第32話 ゴブリン戦

 ゴブリンであろう魔力を察知した、俺とエミリーは先に気付かれないよう慎重に忍び足で進む。クレアはまだ魔物の魔力を捉えられないようで、俺達のあとをついてくる。


「この辺りのはずなんだけど……いた!」


 木々の隙間からゴブリン達が何やら食事をしているのが見えた。四体のゴブリンが絶命した熊を囲み肉を食らっている。その内の一体は他のゴブリンに比べ倍くらいの大きさだ。あれがリーダーか。


「レイン、逃げられたら面倒だから魔法で一気に仕留めちゃいなさい」


 エミリーが小声でアドバイスしてくれる。


「わかりました」


「それと……」


 何か言いかけたようだがクレアが割り込んできた。


「ねぇねぇ、どこにいるの? 私も見たいんだけど」


 俺の肩を押し退けて前に出てきた。


 バキ!


 その時クレアが太い木の枝を踏みつけてしまった。


 このバカクレア!


 ゴブリン達はその音に反応してこちらを見る。そして、一番大きなゴブリンが何かを指示しているようだ。


 逃げられたら面倒なので、俺は右手を前に突きだし躊躇いなく魔法を唱える。


「ウォーターボール」


 水の中級魔法を唱えた。森の中で火の魔法を唱えるほど俺はバカじゃないのだ。


「バカッ! やめなさい」


 エミリーのやめろと言う声が聞こえたがもう止まれない。バカ? 俺が? 何か間違ったことでもしただろうか……と、思った瞬間直径三メートルはありそうなバカでかい水球が目の前から飛び出した。


「えっ、なんで……」


 目の前の木々を薙ぎ倒しながら、四体のゴブリンをまとめて飲み込んだ。巨大な水球はゴブリンに直撃した瞬間轟音と共にはじけ、大量の水が津波のように俺達まで巻き込んだ。


 …………びしょびしょだ。何故だ。今まであんな巨大な魔法など使ったことがない。なんで急に……あっ!


 腕を見ると昨日まで着けていた物がないことに気付いた。


 同じくびしょびしょになったエミリーが口を開く。


「気付いたようね。あなたは今までは学校の腕輪で魔法の出力を十分の一に押さえられていたのよ。あなたが外した状態で中級なんて使ったらこうなるわよ。あなたならゴブリンなんて初級で十分」


 と、説明してくれたが正直あまり話の内容が入ってこなかった。なんせエミリーさんの服は濡れたことにより、黒い下着が透けて丸見えになっている。服の上からでは分からなかった豊満な胸の谷間が写し出されていた。


 視線を外すと白の下着が透けているクレアが目に飛び込んできた。こちらもエミリーほど育ってはいないが、はっきりと山は存在していた。意外にあるんだな……あまりの衝撃に自分の顔が紅潮していくのが分かる。


 エミリーも、クレアもまだその状態に気付いていないようだったが、俺の様子で何かを感じ取ったのか、はっとして自分の様子を確認している。


 ……まずい。


 予想通り、クレアの甲高い声が森の中をこだました。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」


 自分の透けた体を手で覆い隠すようにして、その場にしゃがみこむ。そして、うっすら涙を浮かべた目で俺を強く睨み付ける。エミリーは特に動揺する様子もなく平然としていた。さすがは大人の女性だ。


「わざとやったでしょ。あんな大げさな魔法使っていやらしいことするなんて。見損なったわ、この変態、スケベ、痴漢男!」


 スケベなのは仕方ないとして、決して変態ではないし、ましては触ってもないから痴漢でもない。でも確かに悪いことしたな。


 俺は自分の着ているマントを脱いで、クレアに渡す。


「ほんとごめん。でもわざとじゃないから。濡れてるけどこれ来てろよ」


 クレアは睨み付けたままマントを受け取り、体を隠すように纏った。


「つぎやったら、絶対許さないんだから」


「あぁ、気を付けるよ」


 クレアはゆっくり立ち上がる。


「あら、クレアだけズルい。私にはないのかしら?」


 エミリーが意地悪なことを言ってくる。


「すいません。他に大きな布がなくて……」


「ふふふ、いいのよ。こんな布切れ見られたくらいどうってことないわ。クレアも慣れなきゃ。ハンターしてたら、水浴びしてたら覗かれるとかよくある話よ」


「そんなことしたら、両目とも潰すわ」


 真顔で恐ろしいことを言う。チャンスがあっても、止めておこう……


「それより、ゴブリンをちゃんと倒せたか確認しましょう」


 エミリーはゴブリン達がいた場所へ歩いていく。


 確認? 見たところゴブリンの姿も死体も見えないがと思いエミリーさんのあとを追うと、何かを拾い始めた。


「あった、あった。これが魔物の結晶よ」


 手に持っていたのは四つの黒い宝石のようなものだった。一つだけ少し大きく、残りは直径一センチぐらいのビー玉のようなものだった。


 なんでも魔物は絶命すると体が結晶化して魔石というものになるらしい。これをギルドに渡すことで、依頼達成の証明となるようだ。魔物の種類によって、色や大きさが異なるらしい。


「じゃあ依頼は達成ですね」


「そういうこと。じゃあ早く帰りましょう。また次のクエスト探さなきゃ」


 そうだ。俺達はもうすっからかんだ。少しでも良い暮らしができるように早くランクを上げないと。


「じゃあさっさっと帰るわよ。クエストの報酬で部屋着も買わなきゃ」


 クレアが先導して歩きだす。


 ん? 何かをいるぞ。俺のサスペクトが魔力を察知する。まだ遠いが森の中だ。


「クレアちょっと待って!」


「何よ、急に。びっくりするじゃない」


「いや、俺達以外の魔力を感じる。たぶん魔物だ。しかもゴブリンよりかなり強い」


「私はまだ何も感じないけど……いや、いた! どんどん近づいてるわね。これは……確かにやばいわね」


「私には全然わからないわ」


 クレアはそうだろうね。たぶん自分の視界内しか察知できてないだろう。


「やるしかなさそうね。私も手伝うから」


「お願いします。クレアは今回もお休みだね」


「またぁ。でもやばくなったら私も黙ってないから。さっさと片付けるのよ。あとウォーターボールは禁止ね」


「はいはい。エミリーさん、そろそろ来ますよ」


 森の木々がバキバキと倒されながらそれが近づいてくる。


「わかってるわ」


 そう言うと、エミリーさんは真っ直ぐ魔物が現れるであろう方向を見据えながら鞘から鉄の剣を抜いて構える。


 何が来ようと、クレアは俺が守る!


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