愛のかたち スマホのかたち

 次の駅に着いた。高校生ぐらいのカップルが乗って来る。彼らを乗せた後電車は動き出した。彼らの仲は熱いらしく、それぞれの手を恋人つなぎでつないでいる。

「ねえ、かー君。私の事好き?」

「もちろん。世界で一番好きだよ」

「じゃあ証明して、ほらここで」

「えーー」

 彼は全く困っていない様子で、そんな声を上げた。二人ともなぜか妙にゆっくりとした話し方だった。少し辺りを見渡した後にキスをした。それぞれが寄りかかり、まるで全体重を唇で受け止めているように見える。お互いに目を閉じていた。

 彼らは周りの視線をまったく気にしていない。車内は何とも言えない奇妙な雰囲気になった。こんなところでするのは馬鹿だ。いかにもつき合い立てのカップルというイメージがする。でも僕は少し女の子に共感した。愛をキスという行動で示させる、目に見える確実な形で証明してほしい。なるほど、それは僕の事でもあるかもしれない。

 僕はこれまで色んな女と付き合ってきた。でも上手くいったのは彼女一人だけだった。別れた女の子達は、愛が重すぎる、相手に求めすぎ、本当に私の事見てるの、と言った。彼女達は悪くないし、僕も悪くないのだろう。多分バランスが悪かっただけなのだ。相手が求める物と自分が求める物。その差が決定的な溝を作ってしまう。その点で言えば彼女と僕が求める物は同じだったように思える。


 愛を信じることが出来なかった。なぜ目に見えない物を信じることが出来るんだろう。思いを言葉にするぐらいじゃ足りない、行動で示さないと。




・・・

 あれはつき合い始めた時だったはずだ。高校から二人で歩いて帰っていた。季節は春で、まだ少し寒さが残っていた。同じ教室内で彼女は皆に愛されていた。そんな彼女を見て、僕はなぜか惹かれた。愛されている人間を好ましいと思ったからだろうか。意味は無いのかもしれない。昆虫が夜の明かりに惹かれるようなものかもしれない。

 彼女は僕のスマートフォンに入っている女性の連絡先を消すように求めてきた。心配せずとも最初から消すつもりだったが、先に言われてしまうと少し悔しい気分になる。目の前で消した後、ふと思いついて地面にスマホを叩きつけた。それを踏む、踏みつける。意外に硬かったが、数回繰り返すうちに液晶画面にヒビが入った。そこを狙ってかかとを落とす。ヒビは広がり、画面全体を覆った。これ以上は人力では無理だと悟り、道路に投げ入れる。車の往来が激しく、その様はヌーの大群に似ていた。車が投げられたスマホの上を通過して割れる。複数の破片に形を変えたそれは、車の流れに身を任せ飛んでいった。後に残ったのはアスファルトに張り付いた赤い部品だけだった。しっかりと地面に押さえつけられ、どこにも行けそうにない。それは車に引かれた昆虫が、でも確かにそこにいたという証しを残すために地面に付けていく、はらわたに似ていた。




 彼女は驚愕の表情を顔に浮かべていた。まさかそこまでするとは思っていなかったのだろう。僕は彼女が思い違いをしていないか心配になった。連絡先を消せと言ったから怒ってスマホを破壊したと思われていないだろうか。彼女に誤解されて罪悪感を感じてほしくはない。ただ愛していると示したいだけなのだ。真意を伝えるために口を開いたが彼女は手を上げてそれを止めた。道路の方を向き、アンダースローで自分のスマートフォンを投げ入れた。音を立てて消えた。地面に部品がくっつくことも無かった。

「どう、私も捨てたけど」

彼女は少し誇らしげな顔をしていた。この時この子は本物だと確信した。僕たちは笑いながらその足で携帯を買いに行った。

「僕はこのガラケーにしようかな」

「え、そんなのにするの。じゃあ私はポケベルで」

「最近サービス終了しただろうが」

 そんなこんなで僕はガラケー、彼女はスマートフォンを買った。でも何も恐れる事は無い。さっきスマホを捨てることができた僕らだ。愛は確かに存在する。

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