第21話 残念な子のレイン、実は優秀なんです
トイレットペーパーやカーテンや台所用品を入れると、カートは満タンになってしまった。
まだまだ買いたい物は有るが、寝具セット2つとカルチベーターがあるので、そろそろ、軽トラの荷台に乗りきるかも怪しい。
「トッシュ先輩、いったん会計しません?」
「それもそうだなあ」
トッシュは入り用な物をいくつかチョイスできたことよりも、シルの反応を堪能したことにより、わりと満足感があった。
だから、ショッピングは終了でいったん家に帰ってもいい気分だ。
ホームセンターにあふれる様々な商品は、どれもこれもシルの「凄い!」を引きだした。
用途が分からない物でもシルは大はしゃぎした。
特にカラフルなカーテンや、カラーコーンやカラーボックスなど、赤や青などのカラフルな物を見ては、シルは大喜びした。
ファンタジー世界は染色技術がそれほど発展していないので、色彩が豊かとは言えない。そのため、日本のホームセンターにあるカラフルな商品が、シルの目には新鮮に映ったのだ。
「シル、楽しかった?」
「うん! ホームセンター大好き!」
シルは両手で100枚入りの折り紙と、色鉛筆セットを持っている。
色を楽しんでいることに気付いたトッシュが買うことにしたのだ。スケッチブックもカートに入れてある。
(開封したらカラフルな紙や鉛筆が出てくるし、「凄ーい」をいっぱい聞けるだろうなあ。楽しみだ)
と、トッシュは既に帰ってからのシルの反応に期待が膨らんでいる。
出会ってから日が浅くとも、トッシュはもう、シルの「凄ーい」中毒だ。
「先輩、そろそろお昼ですし、
フードコートで何かテイクアウトできる物、買っていきます?」
「んー。お腹減ったなら、ピザやゆで卵あるよ」
トッシュは右太もものポケットをパンパンと叩く。
全身のシルエットがデコボコに成る程ポケットに物を入れまくるトッシュは、ごく当たり前のように朝食の残り物をタッパーに入れて、携帯していた。
「ネイ先輩や、ドルゴ先輩達のお昼ご飯ですよ」
「あ。そっか。レイン、けっこう気が利くな」
「えー。……えへへ。そんなことあるので、もっと褒めてくれてもいいですよ、トッシュ先輩」
「そういや、俺はもうギルドはクビになったから先輩じゃないんだし、トッシュって呼べよ」
「え? で、でも、そ、そんな……」
レインはトッシュのことが好きなので、そう簡単に名前を呼び捨てになど出来ない。だから、ちょっとだけ勇気を振り絞る。
「と、トッシュさん……」
「おう」
「トッシュさん」
「おう、って」
「えー。えへへ……。なんだか、照れくさいです」
「ねえ、トッシュ。なんでレインは顔が赤いの?」
「なんでだろうな。朝食のピザを食べ過ぎたんだろう。トマトソースたっぷりだし」
恋愛からっきしで鈍感なトッシュはレインの顔が朱に染まっている理由を、本当に知らない。
もちろん、赤い物を食べたからといって顔が赤くなるはずもない。
しかし、シルは義務教育を受けていないし、日本の文化や常識を知らないから、冗談を真に受ける。
「じゃ、じゃあ、シルがキュウリをいっぱい食べたら、緑色になっちゃうの?」
「あー。大丈夫。キュウリは皮が緑だけど、中が白いから」
「そ、そっか。良かった」
「先輩、そうやって嘘を教えたりからかったりしたら駄目ですよ!」
「だから、先輩って言うなよ」
「あ……。癖で、つい」
そんなこんなで3人は入店したのとは別の入り口付近にあるフードコートにやってきた。
テイクアウト出来そうなたこ焼きやフライドポテトなどは、どれもこれも、昨晩のパーティーで食べたものばかりだ。
同僚達に持参して貰った物、イコール、テイクアウトしやすい物なので、どうしても被りやすい。
かといって、たい焼きやだんごを昼食にするのも、違う。
ソフトクリームは論外だ。溶ける。
「んー。じゃあ、お寿司でも買っていきます? トッシュ先――さんがお布団とかの会計を済ませて軽トラに積んでいる間に、私、隣のスーパーでささっと買ってきますよ」
ホームセンターにはスーパーが隣接していて通路で繋がっているので、レインのいうように、ささっと買ってくることが出来る。
「それも、ありかあ……」
現状を考慮すれば他にないくらいの妙案である。
それをトッシュが即断できないのは、凄くくだらない理由だ。
トッシュはシルをスーパーの野菜売り場に連れて行き、キャベツやブロッコリーの実物を見せたかったのだ。
種の袋に乗っている写真を見ただけで尻餅を着きそうなくらい驚愕していたのだから、野菜売り場で山のように積まれたキャベツを見たら、いったいどうなるのか。トッシュはそれが見たかったのだ。
しかし、フードコートにある時計に目を向ければ、11時30分。
ドルゴやロンはともかく、ネイさんを空腹にさせるのは忍びない。そう考えて、トッシュは自分がシルとスーパーに行くことは諦めた。
「分かった。レイン。適当に7人分買ってきてくれ」
「はい。お寿司5人分とおにぎり4個くらいにしておきます」
「おう」
家に居るのは、ネイ、ドルゴ、ロンの3人。
そこにトッシュ、シル、レインを加えて、計6人だ。
だから、必要なのは6人分のお寿司、ではなく、レインとシルがふたりで一人前。だからお寿司は5人分でいい。
だが、ゴリラみたいな外見で大食漢のドルゴが人の3倍食べるのだ。かといって3人分のお寿司は値が張るから、ドルゴにはお寿司ひとり分とおにぎり4つという判断をした。
レインは恋愛が絡むと残念な子だが、機転が利くし状況判断は早いのだ。
「では、行ってきます」
レインが背筋を伸ばし、踵をビシッとくっつけて挨拶。
そして、足音もなく、ささっとスーパーへ向かった。
レインは、お昼間近で人手が多くなり始めたフードコート周辺を、人とぶつかることなく、それどころか擦ることもなく、するするっと通り抜ける。
人の流れを予測しきっているのだ。
真っ直ぐ歩かず、小刻みに方向転換を何度も繰り返しているのに、まったく目立つことなく、周囲の人目をひかない。
見る人が見れば、レインの洞察力や、他人の注意をかいぐるような細やかな所作に感心しただろう。
しかし、ここはホームセンターとスーパーの中間にあるフードコート。
誰も、レインに感心しない。
いや、ただひとり。
トッシュだけは、後輩の行動に感心していた。
「あいつ、なんというか、目立たない部分が凄いんだよな」
褒めると「えへへー」と半笑いになって腰をクネクネしだすから、トッシュはあまりレインを褒めないようにしている。けど、高く評価していた。
上司と部下であり先輩と後輩という関係だから、それは「高い評価」だ。
しかし、ギルドをクビになってみれば、トッシュがレインに抱いているものは、評価ではなく、感心だ。
じつはちゃっかり、レインはトッシュの気になる女になっていたのだ。
もしかしたら、恋愛関係に発展できる?
◆ あとがき
ここで 「第四章:ホームセンター編」の終了です。
続きを執筆するかしないかの判断にしたいため、
感想や評価ポイントの登録をよろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます