第15話 トッシュの業務を引き継いだ小悪党は苦戦する

 トッシュは背後から険呑な雰囲気を感じている。


 振り返るのが怖くてどうしようかなと迷っているうちに、

 トッシュの首筋に固くて冷たい物が当てられた。


「ネイさん、街中で妖刀を振り回すとか、洒落にならないんですけど」


「手元が狂っても貴様のクビが落ちるだけだ。

 ……何故避けなかった。クビになって一日で腕が鈍ったか?」


「買ったばかりの自転車を倒したくないに決まってるでしょ」


「そうか」


 トッシュが首だけ振り返って非難の視線を向ければ、

 声の主はやはり、トッシュがギルドに入ったときの上司、藤堂ネイ・ヴィーだった。


 せっかく美人なのに、尻まで届く黒髪よりも、

 腰に巻いた十本もの妖刀の方が悪目立ちしている。


 もちろん、旧知の仲なので、本気で斬りかかろうとしていたわけではないことは、トッシュにも分かっていた。


「び、びっくりした。いきなり現れたこの人、トッシュの知り合い?」


「あー。元上司。俺を戦闘支援課に引きずり込んだ怖い人。

 本当に怖いお姉さんだから絶対に逆らったら駄目だからね?」


「うん」


「その子は?」


「俺のママです」


「トッシュの母、シルです」


 トッシュの冗談に、シルが重ねた。

 冗談を言えるくらいだから、シルは、トッシュとネイが気心の知れた仲だと認識したのだろう。


 ネイはふたりの表情から、冗談だと見抜いている。


「そうか。四類か?」


「はい。四類です。僕がファンタジー世界で暮らしていた頃の恩人の娘です」


「そうか」


 ふたりの言う『四類』は、出自の分類だ。

 ナーロッパ生まれ、かつ、能力がナーロッパ系の者は四類になる。

 ちなみにトッシュも四類で、ネイは日本生まれでナーロッパスキル持ちなので二類に該当する。


 ネイは腰を落としてシルに視線の高さを合わせる。

 十本の刀は干渉することなく、音もない。


「シル、よろしく。

 私は、この生意気な男の元上司だよ。ネイ・ヴィーだ」


「シル・ヴァーです。初めまして」


「礼儀正しくてよい子だ。このバカの悪影響を受けないように」


「うん! トッシュはバカだけど、シルが元気な子に育てます」


「誰がバカですか」


「そうか。送別会を辞退したのは、シルが居るからか。

 よし、予定を転居祝いに変更だ」


「え? うちに来るんですか?」


「広さは?」


「……こちらの都合も確認せず決定ですか」


「お前は断らないよ」


「まあ、断りませんけど。

 掘り出し物の洋館だから、パーティーホールもあります。

 俺の知り合いくらいなら全員、余裕で入れます。

 あー。ゾンビ出ますけどいいです?」


「問題ない。私が面倒を見た者達に、ゾンビに遅れをとる者は居ない」


「それもそうっすね。じゃあ、案内します」


 こうして、この日の夜は、トッシュの新居で転居祝いが開かれることになった。


 急な日程にも拘わらず、トッシュと関わりのあった者が飲食物持参で7人も集まった。


 もちろん、小悪党の比人は呼んでいない。


 比人は自分がハブられたことも知らず、とある迷宮の三階層に居た。

 クビになる前のトッシュが攻略していた、ダンジョン探索RPGの世界から転移してきたダンジョンだ。


 比人は、トッシュがダンジョンの攻略途中で何度も出たり入ったりしていたので、簡単に階層を移動出来ると思いこんでいた。


 モンスターは少なくて弱いだろうと、決めつけていた。


 しかし、実際は極めて攻略難易度の高いダンジョンだったのだ。


「ど、どうなっているんだ。

 報告書が確かなら、トッシュは昨日のうちに二十階層まで行き、

 戻ってきている。

 なのに、なんで、俺様が三階層で苦戦するんだ!

 トッシュめ、報告書にウソを書いていたな!

 やはりやつは無能だ!

 どうせ二十階層まで行ったというのもでたらめだろう!」


 比人が悪態をついて壁を蹴ると、その脹ら脛を目掛けて、暗がりから何かが飛びだした。


「キシャアアッ!」


 小型犬くらいの四足獣型モンスターだ。

 比人が蹴飛ばすと四足獣型モンスターは吹っ飛んでいくが、その先に、同じ種族のモンスターが何匹も居た。


「おわっ! また、モンスターの群が!

 ええい! こうなれば我が無双のスキルを使うしかあるまい!

 モンスターめ、俺様の二級スキルの力を思い知れ!

 発動! 無双ッ!」


 スキル《無双》により、比人は十人の部下を創り出すことが出来る。


 比人の周りに十人のモブ兵士が出現した。


 横二列に並ぶ兵士は全員が槍で武装している。


「よ、よし、お前達! ここは任せたぞ!」


 比人は兵士に任せて逃げた。


 兵士は槍を構えている。


 四足獣型モンスターの一斉攻撃により、全身に噛みつかれた兵士が一体死亡。

 モンスターの群はさらに次の兵士を倒した。


 兵士達は人格がないため、仲間が死んでも無反応だ。


 三体目がやられた頃、ようやく七体の兵士が槍を突いた。


 明らかに反応が遅い。


 それどころか、狙いも大きくはずれている。


 小型犬くらいのモンスターを相手にして、人間の胴を狙うようにして槍を突いていた。


 当然、当たるはずもない。


 比人のスキルは一見すると、

 十人もの兵士を生みだす強力な能力だが、

 スキル使用者本人が近くに居なければ、大雑把な動きしか出来ないのだ。

 本来、そばで命令を出すべき比人はとっくに逃走している。


 まともに使えば労働力が10人も増えるのだから、日本式のスキル評価では二級になる。二級スキルを使えるのは1000人にひとりと言われているので、比人が調子に乗るのも仕方ないくらい、高い評価だ。


 だが、おそらく、戦闘力を重視して評価するファンタジー式では、最低からひとつ手前のD級だろう。


「くそーっ!

 俺様がこんな極悪難易度のダンジョンに放り込まれたのは、

 ぜんぶ、トッシュのせいだ! 絶対に許さん!」


 比人は背後の兵士が倒されていく気配を感じつつ、必死に上階を目指して逃げた。

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