第三章:新居生活初日

第12話 トッシュは無職初日の朝をまったりと過ごす

 転居の翌朝、8時。


 トイレ前で一悶着あったせいで、

 陽は昇ったのにトッシュとシルは思いっきり熟睡中だ。


 大の字になって両手足を伸ばすトッシュの左脇でシルがちっちゃく丸まっている。

少女特有の体温がトッシュの体を温めていた。


 窓から差しこむ温かな日差しに包まれて、

 ふたりは気持ちよく夢の中。


 その頃、トッシュの元上司比人は満員電車に乗っていた。

 比人はギルドマスターの息子だが、女を連れ込みたいという下心からアパートを借りて一人暮らしをしているため、電車通勤だ。

 なお、彼の借りている部屋には、女性はおろか、友人すら訪れたことはない。


 比人は窮屈な電車内で体を細めて、縦一文字になっていた。

 隣に乗っている人の鞄が脇腹に突き刺さり、ゴリゴリと抉る。


 その頃、洋館ではシルが寝返りをうち、

 ちっちゃな手を伸ばして、トッシュの頬をぷにっと押す。


 大した痛みではなかったが、それが気付けになって、トッシュは目を覚ました。


「あー。朝か。8時30分……。

 無職になったと同時に起床が2時間も遅くなったぞ……」


 その頃、満員電車が揺れ、吊革に掴まっていた男の肘が、比人の頬を打った。


 比人は文句を言おうと、肘の持ち主を見るが、そこに居たのは身長180cmはありそうな茶髪の男で、耳に滅茶苦茶デカいピアス。


 比人はさっと視線を逸らした。

 彼が威張り散らせる相手は、ギルド内の立場が弱い者だけだ。


 その頃、トッシュは隣で眠っているシルを起こそうと、体を揺すってみた。


「朝だぞ。起きろ」


 しかし、無反応。


「起きないと、くすぐり地獄の刑だぞ」


 トッシュはシルの腋をくすぐってみた。

 しかしシルはまるまっていた体をさらにぎゅっと小さくし、防御姿勢を取る。


「食べ物がないから、どっか、行くぞ。起きろ。

 あまり遅いと、モーニング的なサービスが終わっちゃう」


 トッシュはエルフ特有の長い耳に息を吹きかけてみた。


「うーん。にゅふふ……」


 シルは寝言を漏らすだけで、起きる気配はない。


「はあ……」


 トッシュは溜め息を漏らした。


 その頃、満員電車の苦しさに辟易としていた比人は「はあ……」と盛大に溜め息を漏らした。


 すると、ちょうど息が吐きかかる位置に居た女性が首を半分だけ回し、比人を睨む。


 比人は視線を逸らして、素知らぬふりをした。


 女性は「気持ち悪っ……」と、超小声でこぼすと、身を小さくして人混みを縫って比人から離れていく。


 一方、トッシュは台所で顔を洗って、戻ってくると、まだ寝ているシルを見下ろした。


「はあ……。窓を開けまーす。ふとんめくりまーす。

 ついでに、スカートめくりまーす。

 早く起きなさーい」


 トッシュはシルの貫頭衣のスカート部分を盛大に捲り上げた。


 トッシュがシルに性的感心を抱いておらず、女児パンツに興味がないからこそ出来る蛮行であった。


 というか、シルはパンツを穿いていなかったのでちっちゃなお尻が丸出しだ。


「くちゅんっ。寒い……」


「ほらー。起きろよー。朝ご飯、食べに行くぞ」


「はーい」


 寝起きで意識がしっかりしないシルは、トッシュにスカートをめくられていたことに気付かない。

 自分の寝相が悪くて、めくれたという認識だ。


 ちょっとだけ頬を赤くして、ささっとスカートを直した。


「おはよう。トッシュ」


「おはよう。シル。

 台所で水が出るから、顔を洗ってきな。

 ……って背が低いから届かないか。一緒に行くよ」


「うん」


 ふたりは準備をして、それから、朝食を求めて家を出た。


 トッシュはいつもの、ポケットだらけの服。

 デッカいポケットに物を沢山つめこんでいるので、

 相変わらずシルエットはデコボコになる。


 シルは私服がないし、徒歩での移動も考慮してクマクマスーツだ。


 新居は比較的、日本とファンタジーエリアの境界に近いとはいえ、

 周辺はファンタジーの荒野なので、飲食店はない。


 ふたりは周辺の散策も兼ねて散歩しながら、30分かけて日本エリアへと向かった。


 日本エリアに入って早速いい感じの喫茶店を発見したので入り、

 トッシュはコーヒーとサンドイッチのモーニングセットを頼み、

 シルはバナナジュースとホットサンドを頼んだ。


 出されたものは、どれも美味しかった。


「あたりの店だな」


「うん」


「真っ直ぐ来ても徒歩20分? 車か自転車でも買うか」


「車?」


「あー。窓の外、見て。あれ。あの走っている四角い金属。

 そうだなー。まずは本屋で図鑑を買って、いろいろ勉強するかー。

 あー。でも本を運ぶなら先に車?

 でもシルが自由に出掛けられるようにするなら自転車が先か?

 どうしよう」


「分かんない……」


「まあ、時間いっぱいあるし、ゆっくり考えるかー。

 とりあえず甘い物でも食べよう。なんか、パフェが気になる。

 シルもデザート要る?」


「いい」


 シルはニコッと笑うが、どことなく陰がある。


「んー。もしかして遠慮してる?

 いいよ、いいよ、遠慮しないで。

 ルードには恩があるって言ったでしょ。

 むしろ、恩返ししたいから、いっぱい食べて」


「そ、そういうことなら、食べてあげてもいいかも」


 トッシュはバナナパフェを、シルはいちごパフェを頼み、

 ふたりは少しずつ交換しながら食べた。


「あー。世間の皆様が必死に働いているときに食べるパフェ、めちゃくちゃ美味い……。無職って、最高では」


「それは違うと思う……」

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