チートで護るコノ世界

@usaginokumahati

第0話 プロローグ 鬼笛信長は死神と出会う

  

 ただどこかへ行きたかった。

 

 遠いどこかへ、見知らぬ世界へ。


 そんな俺に――誰かが言った、人生は我慢の連続で、試練の連続で、理不尽で、先達さきだつ奴らが全てを握っていると。


 先ん出た奴らは、後からやってくる人間に追い越されまいと、綺麗な建前で作り上げた箱に人を押し込む。


 型にハメる、そのために叩いて切って四角にして、押し込める。


 そんな暗い箱の中、俺たちは貯め続ける。


 鬱憤うっぷん、怒り、ストレス、吐き気、疲労、嫉妬、敵意、悪意、憎悪、飢餓感。

 

 黙ってそれらを噛み殺し、拳を握っていると、彼奴等はこんな事を言ってくる。



 「お前には無理だ」

 「そこから出るな」

 「お前のためだ」

 「誰もが我慢してるんだ」

 


 前に出るな、後ろに遅れるな、横に並べ。


 うんざりだ、なにもかもにうんざりする、お前だってそうだろ?

 

 だから箱の中で夢を見る、ラッキーでチートでハッピーでリッチーな夢。


 こんなご時世だ、一発当てて、この腐った泥沼から出て行きたい、そうだろ?

 

 無敵のチートでハーレムを創って、好き勝手に、自由に行きたい、そうだろ?


 だったら、その鍵がここにある。


 一度回せば、扉が開き、エンジンが唸り、敵は血を吐き、吐瀉物に塗れながらお前を見上げる。


 こいつを使えばいい、そして鍵を回せ、拳を握れ、溜め込んできた自分自身で敵を撃て。


 撃て、撃て、そして殺せ、

 撃て、撃て、そして壊せ、

 撃て、撃て、そして稼げ、



 ここはクソったれの現実ニホンから16,914 km離れた、異世界だ!



 などと、本当になにを思ったのか……それを俺は信じた。

 歌舞伎町の胡散臭いバーで出会った胡散臭い男にそんな事を吹き込まれ、そしてそれを信じて、こんな国までやって来た。


 ここは宗教ラッキーチート麻薬ハッピーリッチーの国。


 ボリビア、南アメリカで最もクレイジナーな国、最も危険な国。


 稼いだか? 稼いださ、やろうと思えば誰でもヤレる、それがこの国の良いところだ。


 稼いで、稼いで、稼いで、稼いで、そして今日――、俺は死ぬ。




  § § § 




 ――、今日は午後から雨が降っていた、だから死ぬには良い日だと思った。

 

 夕闇迫る山道、こんな日のボリビア山岳地帯の道路は最悪だ。

 日本と違ってろくに舗装されていない道路はあっという間に泥濘ぬかるみになる。

 

 タイヤが地面をえぐれば悪路に早変わりで、前を走るオンボロの軽トラに泥を跳ね上げられた事に運転手は舌打ちしてからワイパーの回転速度を上げた。

 

 前の軽トラに負けじとオンボロな日本製の白バンがアクセルをふかして軽トラを強引に追い抜いた。運転手は苛立ちげに何かぶつぶつと喋っているが、後部座席からでは上手く聞き取れないし、そもそも彼は英語すら片言の現地人だった。

 

 せめて『煙草』と『ライター』と『お恵みください』という現地の言葉ぐらいは勉強してくるべきだったと今更ながらの後悔に眉を寄せていると遠くにだが目的地が見えてきた。

 

