第14話 トッシュは後輩から送別会に誘われる

 自転車の練習を終えたトッシュとシルは日本に戻り、ショッピング。


 八百屋でキュウリを買って太もものポケットに入れ、

 書店で図鑑を買って胸元の広いポケットに入れ、

 雑貨屋でたまたま見かけた懐中電灯を右腕のポケットに入れ、

 それからシルの服を買いに行く道中でトッシュは悩んでいた。


「あー。シルくらいの年齢だと、すぐに体が大きくなるんだよなあ。

 服、どうしよう……。って着信。シル、ストップ」


 トッシュは自転車を止め、スマホを確認した。

 液晶に表示されているのは、後輩の弓美麗音(ゆみ・れいん)。


 転生者支援部戦闘支援課にしては珍しい日本生まれの日本人で、

 考えるよりも体を動かす方が得意な猪突猛進女だ。


「引き継ぎもなしで辞めたからから、何かトラブったかな?

 もしもし」


「なあに?」


 スマホの用途を知らないシルが返事してきたので、

 トッシュは口に人差し指を立てて「しー」のサインを送る。


 しかし、それも通じないので、シルは首を傾げた。


 トッシュはシルへの説明は後回しにし、電話対応を優先することにした。


「レイン。どうした?」


『トッシュさん、仕事辞めたって本当ですか!』


「ん。本当だよ。辞めたっていうか、クビ」


『ええっ? 

 部長は、トッシュさんが仕事先でミスしたから、

 その責任をとって、自主的に退職したって言ってましたよ!』


「あー。どうせ、比人が自分のミスを俺のせいにしたんだろ」


『最低ですね!』


「そんなこと言っていいのかよ。今、何処だよ」


『屋上だから大丈夫ですよ。

 それよりも、トッシュさんの送別会をやろうって話になっていて、

 その日程を調整したくて電話しました』


「あー。送別会か。でもなー」


 トッシュはシルを見下ろす。


 トッシュが送別会に行けば当然、シルは電気の通っていない洋館でひとりぼっちになる。


 シルは電話の概念を理解していないので、トッシュが独り言を始めたと思って不思議がっているようだ。


「ねえ、トッシュ、さっきからどうして独り言を言っているの?」


「ん、あー。都合がちょっとなあ。飲み会だから夜だよな?」


「ねえ、トッシュ、何してるの。飲み会ってなあに? それなあに。ねえ」


「いやいや、送別会は嬉しいんだけど、参加出来そうにもない。

 あ。そうだ。

 レイン。お前、服、くれよ」


『え? ええっ?!』


「小さい頃の服があったらさ、譲ってくれよ」


『そ、それは、先輩、もしかして私のことが好きで、記念に私が身につけていたものが欲しいとかそういうアレで、もしかして、私のことを思い出しながら、夜中に変なことをするんですか?!』


「早口すぎて何を言っているか聞き取れねえよ。あ、そうだ。パンツもくれ」


『パ、パパ、パンツ?! やっぱり、そういうことですか! わ、わたし、先輩のこと好きですけど、で、でも、パンツはさすがに恥ずかしいというか。で、でも、ネイ先輩のでもなく私のが欲しいんですよね。つまり、そ、そそ、そういうことですよね?!』


「だから、早口で何を言っているか聞き取れねえって。俺、ファンタジー世界出身だから、日本語の早口を聞き取れないって教えただろ。で、服とパンツくれるの?」


『は、はいっす……。先輩、大事に使ってくださいっす……』


「ねえ、トッシュ、さっきから独り言、どうしたの? 頭大丈夫?」


『あ、あれ。なんか女の子の声がする』


「ん? あー。こいつの服や下着が欲しいんだよ」


『誰か居るんですか?』


「うん。10歳のエルフ」


『あ、あー。そういうことですか! てっきり先輩が私の服とパンツで……! いえいえ、なんでもないです! そういうことだったら、私、妹いるんで、その子の身長とか分かれば、色々工面できますよ』


「まじで? 助かる。女の子が喜びそうな物で、もう使わない物があったら、なんでもくれ」


『いいですけど、さすがに下着は新品を買いましょうよ』


「そういうもん?」


『はい。そういうもんっす。

 ところで、10歳のエルフってどういうことです?

 先輩ってアパートで一人暮らしですよね?!』


「ん。あー。引っ越した。

 ちょっとした事情で、エルフの女の子と同居することになった」


『ど、どど、同居?! ちょっとした事情って、異世界あるあるの拾ったってやつです?! エルフの女の子を拾った?! ちょっと、ネイ先輩! 聞いてください! トッシュ先輩が戦闘支援課だったのに、生活支援課みたいなこと言ってますよ!』


「あれ。ネイさん居るの? めっちゃ気まずいんだけど」


 次の言葉を聞いた瞬間、アッシュは自転車の横にしっかりと足をつけて、背筋を伸ばす。


『貴様……。私に無断で辞めたな。どうやら約束を忘れたようだな』


「げ。ネイさん。

 辞めたんじゃなくてクビになったので、約束は破ってませんよ?!」


『転居先を言え。殺しに行く』


「なに物騒なこと言ってんですか。殺すとか言う人に教えるわけないでしょ。

 なんかカチカチ聞こえるんですけど?

 先輩、能力制御出来てます? 日本刀暴走してません?!

 多分、すぐ隣でレインが怯えて泣いているから落ちついてくれませんか?!」


『そういえば貴様は私の妖刀の能力を半分も知らなかったな。

 教えてやろう。妖刀刈爪は獲物の心臓を貫くまで自動追尾する。

 鞘から抜けば貴様の心臓目掛けて飛ぶだろう。

 警告したぞ。防御の用意は出来たか?』


「あっ。今からファンタジーエリアに入るんで電波切れます!」


 トッシュは早口でまくし立てると通話終了ボタンを押した。


「冗談だとは思いたいけど、念のために自分の『反応』と『すばやさ』を上げておくか。これで背後から突然、妖刀が飛んできても避けられるはず……」


「ねえ、トッシュが持っているそれから女の人の声がした……」


「……ん? 聞こえた?

 これはスマートフォンといって、遠くの人と会話が出来る道具だよ。

 あ。シルにもスマホ買った方がいいかな。

 でも、ファンタジーエリアだと繋がらないしなあ。

 こっちに来たとき用に買うか?」


「???」


「あー。分からないよな。実際に使えば分かるよ。

 じゃあ、ショップに――」


 微かに。


 虫が羽ばたいたほどの風を首筋に感じ、トッシュはステータスを弄っておいて良かったと実感した。


 いったいどんなスキルを使ったのか、

 トッシュは背後に、藤堂ネイ・ヴィーの気配を感じる。


(一瞬で背後に現れた!)

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