第五章:ホラーハウス攻略編

第22話 トッシュは嫌がるシルを押さえつける

「やだあ! 外に出して! 中はやだあッ!」


「シル。大人しくしろ」


「やだあ! 外に出して!」


「暴れるな!」


「怖い! やめて! やめて!」


 シルは割れんばかりの大声で泣き叫び、両手足を暴れさせた。

 トッシュはそれを押さえつけようとするが、抵抗は激しい。


「やだあッ! やめて! やめて!」


「分かったから! 外に出すから大人しくしろ!」


 シルはスキルでクマの着ぐるみを装着しているので、バフ効果により、一般的なエルフ少女より遥かに膂力が強い。


 スキルで全ステータスを上げているトッシュでさえ、手を焼く。


「はあ……」


 ふたりの激しい悶着を隣で聞き、レインは溜め息。


「あのお……、先輩。

 声だけ聞いていると、非常にいかがわしいんですが」


「いかがわしい? 何が?

 ここはファンタジーエリアだ。なんの問題もない」


「問題おおありですよお!」


 レインはブレーキを踏み、軽トラックを止めた。

 ファンタジーエリアなので道路はないから、

 何処に停めても駐停車違反にはならない。


「ほら、シル。止まったから、もう怖くないから」


「うぇぇん!」


 軽トラが停車しトッシュがドアを開けると、シルは転がり落ち、地に伏して泣きじゃくった。


 どうやら自動車初体験は恐怖だったようだ。

 お店を出た瞬間から顔を青くして震えだし、ファンタジーエリアの未舗装地域を進み始めたら泣き出した。


 トッシュはてっきり「凄ーい! ドラゴンより、はやーい!」と喜んでもらえると思ったのだが、駄目だった。

 ちなみファンタジーエリアだから助手席でトッシュがシルを抱きながら乗っていても違法ではない。


「けいとら、やだぁ」


「ごめんごめん。んー。なんだろう。エルフ的に金属が駄目なのか、揺れるのが駄目なのか。レイン、先に行ってくれ。昼飯が遅れると、ドルゴの馬鹿がせっかくの新居を食べちゃうかもしれない」


「先輩はドルゴさんをなんだと思ってるんですか」


「お前こそ、あいつが出禁になった食べ放題料理の店の数を知らないだろう」


「え、ええ……」


「普段は抑えているけど、あいつの食欲は異常だぞ。食欲はゴリラじゃなくてドラゴンだから。あと、先輩じゃなくて、トッシュって呼ぶことになっただろ」


「え、えへへ。なれなくて、つい」


「俺はシルと歩いて帰るよ」


「分かりました。じゃ、先に帰ってますね」


 軽トラが去っていくのを見送ると、トッシュはポケットからキュウリを取りだしシルに渡す。


「キュウリをあげるから、泣き止んで」


「うー」


 シルは小さな口でキュウリを少しずつカジカジし始める。


「ごめん。しばらく車はやめよう。でも、なれれば便利だから、また挑戦してくれると嬉しい」


「やだ……」


 そうとう駄目らしい。シルはぷいっと視線を逸らす。でもキュウリをかじる口は止まらない。

 食べ終えたら、ついっと手を出してきた。もう一本ほしいようだ。


「家に帰ったらお寿司があるから、食べ過ぎは駄目だ」


「むー」


 ふたりは家へ向かって歩きだす。


「ファンタジーエリアでぜんぜん車が普及しない理由が少しだけ分かった気がする……」


 日本エリアとファンタジーエリアの境界には、自動車屋やレンタカーショップが多い。しかし、あまり流行らない。


 世界が混ざった当初は自動車販売店が建ち並んだ。

 日本のメーカーからしてみれば「車は沢山売れるぞ!」と思っていたのだが、そうもいかなかった。

 ファンタジーエリアの人は、あまり車を欲しがらなかった。


 シルが涙ぐじゅぐじゅなので、トッシュはひとりごとのように喋る。


「日本人はファンタジーエリアに興味津々で、旅行したり商売したりしようとする傾向にあるんだけど、逆に、ファンタジーエリアの人は日本に来ようとしないんだよ。未知の領域として警戒している。エルフって森に暮らしているけど、エルフ以外の人って、森に入ってこないでしょ?」


「うん」


「ファンタジーエリアの人にとっては森は不可侵の領域。異界と繋がるとさえ信じられている。そういう価値観だから、日本なんて、もう、まさに異界そのもの。だから、普通は近寄らない」


「トッシュは、どうして日本で働いていたの?」


「んー。色々あって、ネイさんに捕まって、誘われたから」


「何があったの?」


「んー。それは、秘密というか、そのうち」


「えー」


 それから暫く歩き、家に着いた。


 てっきりみんな先に昼食をとっているかと思ったら、トッシュ達の到着を待ってくれていた。

 ちょっぴり嬉しかったから、トッシュのいただきますという声は普段より大きく、パーティーホールに響いた。

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