第33話 未知の魔物

 その魔物はとにかく大きかった。四足歩行で肩まで二メートル以上、体長は五メートル以上はあるだろう。体はライオンのようで色は赤く、尾は蠍のようだ。蝙蝠のような翼も生えていた。


 魔物は俺達を確認すると立ち止まり、警戒するように見定めているようにも見えた。


「マ、マンティコア……なんでこんな所に……」


 エミリーはその魔物を知っているようだった。俺は聞いた事が無い魔物だ。


「マンティコア? 強いんですか?」


「私も実際戦ったことはないけど……噂では過去ある国に現れて一匹で軍隊を一つ壊滅させたって聞いた事あるわ。しかも好物は人らしいわ」


 一匹で軍隊壊滅させて、好物が人って……なんて恐ろしい魔物だ。


 マンティコアは突然咆哮を上げた。地面が揺れ、空気が震える。常人ならそれだけで気を失うほどの威圧感だ。しかし俺達の中で戦意を失う者はいない。むしろクレアがやる気になり、剣を抜いている。


「おい、クレア駄目だぞ」


「わかってるわよ。でもあんたが負けそうにになったらやるしかないじゃない」


「大丈夫だって。エミリーもいるし」


 エミリーはマンティコアから目を離さぬまま左手の親指を立てて合図した。


「わかったわ。あんまり苦戦しないでよね」


 そう言うと、溜息をつきながらしぶしぶ鉄の剣を鞘に納めていた。


 俺は安心して再びマンティコアに目線を移す。その刹那、マンティコアは物凄いスピードで突っ込んできて、禍々しい爪を振るってきた。


 やばっ! と思った瞬間、俺とマンティコアの間にエミリーが割って入り、その爪を鉄の剣で受け止める。


「集中して! 私が隙を作るから、その時に魔法で援護して!」


「はい! ありがとうございます」


 エミリーは爪を剣で弾き飛ばすと、飛び上がりマンティコアの顔面を切りつける。鮮血が舞い、マンティコアは怯んで俺達から距離を取る。顔面から血は流れているが傷はそれほど深くないようだ。


「レイン、今よ!」


 この魔物はきっと初級魔法じゃ倒せない。少し怖いが中級魔法でいくしか……


「エアスラッシュ」


【エアスラッシュ】


 風の中級魔法。突風が対象を襲い、風の刃が切りつける。


 自分の周りに突風が吹き荒れる。堪えていないと自分自身も吹き飛びそうだ。そして刃となった風が次々にマンティコアに襲い掛かる。


「ゴアァァァァァァァァァ」「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 魔物の叫び声と同時にクレアの叫び声も聞こえた。まさか攻撃を受けたのか。魔物の状態を確認するよりも先に振り返る。


「クレア、だい、じょう、ぶ、か?」


 突風の吹き荒れる中、捲れ上がるスカートを必死に抑えているクレアがいた。チラチラと白い下着が見え隠れしている。


「ばかぁぁぁぁぁ! 見ないでよ!」


「ご、ごめん」


 慌ててマンティコアに視線を戻す。風の刃により様々な傷を受け、血だらけになってはいるがまだまだ倒すには至らないようだ。中級でも無理なのか……ならば上級魔法を撃つしかない。しかし中級魔法でも周りを巻き込んでしまうのに上級魔法を撃てばどうなるか分からない。下手すればパーティー全員にダメージを与えてしまう。


 俺が真剣に悩んでいると後ろから低く、暗い声が聞こえてくる。


「絶対わざとだわ。やっぱり変態なのね。覚えてらっしゃい」


 こんな時にわざとスカート捲りなんてするかよ……それにそんなヒラヒラスカートでクエストに来るのが間違っている。それじゃあ動き回ったら勝手に見えるよ。それにしてもこの魔物を倒した後にまた修羅場があると思うと憂鬱になる。まぁ良いもの見れたからしょうがないか。


「レイン! 戦いの時に何ニヤニヤしてるの! とにかく攻め続けてダメージを与えていくわよ!」


 エミリーに怒られてしまった。集中しないと。下着を見れたぐらいで満足してどうする。ここで死んでしまったらそれ以上を味わえないじゃないか。なんとしても切り抜けなければ!


