第七章:レイン幼児退行編

第35話 土曜日になるとレインが遊びに来る

 土曜日だ。

 トッシュの後輩レインはマウンテンバイクに乗り、洋館に遊びに来た。


 わざわざナーロッパを走るためだけに、マウンテンバイクを買ったのだ。

 さすがに新人ギルドメンバーのお給料では車は買えない。というか、マウンテンバイクすら、厳しい。

 ギルドのお給料が少ないわけではなく、若手のくせに洋館を買ったトッシュがおかしいのだ。


 厚生年金の支払いとか老後の蓄えとか、どうするんだろう。私がしっかりしなくっちゃ? などとレインは将来を妄想しながら、トッシュの新居へやってきた。


「あーっ! 洋館の前に、小屋が有る! ホームセンターの外で10万円から20万円くらいで売ってる倉庫と小屋の中間みたいなやつ! どういう人が買うんだろうと思ってたら、先輩だった!」


 それは、カルチベーターや農具を置くための小屋だ。

 土地が余りまくっているからトッシュが調子に乗って購入した。


「花壇が出来てる……。花壇、だよね? 野菜畑は別の場所だよね? いや、でも、先輩だし、家の前に野菜を植えちゃうのかなあ……」


 レインはマウンテンバイクを停めてブロックで囲まれた領域を観察したが、さすがに花壇か畑かは分からない。


 レインは洋館の前でマウンテンバイクを降りると、手鏡で髪の毛を整える。

 しっかりチェックが終わってから、ドアノッカーを叩く。


 暫くしたらドアがゆっくり開き始めたので、レインは、トッシュではなくシルがドアを開けようとしているのだと気付き、そっとドアに手を当てて力を貸した。


 案の定、ドアを開けてくれたのはシルだった。

 シルは「抱っこー」と言わんばかりに両腕を広げているので、レインはしゃがんで、シルを抱きかかえた。


「シルちゃん、おはようございます」


「レイン、おはよう!」


「トッシュ先輩。おじゃましまーす」


 レインはシルと遊びに来たという建前だが、念のために家主に声をかける。

 屋敷の右奥の方から「おーう」という返事があった。


 レインはシルを抱っこしたまま洋館の左手にある応接間へと向かった。


 掃除はしてあるが、古びた調度品がそのままになっている部屋だ。


 壁には色あせた世界地図がかけてあり、壁際の台には現代日本人の感覚からすれば骨董品とも思える道具――ただしナーロッパでは最先端の道具と思われる――が無造作にいくつか置いてある。

 望遠鏡や双眼鏡、羅針盤などだ。


 主の到来を待つ来訪者は、見慣れぬ道具に目を楽しませていたのだろう。


 最先端の道具は会話の端緒として十分な役割を果たしたはずだ。

 ご主人様は、ハイカラですな!

 これからはもっと遠くの世界に目を向けなければ!


 いずれも、飛行機もGPSも詳細な世界地図もない時代に人々が世界の果てを夢見た道具達だ。

 見る人が見れば、色んな発見があるだろう。


 だが。


「望遠鏡、かな、これ。こんな古いの使いませんし、これは捨てるとして、この棚、ぬいぐるみでも並べる?」


「うん!」


「じゃあ、こんど、クレーンゲームしに行きましょう」


 レインもシルも、洋館の「物語」を無言で語る道具類をチラ見しただけで、まったく興味を持たなかった。アンティークショップに持っていけば、それなりのお金になるかもしれないが、そんな発想はない。


 掃除はしてあるようだが、少し埃っぽかったので、レインは窓を開けてから、シルと並んでソファに並んで座る。


 さっそくシルが目をルンルンに輝かせて、手を出す。

 さあ、あれを出せ。とでも言いたげだ。


 心得たとばかりにレインは頷くと、鞄の中からキュウリを取りだし渡す。


 パアッと表情を綻ばせたシルは両手でキュウリを握って、早速端からガジガジとかじり始めた。


 闇取引!

 レインはシルに、ひっそりと依頼していたのだ。

 トッシュとルクティの様子を観察して、あとでレインに報告するように……。

 そして報酬としてキュウリを約束していたのだ。


「ぷふーっ」


 一本、あっと言う間に食べ終えたシルは満足げに息をつく。


「シルちゃん。この一週間、先輩は、どうでした?」


「えっとね……」


 そしてシルは語り出す。月曜日から金曜日までの夜に起きたことを。


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