第11話 シルはゾンビが怖くてトイレに行けない

 トッシュとシルは、屋敷奥にあるトイレ前まで来た。


「はい。じゃ、ここで待っててあげるから、いっトイレ」


「うん。……あれ? 開かないよ?」


「え? あ、ホントだ。鍵がかかってる?」


「誰か入ってるの?」


「うーん。どうなんだろう。

 もしもーし、誰か入ってます?」


 ドンドンッ。

 トッシュはノックをしたが返事はない。


「期待していないけど、やっぱ、応答なし」


 扉に耳を当てて様子を窺ってみる。


「あー……

 うー……」


 中からいかにもな呻き声がする。


「中にゾンビがいるみたい。呻き声が聞こえた。

 追いだすから、ちょっと退いて」


「うん」


「いくよ」


 トッシュはドアを開け、中にいたゾンビの胸ぐらを掴んで引きずり出す。

 ゲームなら強制的に襲われるイベントかもしれないが、事前に分かっていれば、対処できた。


「よし。あとは移動不可能にするか」


 2メートル程引きずったところで、

 ゾンビの脚に触れて、ステータスを書き換えて移動力0にする。


「よし。これで大丈夫。一階に他のゾンビが居ないか見てくるから」


「ま、待って。行かないで」


「ん?」


「そこに居て」


「あー。怖いのね。はいはい。分かった。分かった」


 シルがドアを閉じた。


「トッシュ、居る?」


「居るよ」


「トッシュ、居る?」


「居るって!」


「なんか、微かにうーうー聞こえる」


「さっきのゾンビが居るからね」


「怖くておしっこ出ない……」


「普通は怖くて漏らすんだけど……」


「歌って!」


「なんでえ?」


「うーうー聞こえないようにして!」


「しょうがないななあ。

 ……うーうう、うーうー♪ うー♪ うー♪」


「なんでうーうー言うの?!

 ゾンビとハミングしてたよ?!」


「だって、歌詞うろ覚えだし!

 それより早くしてよ。俺ももよおしてきた。

 早く! はーやーく!」


「どんどん叩かないで!」


「え? 叩いてないよ?」


「え? え?

 いま、ドアがどんどんって……」


「……」


「……トッシュ?」


「……」


「トッシュ? 居るよね?」


「……」


「ねえ、トッシュ? トッシュ?

 居るよね? どうして黙ってるの?」


「うー……」


「え? トッシュ! トッシュどうしたの!」


「うー……」


「トッシュ! ゾンビになっちゃったの?!」


「うー」


「トッシュ!」


「うー……ううう♪ うー♪ うー♪」


「ふぇーん」


「冗談でしたー! 怖くておしっこ出たでしょ?」


「ふぇーん」


「冗談だって。もしもーし」


「ふぇーん。きゃっ! あっ!」


「……? シル?! おい! どうした!」


 トッシュはただならぬものを感じて、ドアを叩く。


 ドンドンドン!


「シル! シル!」


 返事はない。


 急速にトッシュの焦りが膨らんでいく。

 豪奢な洋館の広いトイレだから、暗がりに何かが潜んでいたのかもしれない。


「ゾンビ犬が死角に潜んでた……?

 おい! 開けるぞ!

 ドアのステータスを表示!!

 開閉状態をCloseからOpenに変更!」


 ガチャッ!


「シル! どうした! ……あれ?」


「……ふーん。

 トッシュはスキルを使って女の子のトイレに入ってくる変態さんなんだ……」


「え、いや、だって、いま、きゃーって」


「虫が居たんだもん……」


「あ、あー。虫……。驚かすなよ」


「変態……」


「ごめんなさい」


「……うーうー言わないなら許す」


「言わないから」


「……じゃあ、許してあげる」


「ありがと。僕もちょっとおしっこ。交代ー。ほら、出て出て」


 トッシュはシルを引きずり出すと、さっと立ち位置を入れ替える。


「え。待って」


「いや、なんか、漏れそうで」


「だ、駄目」


「なんでだよ」


「だって……。あそこにゾンビ居る……」


 さっきトッシュがトイレから引きずり出したゾンビだ。


 トッシュがトイレに入れば、シルはゾンビとふたりきりになってしまう。


 ゾンビが上半身を捻り、シルへと手を伸ばす。


「うー」


 2メートルは離れているからゾンビの手がシルに届くことはない。


 しかしシルは、トイレのドア枠を掴む。


「指挟むから、離して」


「や、やだー。シルも中に入れてー。

 トッシュがひとりでおしっこ出来るか、ママが見ててあげるから」


「見てくれなくていいから。

 大丈夫。ゾンビの移動力0だから、こっちに来れないから。

 ほら。離して」


 トッシュはシルの指をドア枠から引き為そうとするが、クマクマパワーはすさまじくびくともしない。


「待って。やだやだ」


「指挟んじゃうよ。手を、離してって」


「や、やだあ。ひとり、怖い……」


「いやいや、怖くないでしょ。大丈夫だから、この手を離すんだ」


「やだあ」


「待って。本当に、限界だから」


「シルも入ーるー」


「駄目でしょ!」


「入れて!」


「駄目ったら駄目!」


「やだあ。中に入れて!」


「無理!」


「怖いもん!」


「我慢して!」


「トッシュがおしっこ我慢して!」


「無茶言わないで! おりゃ!」


「あっ! 待って! 閉めないで!」


 ガチャッ。


 トッシュは一瞬だけドアの固さを変更し、

 シルの指が挟まっても大丈夫なようにしてから、さっとドアを閉めた。


「やー。やだー!」


「すぐにすむから!」


「ひっく……ぐすっ……ぐすっ……」


「待って、待って。怖いから。

 ドアの向こうですすり泣く女の子の声、怖いからやめて!」


「許さない……。ひぐっ、ひぐっ……。

 トッシュ、許さない……」


「怖いから、許してええ!」


 夜の洋館にトッシュの悲鳴が響き渡る。

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