飛行機雲 その2

 彼女も別れを悲しく思っているのか、僕達に間に会話はほとんどなかった。ただ時間だけが過ぎていく。もう出発までの猶予はほとんど残されていなかった。

「そろそろ行かないと」

彼女は言われて始めて気づいたようだった。

「もうそんな時間に。ちょっと待って」

 そう言うと彼女は自分のキャリーケースを机の上に置いて開いた。白いTシャツが飛び出してくる。それを横にどけて何かを探している。ケースの中身はほとんどが衣服だった。それをかき分けて探すので、机の上はこぼれ落ちた服でいっぱいになった。

「ない、ないない」

 彼女には余裕が無くなっていた。涼しいのにうっすらと汗が出て、目はせわしなく動いている。

「一体何を探してるんだ?」

いつきに渡そうと思って、出発の前に」

ケースの中身を全て出し、収納スペースを全部探ったが見つからなかった。

「せっかく作ったのに」

彼女は見て分かるほどに落ち込んでいた。僕は彼女の肩に手を置いて慰める。

「ありがとう。その気持ちで十分だ」

だが彼女は俯いたままだった。

「じゃあ、こうしよう。もし見つかったら次に会うときに渡してほしい。それまで待っておくからさ。それでいいだろ」

「分かったわ」

落ち込んだままだったが、そう言った。僕と彼女は二人でキャリーケースに荷物を詰め込み、飛行機の搭乗ゲートに向かった。




 搭乗ゲートに着いた。彼女はキャリーケースを預け、ゲートを通る。その瞬間辺りに響き渡るブザー音。ゲートの傍にいた警備員が彼女を連れ戻した。持っていた先に輪が着いている棒で体に身に付けられている金属を探す。まんべんなく体に棒をかざしていると、彼女の胸の辺りで音が鳴った。

「この辺りを探してもらえますか」

 彼女は来ていた上着を脱ぎ、そのポケットを探ったが何も見つからなかった。少し考えた後に手を服の首のあたりから突っ込んだ。少しごそごそした後、彼女が服から手を取り出すと何かが握られていた。なぜそんなところにあるのだろう。僕と警備員は彼女をポカーンと見つめていた。

「やっと見つけた。これを樹に渡したかったのよ。手作りだから大事にしてね」

 彼女が渡してきたそれを受け取った。それはお守りだった。赤色の袋の上部を白い糸で結ばれている。よく神社で売られているものと似ている。違うのは健康祈願や交通安全などの文字が何も書かれていない事だった。

「ありがとう。このお守りは何の効果があるの?」

「これを持ってたら樹は私の事を忘れないでしょう。それに持ってさえいれば私はあなたの愛を感じることが出来る」

「本当にありがとう。大切にするよ」

 お守りは単一電池一つ分ぐらいの重さがあった。持っている手に、ずっしりとその存在を象徴している。これなら彼女の事を片時も忘れることはないだろう。

 彼女はゲートをくぐった。今度はブザーは鳴らなかった。ゲートを挟んだ僕と彼女。そのわずか数メートルの距離が僕には果てしなく遠く、もうどうやっても縮めることのできないものに思えた。

「それじゃあ、さようなら」

「またな」

 僕たちは手を振って別れた。

 音を立てて飛行機が飛んでいく。雲一つない真っ青な空に、伸びる一本の白線。もうあんな所に行ってしまったのか。空の上と下。見つめているうちに飛行機の姿は消え、飛行機雲も次第に青空に溶けてしまった。しばらくの間僕はそこを動けないでいた。




 そういえばどうしてこのお守りは金属探知機に引っかかったのだろう。強く握ってみると、硬い感触が袋の中にある。縛ってみる白い紐をほどいてみようか。

 再び携帯が振動した。彼女からメールが帰ってきている。どうやら彼女は次の駅にいるらしい。


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