4話 柳沢②

「AVって……アダルトビデオのことか?」

 思わず問い直した俺に、柳沢という男は苦笑交じりに問い直した。

「他に何かあるのかい?」

(オーディオ・ヴィジュアルの略だろうが!こっちは学生時代アキバの家電量販店でバイトしとったんじゃボケ!さも当然にアダルトビデオしかないような答え方は、さすが臭い飯食ってるだけあるな!)

 と言い返そうかと思ったが……止めておいた。ムダに揉め事を起こして得なことは一つもない。相手の言い分にここは乗っておくだけでいい。

「……好きなAVねえ」

 改めてそう問われると俺は答えに窮した。


 当然俺も健全な男子として思春期以降様々なAVを観てきた。だがどんなAVが好きか?などということは今まで意識したことがなかった。おまけにコイツらのニヤニヤした視線が非常に鬱陶しかった。どんな答えを俺が出してもコイツらはバカにしそうな気がする。

「まあ何でも良いんだ、パッと思い付いたものを答えてくれれば良いさ」

 再度返答を促してきたキモ男に、仕方なく俺も適当に答えを返す。

「……そうだな、明日香キラリとかは好きだな」

 その答えに後ろの人間から軽い失笑が漏れる。

「明日香キラリって……中学生じゃねえんだから」「……もしかして童貞なんじゃねえの?」

 笑われているのは俺自身のことだが、その答えを改めて振り返るとたしかに彼らが笑うのも無理はない気がした。

 明日香キラリ。現在はAV女優を引退して、ファッションブランドのプロデュースやタレント活動をしている、元AV女優という枠を超え男女ともに人気のあるファッションアイコンとも呼べる人物だ。文句の付けようのない美形でスタイル抜群、プレイ内容も元芸能人のAVデビューのようなちゃちな内容ではなく、正真正銘どエロイ……となれば、数年前に引退した今でも人気上位のAV女優だ。

 誰もが知っている初心者向けAV女優とも言えよう。好きなAV女優を問われて彼女を挙げるということは、いかにも浅い……と笑われても仕方のないことだろう。


 だがそれを問うてきたキモ男……柳沢と言ったか……は依然として真剣な眼差しで俺を見つめてきた。

「なるほど明日香さんね。良い趣味だと思うぜ。……でも、ってことはアンタ、本当はギャルみたいな派手な美人が好きなんじゃないのか?でも現実にはそういう女とは縁がなかった、違うか?」

 唐突な柳沢の言葉に俺は何を言われているのか、一瞬分からなかったが、一呼吸置いてその意味を理解し自分の過去を振り返った。

「……まあ、確かに今まで俺が付き合ってきたのは地味な女ばかりだったが……」

 俺は今まで4人の女と付き合ってきたが、いずれも地味な女だった。だがどの女も芯は強く、どうしようもない俺を支えてくれる女ばかりだった。もちろん最終的には俺のクズっぷりに耐えきれなくなり、別れを告げられるのだが。

「でも……どいつも良い女だったぜ。最終的には俺がフラれるけどよ。……別に派手な女の方が好きだとは思ったことねえけどな」

 俺がささやかな反論を述べるが、柳沢の表情は変わらなかった。

「アンタ……現実に付き合う女とAVとではまるで別物だと考えてるんじゃねえのか?そういうのって、直接言わなくとも女には伝わるらしいぜ?アンタは本心では明日香キラリみたいな派手な美人とセックスがしたいんだよ。……アンタは誰もが知ってるAV女優を挙げることで、自分の色を隠したつもりだったかもしれないけどな、何気なく答えたその中にアンタの本心は隠れているんだ」

 柳沢にそう断言されると俺は……確かにそうなのかもしれない、という気がしてきた。もしかして今まで付き合ってきた女にもいらぬストレスを与えていたのかもしれない。……いや、そもそも最初のアプローチをかける対象が違っていたということか?付き合っている女が違えば、俺の人生も違ったものだったかも……もしかしてこうして豚箱に入ることもなく普通の暮らしを出来ていたかもしれない……?

 気付くと、駆け巡った俺の思考はそこまで一気に飛んでいた。


「……何なんだ?アンタは?」

 俺はそう問わざるを得なかった。

 だが当の柳沢は、俺の問いに軽くメガネをずり上げただけで答えを発しなかった。

「ふぉふぉ、柳沢さんはAVにとても造詣が深い御仁ごじんでのう……」

 横から爺さんの間の抜けた笑い声がして、張り詰めていた空気が少し弛むのを感じた。

「いや……AVに多少詳しいとかで俺の人生まで見抜かれたらたまったもんじゃねえよ。なんかスゲェ人なんじゃねえのか?この人は!」

 俺の驚いた様子を見て他の奴らはニヤニヤと楽しんでいる様子だった。コイツらも俺と同様にAVから人生を見抜かれた経験を経ているのかもしれない……という気がした。

「……いや、分かるよ。好きなAVが分かれば、その人の大抵のことは分かるものなんだ」

 笑っている周囲とは対照的に、それまで無表情だった柳沢がポツリと呟いた。



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