第13話 シルは自転車の練習をする

 トッシュが無職を謳歌し、だらだらと過ごし始めてから、最初のお昼。


 トッシュとシルはまだ、朝と同じ喫茶店に居た。


 ふたりしてぼへーっと窓から外を見て、

 トッシュは、目に映るものの名前や用途をシルに教えていた。


 車、自転車、エアコンの室外機、マンホールや電柱など、どのような用途か教えたら、シルの飲み込みは早かった。


 とはいえ、真面目な勉強会でもないので、適当にだらだらと過ごす。


 喫茶店をひとりで切り盛りしているらしき年配の店員も特に迷惑がっている様子はないから、何杯目か分からないコーヒーのおかわりをしつつ、トッシュによる現代日本講座は続いた。


 12時くらいになると客足が増えてきたので、トッシュ達は退店した。


「いい店だった。通いたい」


「うん。おじいちゃん、優しかった。これ貰った」


「あー。飴もらってたね。それは甘い食べ物だよ。

 包み紙から出して、口の中に入れるの。噛んじゃ駄目。

 舐めていると甘い味がするから」


「こう?」


「うん。噛んだり呑みこんだりしないように、口の中で転がしてて」


「うん!」


「さーてと。

 まずは自転車を買うことに決めたんだよな?

 店員さんに教えてもらった店はあっちかな」


「こっちだよ」


「お。シルは方向感覚有るんだな。偉いぞ」


「えへへ」


 ふたりは自転車屋に行き、自転車を物色した。

 自転車初心者のシルには補助輪付きのを選び、ヘルメットを購入し、

 トッシュは荷物を多く運べるようにママチャリにした。


 さっそく練習のために、車の走っていないファンタジーエリアへと向かう。


「日本エリアを出ると荒野だからね。

 人にぶつかる心配もないから、好きなだけ乗って」


「う、うん! 頑張る!」


「後ろのタイヤの横に補助輪っていうのがあって、

 転ばないようになっているから、安心していいよ」


「うん!」


「気合い入っているなー。なれてきたら補助輪を外すから頑張ってね」


「分かった! やってみる……!

 う、動いた! 動いたよ!

 トッシュ! 見て! 動いてる!」


「見てる。見てる。その調子で頑張って」


「分かった! 絶対に目を離したら駄目だからね!」


 初めて自転車に乗ったシルは大興奮だ。

 本人のテンションとは裏腹に、自転車はゆっくりフラフラ進んでいく。


 トッシュはちょっとスピードを出して、シルを追い越した。


「凄い! トッシュ凄い! 早い!」


「もっとスピード出せるよ」


「凄い! トッシュの自転車、補助輪ついてない! なんで?!」


「いえーい。ハンドルから手を離すこともできまーす!」


「凄い! トッシュ凄い! 魔法使いみたい!」


「聞いて驚け、これが自転車マシーン搭載の音響攻撃だ!」


 チリンチリン♪


 トッシュはベルを鳴らした。


 きっとシルが驚いてくれるだろうなあと、

 トッシュは期待して振り返ってみるが、シルの反応は薄い。


「ベルはむやみにならしたらいけないって、自転車屋さんが言ってた」


「あ、はい。そうです……。

 ベルの用途、お店で教えてもらったんだ……」


 初めて自転車に乗るであろうシルに、店員が気を利かせてくれていたのだろう。


 一方その頃、アッシュの元上司カヴェオは昼休憩中に昼食を求めて街を歩いていた。

 突如、宅配代行サービス『ウーパーイーツ』の自転車がカヴェの眼前ギリギリを通過。カヴェオは驚いて転んで、犬のうんこの上に尻餅をついた。


 元上司がスーツのお尻部分を犬のうんこまみれにしている頃、

 シルはだいぶ早く自転車をこげるようになっていたし、

 ハンドル操作でカーブすることも身につけた。

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