 もう使われなくなった列車の車両基地を改築した彼らの秘密基地らしい。


 今では新型のコークやアイスが製造されている、世界中の大人達が夢中にさせる夢のケミカルクッキング工場だ。


 で、俺にとってはただの処刑場だった。


 ワイパーが雨水を跳ねては滲むを繰り返し、幾度無く現れる目的地を見ていると、これから死ぬのだと何度も宣告されているようで気分が悪くなってくる。


 なのに同乗者のこいつらは便所の一つにも行かせてくれない。


 本当にサービスが悪い、レビューサイトには星1とクレームと書いてやる。




 § § § 




 オンボロバンのドアが開くと大勢のギャラリーが出迎えてくれる中、俺は尻を蹴られて外に叩き出された。


 手も足も結束バンドで拘束されているので上手く着地できるわけもなく、俺はそのまま泥濘んだ地面に倒れ込んだ。長雨になって既に周りは真っ暗、地面は二日酔いの後の便所みたいに臭くてドロドロ、オマケに跳ねた泥が口に入った、最悪だ、せっかく舌の裏に隠してあった飴玉が台無しだ。ミントドロ味になっちまった。


 4種類以上の異国語で喚き立てまくるギャラリーの中から、黒人のマッチョがやってきて俺を無理矢理立たせた、どうやらボスが処刑を直々に見に来られたとかなんとか言っているが、知ったことじゃない。


 ニヤつく顔に飴を吐いてやったら顔面を殴られた、それも銃のストックでだ。


 ……くそ、これ以上バカになったらどうする。


 ボヤける視界と雨の中を歩けと銃を突きつけられ、のろのろと歩く。

 

 おいっちにー、おいっちにー、せいぜい半歩しか歩けないのだから仕方ない。

 

 懸命に足を動かして、一面のコカ畑の中をノソノソ進むと、照明に照らされた少し開けた場所にでた。



「オオゥ! セニョールノブナガァ! ご機嫌はイカガダナ?」



 小型の発電機のエンジン音がどるどると唸る中、どでかい声を張り上げて一人の男が両手を広げ俺を歓迎してくれた、ボスのガラノフ・ティス・グレイマンだ。


 日本好きで好物は寿司、歌舞伎、あとは二丁目のオカマバーが大好きな豚の王様。


 ここらの大人のお菓子工場を仕切っている顔役の一人でもあり、歌舞伎町で俺に声をかけてきた胡散臭い男だ。



「コンナ、コトニナッテ、ザンネン、ムネン、かなしいネ」



 グレイマンが指を鳴らすと男達が型遅れの古びた自動小銃アサルトライフルを構える。


 総勢20名の兵隊が並び、俺の死刑を見たくて人差し指をうずうずさせている。


 よく見れば闘技場で何人か殴り倒した奴が混ざってる……あぁいや、違う、全員だ。



「なるほど仕返しか、八百長でしか俺には勝てないからって大人げないぞお前ら」


「ハハ、この人数にスデデ、殴られてシヌ、オコノミか? ノブナガ」


「あぁこれは慈悲ってわけか、優しいね涙がでるよ、そうだ最後にハグしてくれるか」


「オー、モチロン、モチロン」



 そういってグレイマンは本当にずぶ濡れの身体で俺をハグしてきた、ついでに尻を揉みやがった。くそったれの穴堀豚め、特大のトリュフでも喉に詰まらせて地獄に落ちろ。



「あぁありがとう、人肌ってのはやっぱり良いな、落ち着いたよ、ところで相談なんだが」


「ソレハヨカッタ、それじゃ、アディオス、さよなら、ノブナガ」


「おい話ぐらい聞けって! グレイマン! このくそったれ!」



 グレイマンが手を上げると、なんの気まぐれか雨がピタリと止む。

 神の使いか何かのつもりか、本人もご機嫌そうに微笑むと、手を下ろした。

 大いなる父よ、光あれか、くそったれめ。




 すぐに一発の銃声が聞こえた、まぁ俺にしては、まずまずの人生だった。



「…………あん?」



 いや、どうやら死ななかった。


 代わりに、グレイマンが腹から地面へと倒れた。


 ドシャリと泥が派手に飛び散る。

 

 全員の視線がデブに集まった瞬間、辺りが一斉に光に包まれた。

 

 何かが暗闇を照らしている、薄暗かった周辺がナイターの試合みたいに明るくなった。


 

 また一発ズドン


 

