第16話 トッシュの送別会兼転居祝い
トッシュの送別会兼転居祝いには、ギルド『ブラックシティ』で同じチームに所属したことのある者が15人ほど集まった。
一階パーティーホールにはテーブルがふたつ並び、
トッシュの居る方にはシルの他に、特に仲の良かった同僚が集まっている。
トッシュの上司、藤堂ネイ・ヴィー。
腰まで届く黒髪より、腰に巻いた一〇本の妖刀の方が悪目立ちする美女。
トッシュの同期、江藤ドルゴ。
クマのような大男。新人研修で一緒に地獄を見た(ネイにしごかれた)仲だ。
トッシュに日本の価値観を教えこんだ。
トッシュの後輩、弓美麗音(ゆみ・れいん)。
トッシュに好意を寄せているがまったく気づいてもらえない不憫少女。
肩まである髪の毛先は、イルカの尻尾みたいにぴょこんと左右に跳ねている。
真面目なのでいつもスーツを着ている。
トッシュの後輩、リオン・ド・ヴァーミ。
レインのことが好き。レインがトッシュに好意を寄せていることに気付いているため、トッシュのことが嫌い。隙あらばトッシュを陥れようと思っているが、悪人ではない。
トッシュの後輩、龍(ロン)・イェーガー。
レインやリオンの同期。無口な常識人。常識人故に苦労が多い。
表情や声音から感情を読むのが得意なので、
新人ながら課内の恋愛事情に詳しい。
パーティーホールは同僚達が持ち寄った飲食物の匂いと、談笑で充満していた。
トッシュが仕事仲間と思い出話をしていると、
レインがこそこそっとシルの隣に行き腰を落として、視線の高さを合わせる。
「シルちゃん、こんばんはー。
私、トッシュ先輩の後輩、弓美麗音(ゆみ・れいん)です。
レインって呼んでくださいね」
「こんばんは」
「トッシュ先輩と一緒に暮らしてみて、どうです?」
「どうです?」
「先輩、優しいでしょ?」
「えっと……。うん!
ちんちん見せてくれた」
シルは、レンジでチンの略「レンチン」を、間違えて覚えていた。
「え? え? え?
ち、ちん……見せてくれた?!」
「それから……。シルのこと『綺麗だよ、だから脱いで』って言った」
トッシュは確かに言った。シャワーを浴びせる時に「汚い」と言ったら傷つけるから「綺麗だよ」と言ったのだ。
それに「脱いで」ではなく「シャワー浴びよう」と言った。
「え?! え?! あ、あー。
あれですよね。ナーロッパ出身者って、微妙に言葉を間違えて解釈するから」
レインの中で憧れの先輩であるトッシュ像が揺らぐ。
だが、育んだ信頼のおかげか、日頃の行いか、
レインはシルの言葉を真に受けず、トッシュを信じた。
「ほ、他にはどんなことしたのかな?」
「えっとね……」
シルは上機嫌だった。
何故なら、周りがシルの知らない話題で盛り上がっている中、
レインが色々と聞いてくれるからだ。
自分を構ってくれるレインを気に入ったシルは、
面白い話をしたくてしょうがない。
「トッシュがね、私に『ママになって』って言ったの。
甘えん坊で困っちゃうわ」
「ほげぇあ?!」
もちろん、トッシュはシルに『ママになって』なんて言っていない。
未成年ふたりで家を買うと怪しまれるかもしれないから、
大人のフリをしようと言っただけだ。
しかし、シルはレインとのお話が楽しいから、話を盛った。
「夜なんて、ひとりで寝るのが怖いから、
一緒に寝てって、ママに抱きついてきたの」
「あ、あががが……」
レインはチャームポイントでもある大きな目を、限界まで見開き、
口から泡をこぼしかねないほどの精神的衝撃を受けていた。
確かに、心当たり、いや、懸念はあったのだ。
レインの目から見て、トッシュは藤堂ネイ・ヴィーを意識しているようだった。
一回り近く年上のネイのことを好きなのでは?
年上好きなのでは?
そう疑っていたレインなので、シルの「トッシュが私に『ママになって』って言った」という言葉を信じてしまった。
「昨日の夜なんて、シルがトイレに入っていたら、
トッシュが怖くて泣きながら、
『俺も中に入れてよー』ってドアをどんどん叩いてきたの。
トッシュ、すっごく怖がりなんだよ」
盛った! シルはレインの反応が楽しくて、またしても話を盛った。
その結果、レインの精神は限界を迎えた。
「おぎゃあアアアアアッ!」
レインは叫び立ち上がり、テーブルをバァァンと叩く。
「トッシュ先輩ッ! シルちゃんに悪戯するなんて最低です!
尋問です! 何をしたのか尋問します!」
レインの大声はパーティーホールに居る全員の視線を、トッシュに向けさせた。
トッシュは、誤解が生まれていることに気付いていない。
「まー、確かに悪戯した、なあ」
「江藤先輩! 捕獲!」
「おう」
クマのような巨漢、江藤ドルゴがトッシュの両肩をガシッと掴んだ。
体格に見合った怪力なので、ステータス2倍のトッシュでも拘束を解くことは出来ない。
「ロン君! おでんを温めてください」
「……何故」
「いいから、早く!」
「……分かった」
ロンは火炎操作のスキルが使えるため、おでんを温めることは容易い。
しかし、コンビニのプラスチック容器を直接燃やすわけにもいかないので、テーブルの上で、不燃性の容器を探す。
「……ふむ」
日本酒のワンカップがあったので、それを使うことにし、
おでんの中でも特に熱くなることに定評のある餅巾着ばかり3つもチョイスした。
「ロン君、ごくろう」
実は微妙に酔っているレインが熱々の餅巾着を箸につかみ、
トッシュの口に近づける。
「お、おい、やめろ。レイン。何故俺はこんな拷問を受ける。
離せドルゴ。おい!」
「諦めろトッシュ」
「そうです。諦めてくださいトッシュ先輩」
「熱っ。おい、しゃれにならん。熱っ。ンあーッ!」
レインがトッシュの口に熱々の餅巾着を突っ込むかに思えた、その寸前!
事態を静観していた、もうひとりの後輩リオンがやってくる。
「トッシュ! 貴様! レインの箸でおでんを食べて間接キスをしようとするなんて、この私が許さん!」
リオンが横から割りこみ、代わりに餅巾着を食べようと顔を突きだす。
「あっ」
レインの箸から餅巾着が飛び、リオンの顔にビタンと張りつく。
「熱ぅぅぅぅっ!」
リオンが飛び跳ね、肘がトッシュの鳩尾にめりこむ。
「ぐふうっ……」
防御力2倍のトッシュでも急所への攻撃は大ダメージだった。
思わず口を開いてしまったところに、レインが餅巾着をズボッと投入。
「あばばばっばばばばっ」
トッシュは声にならない悲鳴を上げる。
こうして騒々しい送別会は夜遅くまで続くのであった。
◆ あとがき
ここで 「第三章:新居生活初日」の終了です。
「第四章:ホームセンター編」を執筆するかしないかの判断にしたいため、
感想や評価ポイントの登録をよろしくお願い致します。
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