第38話 あうー。レインは幼児退行した。あうー
メイドのルクティは奇妙なものを見て、首を傾げた。
来客のレインが随分と舌っ足らずな声で「トッシュ、好きー」と言いながら、ご主人様に抱きついている。
ご主人様のことが好きであることは態度から見え透いていたが、あのような子供っぽい喋り方をする人ではなかったはずだ。
それに、エルフ少女のシルが「仲の良い夫婦ね。あら、レインさんここに埃が溜まっているわよ」と、窓の桟を指先でなでている。
(掃除したのは私なんですけどね……)
元が廃屋で今も半分くらいホラーハウスなので、塵一つないとは言い切れないが、指に埃が付くのはしょうがない。
掃除の計画を立てながらメイドは、トッシュが「母さん、レインを虐めないでくれ」などとオロオロとしているのを、ぼうっと眺めた。
いったい何をしているのだろうか。
ルクティはメイドとはいえ、アニメに出てくるような万能メイドではない。料理が得意なわけではないし、戦えるわけでもない。いかにもな要素といえば、メイド服を着ている他に、おっぱいが大きいことくらいだ。黒くてレースでひらひらな下着を穿いているのは、メイド愛好家から叱責を受けるかもしれない。
それはそれとして、以前の屋敷には専門の料理人がいたから、ルクティは料理ができない。ルクティは掃除や雑用を担当していたのだ。
だから作ったのは立派な料理ではない。
14歳の少女なりの技術で精一杯頑張って作ったのだ。
ただのオムライスである。それも、一つ目は卵でご飯を包むのに失敗したから、それは自分の分とし、二つ目以降はオムレツをご飯の上に載せるようにした。
奇特なことにご主人様はメイドに対して一緒の席で食事をとるように勧めてくる。身分や立場に差はないという言葉どおり、まるで本物の家族のように接してくれる。っそれは嬉しい。だが、今日ばかりは、失敗したオムライスを見られてしまうのが、ちょっと残念。
「いえいえ、そうではなく」
ドアの横でルクティは小さく被りを振る。
簡単な料理ではあるが、どうせなら冷める前に食べてもらいたいのだ。
「昼食の用意が出来ました……」
恐る恐る声をかけると、まるで演技を終えた役者のようにトッシュの動きが止まり、表情が変わる。
事実、彼はレインの夫を演じていたのだ。
「分かった。行くよ」
いつもどおりのトッシュの声だ。ルクティはそっと胸を撫でおろす。危ない薬でもやっていたわけではないようだ。
「ご飯だー!」
シルの元気な声もいつもどおり。そうか、おままごとをしていたのか。ご主人様もお客様も、シルちゃんのために遊んでくれていたのですね、とメイドは納得した。
ただ、一人だけ様子がおかしい。
「あっ! 淫乱メイド!」
レインがトッシュの腕に抱きつき、まるでこれは自分のものだと主張するかのようにぴったりとくっついた。
おままごとは終了ではないのか?
「あの、レイン様?」
ルクティは困惑した。職務に忠実なメイドなのに、どうして淫乱メイドと呼ばれたのか、分からない。ナーロッパ人の自分には、日本語が正しく伝わっていない?
メイドは軽く首を傾げ、ご主人様に視線で助けを求めた。
ご主人様は鼻をかいて失笑する。
「おままごとしていたんだよ。レイン、いったんやめようぜ」
「やー」
「なんでだよ。ほら、昼飯だって」
「やー!」
「おい、どうしたんだよ」
「うー」
「あの、ご主人様、本当におままごとなんですか?
レイン様の様子、明らかに変ですよ?」
「え?」
ようやくトッシュも異変に気付いた。
レインはトッシュから離れると、今度は腰を落としてシルに抱きつくと、背後からウサギ耳をガジガジ噛みはじめた。
幼い子はなんでも口に入れようとするが、いくらなんでも、おままごとで、そこまでするか?
シルが不安そうに背後のレインを見上げる。
「レイン? どうしたの?」
「うー」
レインはグズった子供のようにするだけで、ハッキリとした言葉を発しなくなってしまった。
「えっと……。ルクティ、お昼ご飯、何?」
「オムライスです」
「よかった。レインもスプーンで食べれるな。とりあえず、お昼ご飯を食べよう」
トッシュはいったん現実逃避することにした。
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