第31話 メイドはご主人様の恋愛関係を弄って遊ぼうと企む

 とりあえず朝食はなんとかなったが、元ゾンビメイドのルクティに着る服がない問題は解決していない。

 手で押さえなければ胸は露出してしまうし、スカートは大きく裂けているので、黒くてレースのひらひら下着がすぐに見えてしまう。


「レイン、着れなくなった服とかない?」


 服が貴重な世界出身なので、トッシュはとりあえず新品を買うよりも先にお古をもらうという発想が出てくる。


 レインはトッシュに頼られることは嬉しいし、もう着れなくなった服が何着かある。


 だが――。


 レインは隣に座るルクティの胸にちらっと視線を落とす。


 明らかにサイズが違う。

 メロンパンと8枚切り食パンくらい、厚みに差がある。

 どう考えても、レインの服はルクティに着れない。


「生憎、服が余ってなくて」


 レインは敗北感を噛み殺し視線を逸らした。


 するとルクティはレインが視線を逸らした理由を察した上で、悪意のない笑みを浮かべる。


「私、お裁縫が得意ですので、胸のサイズが合わなくても直せますよ」


「本当に服がないんですよ?! 私、新人だからお給料少ないですし。邪推しないでくれません?!」


「これは失礼。とまあ、冗談はおいておいて、私、メイドですし、やはりメイド用の制服を用意して頂けると幸いです」


「じゃあ、メイド服とついでに下着を買いに行くか。サイズ教えて」


「はい。上から――」


「ストーップ! 先輩、セクハラマイナス1点。累計でマイナスが10ポイント溜まりましたよ?」


「何かもらえるの?」


「何も上げません。しょうがないので私がサイズを聞いて、一式、揃えてきます」


「そこまでしてもらうのは気がひけるな。レインは俺の転居祝いに来てくれたお客様なんだし」


「遠慮は要りません。私が好きでやっていることですので」


 ふたりのやりとりを聞きながらルクティは紅茶をひとくち、ふくんだ。


 ルクティは、ああ、レイン様はいまの「世話をするのが好き」と同じくらい気安くトッシュ様に「好き」と仰ればいいのに、なんて思うが口にはしない。

 トッシュ様も年相応に「好き」という単語に過剰反応して顔を赤くでもすればいいのに、とも思う。


 家主の恋愛話は、朝から晩まで仕事づくしだったメイドにとって、数少ない娯楽だ。


(私がご主人様にアピールして、レイン様の危機感を煽る? そうすれば、レイン様がもっと積極的になって、ふたりの関係が進展……。面白そうです)


 メイドは企て、ふふふっと笑った。


 だが、その計画が実行されることはない。


 なぜなら、当然の如く日曜日が終われば月曜日。

 どれだけあれこれ理由を捏造しようとも、もう、レインは洋館に泊まり続けることは出来ないのだ。


 買い物と一階の大掃除を手伝った後に、レインは帰宅した。


 掃除が終わったのは一階のみ。

 ベッドは2つ。


 トッシュは自分がひとりでひとつ使い、もうひとつを小柄な女性同士で使ってもらうつもりだった。


 だが。


「身分や立場の違いを気にするなと仰るご主人様のお言葉は非常に嬉しく思います。ですが、私はメイド……。ご主人様や奥様と同じベッドで寝るなど、恐れ多くて出来ません」


 こうしてルクティはちゃっかり、ひとりでベッドを占有し、さらに限界に近い南側を完全に自分の私室として確保した。


 そして何より。


(次にレイン様に会ったとき、毎日ご主人様とシル様が同じベッドで寝ていることをお教えしたらどうなろうのか……。楽しみです)


 ずっとメイドをした後、ゾンビを続けていたルクティは、娯楽に餓えていたのだ。


 職業倫理的にどうなのかと思うが、ルクティは、トッシュやレインやシルを玩具にして遊ぼうとしていた。


 しかし、夜が訪れ、その望みはあっさりと打ち砕かれる。


 ルクティはメイドなのに、いや、メイドだから、ご主人様とちょっとエッチなことをしてしまう。そんな、一時間後のことを知りもせず、夜の8時、ランプの下でルクティはシルから借りた図鑑を読んで、現代日本を勉強していた。

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