 空気が震える、雷だと思った、しかし違う、200万ボルトの稲妻よりも鮮やかな一発だ。

 また一人、男が泥の中へと倒れ込む。


 ここに来てようやく異常事態なのだと気付いた兵隊達が叫びながら物陰や畑の中へ飛び込んで隠れた。ドラム缶やエンジン式の発電機、壊れたトラクターの裏に隠れた奴らはバカだ、ろくにそのデカイ図体を隠せていない。


 また一発、言わんこっちゃない発電機の奴が倒れた。


 それをきっかけにそこら中から銃声が聞こえだした。


 空に向かって手当たり次第に撃っているのを見て、光の正体が飛行ドローンによるものだとわかった。

 

 一機じゃない、兵隊全員を追える程の数がそこら中に漂っていた。


 誰が? なぜ? なんのため?

 

 なんでもいいがこんなチャンスを逃すわけないと俺は地面へと倒れた。

 

 イモムシみたいに這いずって畑の中にでも隠れれば、なんとかやり過ごせるはずと必死に藻掻いていると、急に身体を持ち上げられた。

 俺をストックで殴ったデカブツ野郎だ。



「おい放せよデカブツ! こういうのは帰って嫁さんにでもしてやりな!」



 背後から羽交い締めにされて頭に銃口を押しつけると男は何かを叫びだした。


 そして近くのドローン目がけて片手で乱射すると何機かが落ちた。


 活気づいたのか他の兵士達もこぞってドローンを撃ち落とし始めると徐々に辺りが暗くなってきた。


 どこの組織の狙撃手かは知らないが、3人で限界なのか?

 お前ならまだやれる、がんばれ、諦めるな、誰かは知らないが。

 残り18人もいたんじゃ、俺にはどうしようもない。せめて後5人減らしてくれ。

 

 

 その時だ。

 


 視界を掠めるように何かが空を飛んでいった、黒い何かだった。


 俺を羽交い締めにしている男もそれには気付いたようで、飛んでいった先を一緒に見た。


 人だ、兵隊の一人が空を飛んでコカ畑にぶっ刺さっていた。


 トラックにでもはねられたのか?


 こんな畑の真ん中でか?


 そう思った瞬間にもう一人飛んできた。


 体重200キロを自慢していたファイターでトロくさいデブだったが、今はサッカーボールの真似でもしているのか、叫びながら廃車になっていたセダンのフロントガラスへ突撃した。 


 暗闇の中で何かが暴れている、直感でそう分かった。

 200キロの人間を投げる生物? 思いつくのはキングコング、ゴジラ、いやもうちょっとコンパクトだろう。


 なら恐らくハルクだ、次点でマイティーソー、希望していいならもちろんアイアンマンだ。だがどれも違った、暴れていたのは女子高生だった。



 あぁ? 、だ?



 ……女子高生だ、ヒーロースーツに身を包んだ金髪の女子高生らしき少女がお次は120キロある男を片手で持ち上げ照明の中へと現れた。



 ……なるほど……夢か。




「おーいメクルー、そっち投げるぞー、せーのっ」




 日本語だった、日本の女子高生が次の授業で使う教科書を投げ渡すみたいなノリで120キロの男を投げる。巨漢がフリスビーのように回転し、



『 ォォォォァアアッ!!!!ッアアァォォォォ 』



 ドップラー効果付きの雄叫びを上げて飛んでいった。



「oh,my……god」



 後ろの男がそう呟いた、その言葉なら俺でも分かる。

 男が飛んでいった先に、一人の人間が立っていた。

 いや人じゃない、あれは恐らく死神だ。


 ドクロのマスク、黒いフード、黒い防弾チョッキ、マガジンポーチを腰に巻き、両手にはサーモスコープを取り付けたスナイパーライフルときた。

 

