第20話 トッシュは寝具を選ぶ
トッシュはカルチベーターと農具はショッピングの最後に買うことにした。
先に花と苗だけ支払いを済ませた。
まずはホームセンターにある、日用品を買い漁るつもり。
ホームセンター特有の大きいショッピングカートを取る。
「乗る?」
「乗る?」
トッシュがシルに乗るか尋ねれば、シルは何に乗るのか理解できないから聞き返した。
シルは昨日買い物をしたから、ショッピングカートは品物を載せる物だということは知っている。だが、小さい子が乗れることをまだ知らない。
「カートは、ここをガシャンってやると、子供が乗れるんだよ」
「……シルをからかってる?」
「その謎の警戒心はなんだよ」
「だって、トッシュ、すぐシルをからかうもん……」
「からかってない。本当に乗れるんだって。ほら、両手を挙げて」
「??」
「ほら、ここに足を通して」
「う、うん」
トッシュはシルを持ち上げ、カートのお子様用シートにシルを座らせる。
「なにこれ、凄ーい!」
「な?」
シルは楽しそうだ。
しかし、ふたりの様子を見ていたレインは眉を顰める。
「あれえ。エルフが小柄とはいえ、10歳の子が乗るようなものかなあ?」
至極ごもっともな疑問。
しかし、トッシュもシルも気にしない。
シルは学校教育を受けていないからか、日本の10歳よりも精神が幼いのかもしれない。
もっともそれは、トッシュも同じだ。おそらく平均的な日本人の17歳よりガキっぽい。
「じゃあ行くぞ!」
「わあ! はやーい!」
「ちょっと先輩! 危ないですよ! 周りの迷惑になるから走ったら駄目です!」
「凄い! でもトッシュしか見えないから、ぜんぜん楽しくない!」
「あ、はい……」
カートに座ると、どうしても押す人を見ることになるので、シルはぜんぜん楽しくないようだ。
しかたなくシルは降ろして、歩いてもらうことになった。
「軽トラを借りるから荷物はいっぱい載るし、色々買うぞ。
シル、遠慮せず気になった物があったら言うんだぞ」
「軽トラ?」
「車だよ。シル、乗ったことないだろ?」
「う、うん。初めてだから怖い……」
「楽しみにしてろよ。とりあえず寝具だ」
「先輩。寝具ならこっちですよ」
「おう。行くぞ、シル」
「うん」
3人は寝具売り場に行った。
「掛け布団と敷き布団と枕のお買い得3点セットを2つでいっか」
トッシュは適当に寝具3点セットを選んだ。
すると、シルが。
「ト、トッシュは怖がりだから、きょ、今日もママが一緒に寝てあげる。
だから、寝具はひとつでいいよ……」
「あー。それもそっかあ」
なんてトッシュが同意しかけると、レインが待ったをかける。
「だ、駄目ですよ。トッシュ先輩、もう大人なんだからひとりで寝てください」
「えー」
もちろん、ひとりで眠れないのはトッシュではなく、シルだ。
トッシュはチラリとシルを見下ろす。
シルは今日の夜を想像したのか、小さくぶるっと震えた。
「マ、ママは優しいから、トッシュと寝てあげるよ? ね?」
「わーい。ママ大好きー」
トッシュはふざけて、シルのおままごとに付きあっているだけだ。
しかし、レインはふたりの事情を知らない。
レインはトッシュのことが好きだし、家族でもない17歳男と10歳女が同じ布団で寝るのはおかしいと思う。何故なら、レインは日本出身日本育ちの純日本人だからだ。
トッシュやシルは、その辺がちょっと緩い。
「トッシュ先輩! 怖くて眠れないなら、わ、私が一緒に寝ます!」
エルフ少女との同衾を阻止せんとレインは口を滑らせた。
いや、勇気を振り絞って、猛烈アタックをしかけた。
顔は真っ赤だ。さっき見たカルチベーターの燃料タンクよりも真っ赤だ。
カラーコンよりも真っ赤だ。もう、火を噴きそう。
トッシュがギルドをやめたから、レインは今後、会う機会が激減する。
だから、お別れの前に、レインは次の関係に進展したいのだ。
しかし、トッシュはそんなことに気付かず、今日は土曜日だからレインが今晩も泊まってシルと一緒に寝てくれる、と解釈した。
「まじで? じゃあ、一緒に寝てくれ」
トッシュは何気ない口調で言った。
「……え?」
レインの理解が遅れる。
トッシュ先輩が私と一緒に寝る? 年頃の男女が同じベッドで寝る?
レインの思考がぐるぐると回転し、自分の世界にどっぷりと浸かった。
だから直ぐ隣でトッシュとシルが、
「よかったな、シル。今晩はレインが一緒に寝てくれるから、怖くないぞ」
「うん! ……じゃなくて、べ、別に私は怖くないよ?」
と会話していることに気付かない。
トッシュは寝具セットを2つカートに乗せ、移動をする。
「だ、駄目ですよ先輩。暗くて怖いからって、そんなに抱きついてきたら、眠りにくいですよ……。もう、先輩の甘えん坊さん。よしよし。怖くないでちゅよー。もーう。子守歌を歌ってほしいなんて、本当に、子供なんだからー。ふへへ……」
寝具売り場にひとり取り残されたレインは、よだれが垂れる寸前までだらしなく口元を歪めて笑っていた。
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