第36話 シルは話を盛る
シルは満面の笑顔を浮かべると、一週間を身振り手振り交えて全身で語り始める。
先ずは、レインが帰った先週の日曜日からだ。
そう。
トイレの前で、ルクティがトッシュに抱きついたあの夜の出来事を、
エルフ少女は寝ぼけた頭で見た内容を必死に思い出しながら、
少女特有の説明不足な表現力で……盛る!
大好きなレインと会話を楽しみたいから、
驚いてもらいたいから、
今回も、シルは盛った!
「シルはもう大人だから夜にひとりでトイレに行けるの。
だから、シルがひとりでトイレに行って……」
もちろん、ルクティに連れて行ってもらったのだが、シルは見栄を張った。
「トイレから出てきたら、ルクティとトッシュが抱き合ってた!」
「……え?」
確かに事実。
実際は、ルクティがゾンビ時代の記憶に苦しみ、倒れかかったところをトッシュが支えたのだ。
しかし、これはシルの説明不足で、レインに大いに誤解を与えた。
レインは口を半開きにして暫く正面を見つめたあと、ゆっくりと隣に座るシルを見る。シルは得意げに鼻を膨らませていた。
(シルちゃんがひとりでトイレに行って、トイレから出てきたら――?
つまり、先輩達はシルちゃんには内緒で抱き合ってた?
でも、シルちゃんがトイレに行く短い時間で、そんなことしようとする?)
「トッシュが、ルクティのお尻、触ってた!」
「えっ?! ええっ?!」
盛ってしまった!
トッシュは嗚咽しているルクティを落ちつかせるために背中をさすっていただけだ。お尻どころか腰すら触っていない。
「トッシュ、すごいエッチだった」
内緒の話をするために少女なりに低く抑えた声だ。とはいえ、小学生女子が、女性教師の胸を見てニヤニヤしている男子に「○○くんのエッチー」というくらい、軽いノリだ。
「み、見間違いだよ。先輩に限って、そんな……」
「そうかな。トッシュ、エッチだよ?」
男と女の行為や関係を知らないシルは、レインが「もーう、トッシュ先輩ってエッチなんだから。ぷんぷん」と笑いながら怒るだろうと思っている。
無垢な少女だからこそ、男子のエッチさをからかって笑おうと思っているだけだ。けして、シルはトッシュを陥れようとしているわけじゃない。
「そのあと、三人で寝た」
「あ、あー……。ん、んー?」
レインは混乱した。
シルの説明力不足や、話を盛っていることは、レインだって分かっている。
なら、三人で寝たということは、その、セッ――的なことはしていないのでは?
レインの好きな元先輩は、14歳のメイドと10歳のエルフ少女に対して、そういうことをするような人ではない、はず。
シルは10歳だし、トッシュの恩人の娘なんだし、そんな存在に手を出すなんて鬼畜なはずがない。
トッシュはネイのような年上が好きなはずだから、14歳のルクティに性的関心を抱くとは思えない。若い子が好きなら私だってまだ17歳だし、じゃなくて……!
レインは雑念を払うため、大きくかぶりを振った。
(抱き合っていたというのは、ルクティが転んだところを、トッシュ先輩が支えてあげて、そこをシルちゃんがちょうど見かけただけ、よね?)
ちょっとちがうけど、だいたいあってる。
(お尻を触ったというのも「ご、ご主人様、く、蜘蛛がお尻に……。取ってください」「しょうがないなあ」的なことだよね?)
正解からは遠いが、トッシュに下心がなかったことについては、正しい。
レインのトッシュへの思いは揺るがない。
レインは、うん、と大きく頷く。シルちゃんが話を盛っているだけで、先輩はエッチじゃない。そう信じた。
だが、レインが興味津々で聞いてくれるのが嬉しくて、シルはさらに話を盛っていく……。
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