 随分と近代的な死神だが、そいつは飛んできて呻き声を上げる男に銃を向けると即座に一発撃った。

 ドスンっと鳴って、男が一度大きく震えると、ピタリと止まった。

 命を持って行かれたのだ。



「……Santa Muerte……」



 背後の男が呟いた、サンタ・ムエルテ、死の聖母、死という概念そのものだ。


 この地方で崇められる、死という形で救いを与えてくる女神だ。


 死の女神はゆっくりとライフルを構えると、続けざまに撃った。


 ドスン、ズドン、ドスン、ズドン、まるで死神の足音だ。


 音が鳴る度に、そこらへんに隠れていた男達が声一つあげること無く倒れていく。


 そして最後に死神は俺達の前に来た。


 後ろの男は銃をその場に落としガタガタ震えている、こっちの背中に生暖かい湿り気を感じた、ちびってやがる、それも盛大にだ。


 ついには俺から手を放し、その場に跪くと両手を額の前に組み、祈り始めてしまった。なにを言っているかはわかる、死にたくない、だ。恐らくだが。


 だが死神はなんの慈悲もなく、その男も撃った。


 男は祈りながら死んだ、この中では幸せな方だろう。



「……で、最後は俺か? なぁ死神さん」



 生憎、神とやらは信じていない。

 おかげで祈りはいらないが、できれば煙草を一本吸いたかった。

 人間、人生の最後ともなれば、願うのはこんな些細な事なのだろう。



「まぁいい、さっさと殺せよ、痛いのは嫌いなんだ、ちゃんと頭を――」


「――いえ、? 全員寝てるだけです」



 ……まて、なんて言った? 



鬼笛信長きてきのぶながさんですよね?」



 死神は俺の名を呼んだ。人だ、いや人なのはわかっていたが、そこじゃない、こいつは女だった。それも少女みたいな幼い声だ。



「今から無人の車が来ますから、それに乗ってください、空港まで自動で走ります、パスポートと着替えは後ろのトランクに、現金はダッシュボードの中に少し入っているので、フライト前にシャワーを浴びた方がいいですね、怖かったのはわかりますけど、さすがにで飛行機に乗ると怒られますよ」


「ち、違う、まてまて、これは俺が漏らしたんじゃない、誤解……、いやいや、そうじゃないだろ、なんだ、どうなってる?」



 なにがどうなってる、やっぱり夢なのか、現実味がなさ過ぎる。



「あ、一応、私達の事は部外秘ということでお願いします、お礼ならお兄さんに言ってください、それじゃまた今度、日本で」



 そう言い残し女神は闇夜に消えようとしていた、呼び止めるべきか、素直に従うべきか悩んで、俺はバカな事に好奇心が勝ってしまった。




「ちょっとまってくれ、お前達は……――何者だ?」




 答えは返ってこないと思った、だが女神は一度だけ振り向いて、




「私達は日本の女子高生ですよ、ちょっとだけ普通じゃない女子高生です」




 そう言ってドクロのマスクを外した彼女は、どこか楽しげに笑っていた。

 綺麗な日本人の少女だった。

 そして彼女はドローンの放つ光の中へと消えていった。

 



§ § § 




 後で分かった事だ。


 ボリビアでカルテルの賭け格闘試合に小遣い稼ぎのつもりで挑んだ俺は八百長試合を申し込まれ、つい勢いで倒しちゃならない男を倒した。


 その後の顛末は分かりやすいお決まりの型にハメられ、死にかけたところを死神女子高生とその仲間に助けられた。めでたしめでたし。


 で、終わるわけもなく、もちろん俺は調べれるだけ調べた。


 彼女たちは何者か?


 分かったことは彼女達を雇ったのは我が家の愛するクソ兄貴で、とある日本の特別な学園に所属する、特別な部隊の、特別な少女達だと知った。




   学園の名は、『国立御影学園こくりつみかげがくえん




 裏の世界じゃ有名な話だ、噂だけは聞いている。


 なんでも超能力者を集めている学園という噂だ。

 

 笑える、X-MENかよ。学長はスキンヘッドか、それとも若い頃の方か、なんにせよアホらしい。

 

 あぁでも俺のこの話を映画化するなら監督はガイ・リッチーが良い、特にホームズが好きなんだ。


 なんて事を日本に帰ってきた俺は考えていた、――あの死神女JKから電話がかかってくる、その日までは。







『お久しぶりです、鬼笛さん、仕事の依頼があるのですが……よければ私達の学園に来てもらえませんか?』

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