第20話 待ち望んだこの日

 俺は今日も一人で登校前に病院へ向かおうと歩いていた。病院はクレアの家と学校の間にあるので帰りだけでなく、朝も毎日通ることになっていた。ただでさえ眠いのに、気持ちまで落ち込んでしまう。


 それに昨日俺は見てしまった。あの常に強気のクレアが涙を流しながら木刀を振っていた姿を。今日はなんとなく病院には行き辛く憂鬱になっていた。


『でも、カバンも置いたままだしなぁ。さすがに2日連続手ぶらで学校はまずいよな……それに毎日お見舞いに行ってたのに、今日行かなかったらさすがのクレアでも心配するかもしれない』


 と悩みながらしばらく歩いていると、クレアと毎日待ち合わせをしていた大きな木が見えてきた。ん? 木の下に誰かいる……俺は自然と駆け足になった。はじめは遠すぎて人が立っていること以外何も特徴が分からなかった。


 でも何故かそれが誰であるか確信していた。息を切らしながら近づくと、そこには肩まで伸びた金髪の髪が風で爽やかに舞う女性が立っていた。


 俺は全力で走ったせいか、胸が苦しく、息が荒くなり、膝に手をついてハァハァと激しく呼吸している。すると、懐かしいセリフが聞こえてきた。


「遅い! 私を待たせるなんていい度胸してるわね。五分前には着いておくのが基本でしょ」


 その言葉を聞くと疲れて辛いはずなのに、自然と笑みがこぼれ顔をあげる。


「ごめん、今度からは気を付けるよ。そしておかえり」


 俺がそう言うと、クレアも満面の笑顔になる。


「うん、ただいま」


 あぁ、俺はずっとこの笑顔が見たかったんだ……俺の生活に足りなかったのはこれなんだ。そう思うと目から一粒の涙が流れた。それを皮切りに涙が止まらなくなった。


「ばっばか! 何泣いてるのよ。もう泣き虫なんだから。これ使いなさい」


 クレアがカバンからハンカチを取り出す。


 俺はハンカチを受けとると止まらない涙や鼻水を拭き続けた。クレアも今日はなんか優しいな。いつもだったら汚いとか言ってこんな事してくれないのに。


 少しすると落ちつき、涙も止まった。


「ごめん、落ち着いた。ハンカチありがとう。洗って返すな」


「別に返さなくていいわよ、あんたのだから。私のハンカチ貸すわけないじゃない、汚い」


「えっ」


 ハンカチを見てみると見慣れた紺色の如何にも男物といったデザインだった。たしかに俺がいつも使ってたものだ。


 クレアを見ると足元に二つのカバンを置いていた。俺のカバン持ってきてくれたんだな。


「あんた昨日病室にカバン忘れていったでしょ。ほんとドジね。それに私にカバン持ちさせるなんていい度胸してるわね。今日はお詫びになんか奢りなさいよね」


「はいはい、ありがとうございます」


「はいはい?」


「はい、奢らせていただきます」


「よろしい」


 相変わらずのドSっぷりである。しかし俺はこのやり取りが嫌ではなかった。俺の止まっていた日常が少しだけ戻ってきた気がした。


 二人で学校まで並んで歩いた。普通に歩いている姿を見る限り日常生活を送れるくらいには回復したのだろうか。


「なぁ、クレア。退院するなら昨日教えてくれてもよかったんじゃない?」


「だって、教えたら面白くないじゃない。でもまさかあんな泣き虫姿が見れるとは思わなかったわ」


 クレアはクスクス笑っている。


「それは忘れてください。ところで怪我はもういいのか?」


「とりあえず日常生活は普通大丈夫かな。戦うのは2週間くらい待ちなさいだって。私は今すぐにでも戦えるのに、大袈裟なのよ」


 そうか……まだ完全じゃないんだな。もしその間にクレアの敵が現れたなら全力で守らなければ。


 学校へ着き、教室へ入ると既に登校していたクラスメイトがクレアに視線を向ける。席に座るとクレアは多くのクラスメイトに囲まれていた。


「もう怪我は大丈夫なのですか?」


「今回の件はほんとに残念でした。私もくやしいです」


 様々な声をかけられているが、クレアは嫌な顔をせず一つ一つ答えている。この辺りはしっかり貴族として振る舞えていた。しかし教室の後ろの方で誰かが呟いた一言で一変した。


「なんであんな犯罪者とまだ一緒にいるんだ?」


「ばっばか、やめろ。声がでけぇよ」


 一緒に話していた奴が静止したがすでに遅かった。


 クレアは席をたち、後ろに座っている男に詰め寄り、胸ぐらを掴み体を持ち上げた。男は恐怖で目を瞑って歯をくいしばっていたが、


「くっっ…」


 クレアは急に苦痛の表情を浮かべ、その男を放す。すると男はその場に尻餅をつくが、クレアも持ち上げた腕を押さえている。やはりまだ怪我は治っていないんだ……


「とにかく、レインが私の召し使いなのは変わらないわ。それに悪いのはボルタだけよ。レインは関係ないの」


 クレアは教室に響くように言い放ったが、いつものような力強さというか、迫力というものは伝わってこなかった。


 尻餅をついていた男がニヤッと笑ったのを俺は見逃さなかった。あいつなんかよからぬことを考えてるんじゃないだろうな。

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