第21話 もしかして同棲ってやつか

 その日の学校は何事もなく終わった。いつも通り午前中は座学の講義を受け、午後からは模擬戦をおこなった。クレアはまだ戦えないので見学していた。最初はおとなしくしていたが、途中からは他の生徒の模擬戦にあれこれ口出しして、リタ先生に止められていた。


「さぁ、帰るわよ」


「あぁ、でもちょっと待ってくれ」


 俺は使った荷物を鞄につめていた。でも何かこういった何気ないやり取りも久しぶりだな。ん? そういえばクレアはこれからどこに暮らすんだ。まだ新しい屋敷はできてないようだが。


「全く私を待たせるなんて偉くなったものね」


「そんなんじゃないよ。でもクレアはこれからどこで暮らすんだ? 町の宿にでも泊まるのか?」


「あんたと同じよ」


 クレアは少し顔を赤らめながら、俺から目線を外して答えた。


「え? 同じ?」


「そうよ。私もエミリーさんの家にお世話になるのよ。何か文句ある? それより早く帰るわよ」


 顔が若干赤いのは変わらないが、今度は俺を睨み付けるように言った。


「文句はないけど。じゃあ帰ろうか」


 文句どころか嬉しかった。エミリーさんの家とはいえ、好きな女の子と同じ屋根の下に暮らすのだ。一緒に暮らすことを想像するだけで毎日が楽しくなりそ……いや、大変になるのか? でもどちらにしても俺には喜ばしいことだった。毎日の登下校も寂しくなくなる。


 学校を出ると、町の方に向かうトールとリリーが見えた。二人は手を繋いでいた。


「ねぇ、あの二人っていつから付き合ってるの?」


「うーん、気づいたら仲良くなってたけど。最近じゃないかな。俺も付き合ってるとは聞いたことないし」


 実際、一緒にいることは沢山見ているが、手を繋いでいるのは初めてみた。正直俺も驚いたのだ。


「ふーん」


 クレアはそう言うと特に冷やかすこともなく、二人が歩いていくのを見届けていた。


「あんた悔しいんじゃないの? リリーはあんたの事が好きなのかもって私は思ってたんだけど」


「バカ言うなよ。そんなわけないじゃないか」


「ムキになっちゃって。怪しいわね」


「ムキになんてなってない」


 俺が拗ねたように言うとクレアは笑っていた。


 俺達は手を繋がないまでも、二人並んでエミリーさんの家に向かった。周りからみれば俺達も付き合っているように見えるだろうな。そう思うと顔がにやけてしまったようだ。


「なに? 気持ち悪いわよ」


 クレアは若干引き気味だった。潰れた虫を見るような表情だ。


 歩いているといつものようにクレアの屋敷があった場所に近づいた。クレアはまだ建設途中の屋敷をただ眺めているようだったが急に口を開いた。


「あーあ。きれいに無くなっちゃったわね。新しくなるから別にいいんだけどね。けどお金はほとんど無くなっちゃった。もう執事もメイドも雇うお金なんかないから、家が完成したらレインにしっかり働いてもらわないと」


「えっ、俺クレアの執事になるの?」


「執事というか、お手伝いさんね。安心して、あなたの部屋も用意してあげるから。いつまでもエミリーさんのお世話にはなれないでしょ」


 寝耳に水だった。ほんとうに召し使いになってしまうとは……けどこれは本当に同棲ということになるのか。召し使いから旦那様に昇格というのもありだな。


 再びニヤニヤしてしまったようだ。


「ねぇ、レイン? 悪いことはいわないからその表情は止めたほうがいいわよ。気持ち悪すぎて殴っちゃいそうだから」


「あっ、はい。すいません」


「もう相変わらずバカなんだから」


 無くなった家を見ているときは暗い表情だったが、俺をバカと言うときは満面の笑みを浮かべていた。ほんとクレアは俺の悪口を言うときに笑顔になるな。でもそれでいい。これからもクレアが笑えるのなら俺はどんなことでもしよう。


 気持ち悪いと言うときの顔はあまりみたくないが……あんな表情は今後もされなくていいな。


 エミリーさんの家に着くと、いつも通り元気に出迎えてくれた。


「おかえりー」


「ただいまー」


 俺はいつも通り答えたが、クレアは少し緊張しているようだ。


「お邪魔します。エミリー=ファニングさん、この度は家の無い私を助けて頂きありがとうございます」


 クレアは初対面用のできるだけ丁寧な挨拶をした。


「いつも通りでいいのよ、クレアさん。クレアさんの住んでた家よりはかなり狭いと思うけど自分の家と思ってくれていいから。それに、私のことはエミリーと呼んでね。それにあなたのことはレインからよーく聞いてるし」


「え、エミリーさん、それは……」


「あー内緒だったっけ。ごめんごめん」


 舌をぺろっと出しながら謝ってくる。かわいいけど、わざと言ったなこの人……


「レイン、あとで覚えてなさい」


 か細い小さな声でクレアが呟いた。


「えっ? なんか言ったクレアさん」


「いえいえー、独り言です。これからよろしくお願いします、エミリーさん」


「うん、よろしくね」


 エミリーさんには聞こえなかったようだが、俺にははっきり聞こえた。どんな罰が待っているのだろうか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る