フリルをあしらったブラウス姿に装着させているサスペンダー、そこに吊されたホルスターにはこの世界の技術力ではまず作ることができないだろう武器が収まっている。これはハンドガンだ。



「話し合いをするなら、まずはその銃を捨ててから覗いてたことを謝るべきじゃないか、というか学生が銃なんて持っていいのか? 銃刀法違反だろ」


「……それもそうですね、わかりました」



 そう言うと、少女は素直に左のホルスターから手慣れた手つきで銃を引き抜くと、スライドを引いて排莢はいきょうを始めた。そしてそのまま手を止めることなく、



「おいおい、まじでそれ本物なのか?」


「本物ですよ、心配ならフィールドストリップもします」


「ふぃ、すと? まぁいいよ、それで撃てないんだろ?」


「はい、撃てません、そしてごめんなさい、悪気は無かったのですが三日前から貴方達を監視していました」


「は? み、三日前からだって?」


「ええ、片時も目を離さずに」



 心の警戒スイッチをさらに一つ上げた。

 僕が気がついたのは昨夜からだ、そのずっと前から?

 嫌な胸の鼓動は増すばかりだ。



「悪趣味だな……、それで君は何者だ? 僕になんの用だ?」



 彼女は最後の弾を抜いてから、銃からマガジンを引き抜き、敵意の無さを示すように別々に左右の林へと投げ捨てた。



「そうですね、悪趣味なのは認めます。でもまず自己紹介を……初めまして、田中剛たなかつよしさん、私の名前は綴喜芽繰つづきめくる、国立御影学園高等部二年、図書委員に席をおくものです」





   ”国立御影学園こくりつみかげがくえん





 やはりそうだ、忘れるわけもない。

 僕にとってはこれ以上無いくらい忌々しい名前だ。

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