 エミリーは魔物の懐に飛び込み、高速の剣技で次々に傷を作っていく。しかし剣の質が悪いのか対したダメージにはなっていないようだ。剣の方もやがて耐え切れなくなり折れてしまう。俺も隙をみて初級魔法を撃ちこんでいくが、同じようなものだ。


「このままではジリ貧ね。どうしたものかしら……」


 エミリーは既に二本の剣を折っており、今は最後のクレアの鉄の剣を握りしめている。


「上級魔法を撃つしかないのでは」


「…………」


 エミリーはしばし無言だったが、軽く頷き、


「クレア、すこし下がっていなさい。いやできるだけ離れて。私は今からあの魔物をできるだけあなたから引き離すから、私が叫んだら上級魔法を放ちなさい」


「えっ、それじゃあエミリーを巻き込んでしまうんじゃ……」


「大丈夫、大丈夫。私これでも強いのよ。まぁこの程度の魔物に苦戦して言えることじゃないんだけどね。とにかくレインの上級魔法に巻き込まれたぐらいで、どうかなっちゃうとか無いから安心して打ちなさい」


 エミリーは笑顔を作ってそう言うが嘘だ……その作戦が可能なら既に実践しているはずだ。ここまで引っ張他ということは最後の切り札なのだろう。死なないまでも確実にダメージを与えてしまう。味方を傷つけるなんてそんなこと俺にはできない。


 俺が無言でいると、エミリーが険しい顔で俺に言い放つ。


「レイン、甘えるな! 時には何かを守るために味方を犠牲にしてでも成し遂げないといけないことがあるのよ。覚悟しなさい! それに大丈夫って言ってるでしょ。パーティーなんだから信用しなさい」


 最後は再び優しい笑顔を俺に向けていた。エミリー……なんて男前なんだ。クレアがいなかったら惚れていたかもしれない。


「わかった。上級魔法打つのでよろしくお願いします。クレア! 聞いていただろう。エミリーの言う通りにするんだ」


「わかった……ごめん……」


 何もできない自分が悔しいのだろう……拳を力いっぱい握りしめ、手から血が滴り落ちている。そして一目散に走り出す。エミリーはそれを確認すると鉄の剣を握りしめ、マンティコアに向かって再び切りかかる。どんどんマンティコアを後方に押し込んでいく。そしてやがてエミリーの最後の剣が音を立てて折れる。


「今よ!」


 エミリーの叫ぶ声が聞こえた。


 ちくしょう、ちくしょう! いざという時に味方を巻き込むなんて、こんな魔力持ってても無駄じゃないか! ちくしょう!


 思い通りに魔法を操れない自分が情けなく、自分自身に怒り、涙が一粒溢れた。


 そして右手を伸ばし、上級魔法を唱えようとしたその時だった。またあの女の子の声が聞こえた。


「しょうがないなぁ。手伝ってあげるよ。と・く・べ・つ・だよ」


「ブリザードコンプレッション、えいっ」


 俺の掌から水系の魔法が放たれようとしていた。


「ちょっと待て! 俺はこんな魔法唱えていない」


 それはただの上級魔法ではなかった。それよりも上も上。俺の使える最強の魔法、究極魔法だ。


 やばい! こんなの撃ったら本当にエミリーが死んでしまう。しかし止めようにも体が言うことを聞かない。そしてとうとう魔法が放たれた。


「くそぉぉぉぉぉぉぉ」


 しかしその魔法は想像と異なり、手毬ほどの大きさの白く輝く氷の弾丸が目で追えない程のスピードで音を立てながらマンティコアに向かって直撃した。


 すると見る見るうちにマンティコアは凍り付き、粉々に砕け散った。


「なんだ……今の技は……」


 俺は魔法を放った自分の手をしばらく見つめていた。


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